35話 同時視聴1万人が離れない配信になった
違和感は、すぐに気づいた。
視聴者が減っていない。
ボス撃破の直後なら、普通はここから落ちる。
戦闘が終われば、興味も一段落するからだ。
余韻だけでは、人は長く残らない。
次の展開が見えなければ、離脱は早い。
だが、画面の数字はほとんど動いていなかった。
同時視聴者数。
10000を越えたまま、横ばいで維持されている。
一瞬のピークではない。
留まり続けている。
俺はスマホを見る。
コメント欄は相変わらず速い。
だが、内容が少し違っていた。
「今の処理おかしくないか」
「影の遅延、見えてた?」
「ルート選択が早すぎる」
驚きだけじゃない。
理解しようとしているコメントが増えている。
結果ではなく、過程を見ている。
何が起きたかではなく、どうやって起きたかを追っている。
ひなたが画面を覗き込んで、首を傾げた。
「なんか、さっきと雰囲気違くないですか?」
コメント欄が流れる。
「分かる」
「ガチ勢増えてる」
「解説欲しい」
凛は短く言う。
「見てる層が変わった」
それだけで十分だった。
バズで集まっただけじゃない。
残る人間が出てきている。
俺は画面をスクロールする。
初見のコメントが減っていた。
代わりに、継続して見ているアカウントが増えている。
同じ名前が何度も流れる。
同じ視点で、別の角度から質問が飛んでくる。
数字の増減じゃない。
質が変わっている。
ひなたが少しだけ声を落とす。
「これって……固定ってやつですか?」
凛は小さく頷いた。
「一過性じゃない」
「次も見る人間が残ってる」
コメントが流れる。
「追うわ」
「次どこ行くんだ」
「継続して見たい」
俺は一度だけ目を閉じる。
短く息を吐いてから、スマホを持ち直した。
数字は結果だ。
だが、それに引っ張られると判断が鈍る。
増えているから続ける。
減るから変える。
そういう判断は、いずれズレる。
やることは変わらない。
見て、読んで、攻略するだけだ。
その中で結果が出るなら、それでいい。
その時、コメントの流れに一つの単語が混ざった。
「流動迷宮って知ってるか」
ひなたがすぐに反応する。
「流動迷宮?」
コメントが続く。
「ルート固定されない」
「記録が一致しない」
「配信事故多い」
「帰還率は低くないけど安定しない」
凛の視線が少しだけ鋭くなる。
「再現性がないダンジョン」
俺は画面を見る。
同じ内容が何度も流れている。
言い回しは違う。
だが、指している現象は同じだ。
単発の噂じゃない。
実際に踏み込んだ人間がいる情報だ。
一度成功したルートが通用しない。
罠も配置も、毎回変わる。
記録が残らない。
残っても意味を持たない。
普通なら、切り捨てる。
安定しない時点で、効率が悪い。
だが、それだけ話題になるなら別だ。
安定しないということは、
裏を返せば「固定された最適解がない」ということでもある。
俺は小さく息を吐く。
「……面白そうですね」
コメント欄が跳ねた。
「行くのか」
「やめとけ」
「そこ配信向きじゃない」
ひなたが振り向く。
「面白そうで決めないでください!
絶対やばいやつですよそれ!」
凛は淡々と言う。
「価値はある。
再現できないなら、逆に差が出る」
一拍置いて、続ける。
「攻略できた時点で、唯一になる」
その通りだった。
誰でもできる攻略に価値はない。
再現できない場所を、再現させる。
その時点で、比較対象が消える。
ひなたは少しだけ悩んでから、肩をすくめた。
「……どうせ行くんですよね。
顔見れば分かります」
俺は答えない。
だが、視線だけで十分だったらしい。
コメントが流れる。
「この流れ好き」
「もう決まってるやつ」
「止められないタイプだ」
俺は立ち上がる。
身体の重さは、もう抜けていた。
戦闘の疲労はある。
だが、思考は軽い。
次に行ける状態だ。
配信はまだ続いている。
今の流れを切る理由はない。
むしろ、繋げるべきだ。
凛も自然に壁から背を離した。
「私も行く」
迷いはなかった。
判断は終わっている。
ひなたはため息をついてから、大鎌を持ち直す。
「……行きますよ。
置いていかれるのは嫌ですし」
コメント欄が一気に盛り上がる。
「この三人固定だな」
「パーティ完成してる」
「バランスいい」
俺はスマホを持ち直す。
画面の向こうには、まだ見えていないダンジョンがある。
同時視聴者数は、ほとんど変わらない。
減らない。
増えるよりも、そっちの方が重要だった。
残っている。
見続けている。
それが、答えだった。
俺は短く言う。
「次、行きます」
一拍置く。
「流動迷宮」
コメントが一気に加速する。
「来た」
「マジで行くのか」
「事故るぞ」
俺は前を見る。
未知のダンジョン。
再現できない構造。
だが、やることは変わらない。
観察して、組み立てて、外さない。
それだけだ。
俺は静かに息を吐いた。
――ここから先で、証明する。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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