38話 読み切れないまま踏み込んだ
矢が通り過ぎた後も、コメント欄の速度は落ちなかった。
むしろ、さっきまでより速い。
新規の驚き。
古参の補足。
少量のアンチ。
全部が混ざって、流れそのものが一つの熱になっている。
同時視聴者数。
11234。
一万を超えてからも、数字はまだ伸びていた。
視聴者が抜けないどころか、増え続けている。
ひなたがスマホを覗き込んで声を上げる。
「まだ増えてます!
さっきより多いです!」
凛は短く言った。
「切り抜きが回った」
コメント欄に、すぐそれを裏付ける文字が流れる。
「今の罠回避、クリップ上がってた」
「D-Shareから来た」
「遅延罠のやつ見て飛んできた」
さらに別方向の反応も混ざる。
「いや盛ってるだろ」
「編集じゃね?」
古参が即座に返す。
「生配信だぞ」
「盛れるなら誰でもやってる」
俺はコメント欄から視線を外す。
言い返す必要はない。
今このダンジョンの中で起きていることが、そのまま答えになる。
それで十分だ。
スマホの上部に通知が出る。
D-Shareトレンド急上昇。
関連クリップ連続投稿。
おすすめ配信継続掲載。
一つずつ確認する時間はない。
だが、外で何かが大きく動き始めていることだけは分かった。
コメント欄がまた流れる。
「探索者界隈で回ってるぞ」
「配信者も見始めてる」
その言葉通りだった。
別の場所。
別の画面。
そこでも、この配信が映っている。
☆
人気探索者の休憩室。
スマホ越しに流れるのは、さっきの三重罠だ。
矢が遅れて来る。
床が沈む。
壁が閉じる。
それを、三人が抜ける。
画面を見ていた男が眉をひそめた。
「……偶然じゃないな」
隣の探索者が言う。
「Cランクって書いてあるぞ」
男は鼻で笑う。
「表記が間違ってるか、評価が遅れてるかだ」
別の配信者も、同じクリップを止めていた。
再生。
停止。
巻き戻し。
何度見ても、答えは変わらない。
「罠を見抜いてる。しかも、発動の後まで読んでる」
☆
同じ頃。
探索者協会の管理室でも、映像は届いていた。
探索者協会幹部の神谷恒一は、端末画面を見つめたまま、無言でクリップを再生する。
三重罠。
変動分岐。
流動迷宮。
そこへ一人の職員が声をかけた。
「またその配信ですか」
神谷は短く答える。
「また、ではない」
一拍置いて続ける。
「これは記録対象だ」
職員が少しだけ目を見開く。
神谷は映像を止める。
止められた画面の中央には、黒崎悠斗がいた。
通路の先を見たまま、次の指示を出す直前の顔だ。
神谷は冷静に言う。
「再現性がある。偶然で通せる領域じゃない」
職員が画面を覗き込む。
「でも、まだCランクですよね。
流動迷宮の探索許可、よく下ろされましたよね」
神谷は首を横に振った。
「ランクは結果だ。能力の評価とは限らない」
その視線が少しだけ鋭くなる。
「むしろ、今まで見落とされていた可能性が高い。
もしかしたら例の迷宮で使えるかもしれん」
「あの空のですか」
「そうだ。
……それで、ルナリア嬢からの通信は?」
「あれきり1度もありません……」
神谷は「そうか」と短く答え、黒崎悠斗の配信画面に目を移した。
「黒崎悠斗。
使い物になるか、確かめさせてもらおう」
☆
同じ頃、ダンジョンの中では、まだ攻略が続いていた。
俺は息を整える。
視界のぶれは、さっきより少し引いた。
だが、消えてはいない。
長く潜れば削られる。
この迷宮はそういう構造だ。
ひなたが俺を見る。
「悠斗さん、大丈夫ですか?」
俺は頷く。
「まだいけます」
凛も短く言う。
「無理なら止める」
その一言に、変な気負いはなかった。
事実だけを並べている。
だから聞きやすい。
コメント欄が流れる。
「ひなた優しい」
「凛のそれ助かる」
同時視聴者数。
11872。
12311。
12704。
一度見に来た人間が、そのまま残っている。
しかも新規も増えている。
ひなたがもう一度、画面を見て声を漏らした。
「え、ちょっと待ってください。
まだ上がるんですか?」
凛は当然のように答える。
「今は珍しいものを見てる状態。しかも、生で」
コメント欄が一気に流れた。
「それな」
「今一番熱い配信これだろ」
通路の先から、また低い音がした。
石壁の奥で、何かが組み替わるような音。
今度は罠だけじゃない。
敵の気配も混ざっている。
一体じゃない。
複数。
しかも配置が、さっきまでとは違う。
分岐の再構成に合わせて、敵まで動いている。
俺は通路の奥を見たまま言う。
「次、来ます」
ひなたが大鎌を握り直す。
「今度は罠だけじゃないですよね?」
「はい」
俺は短く答える。
「敵配置も変わってます」
コメント欄がざわつく。
「そっちも動くのかよ」
「無理ゲーじゃん」
その下で、古参が返す。
「だから見てる」
「この人がどう解くかをな」
俺は小さく息を吐く。
たしかに、その通りだと思った。
今この配信を見ている人間は、戦闘だけを見ているんじゃない。
この迷宮を、どう攻略するかを見ている。
なら、見せるべきものは一つだ。
俺はスマホを持ち直す。
カメラの向こうで、コメントがまた速くなる。
世界が少しずつ、この配信に気づき始めている。
だが、まだ途中だ。
本当に見せるべきものは、この先にある。
「……行きます」




