34話 同時視聴1万人突破、深層でも最短攻略が止まらない
転移陣の光が収まる。
ボス部屋の重い空気が、ようやく抜けていった。
地上へ戻ったわけじゃない。
深層の中継地点。
次の通路へ繋がる安全区画だ。
それでも空気は変わっていた。
戦闘の緊張じゃない。
配信の熱だ。
俺はスマホを見る。
コメント欄が、ほとんど読めない速度で流れていた。
同時視聴者数。
9600。
もう少しで五桁だ。
だが、その数字より先に目に入るものがあった。
切り抜き。
共有。
引用。
おすすめ急上昇。
全部が同時に増えている。
ひなたがスマホを覗き込んで、目を丸くした。
「やばいです!
増え方おかしくないですか!?」
凛は短く言う。
「外に広がった」
その一言で十分だった。
さっきの戦闘が、配信の中だけで終わっていない。
別の画面。
別のSNS。
別の配信者。
そういう場所にまで届き始めている。
その感覚があった。
コメントが流れる。
「1万いくぞ」
「切り抜きから来た」
「何あの倒し方」
俺は苦笑する。
「まだ少し早いです」
コメント欄が跳ねる。
「少しじゃない」
「感覚おかしい」
数字が動く。
9722。
9814。
9948。
それから、一瞬だけ止まった。
次の瞬間。
10021。
同時視聴者数が五桁に変わる。
コメント欄が完全に爆発した。
「1万きたあああ」
「新人じゃねえ」
ひなたが思いきり声を上げた。
「いきました! 1万人です!」
凛は画面を見たまま、静かに言う。
「到達は早い。でも、妥当」
コメントがさらに流れた。
「凛のお墨付き」
「本物確定」
俺は小さく息を吐く。
1万。
少し前まで視聴者1人だった配信だ。
それが今は5桁。
実感はまだ薄い。
だが、数字は現実だった。
画面上部に通知が出る。
D-Shareトレンド1位。
『観察スキルの新人』
『深層ボスを一撃』
『最短攻略』
そんな文字列が、次々と並ぶ。
コメントの質も変わっていた。
初心者の驚きだけじゃない。
ガチ勢。
別配信の視聴者。
他の探索者。
そういう層が混ざっている。
「影遅延を初見で処理するのはおかしい」
「最適ルートの精度が高すぎる」
俺は画面を見て、少しだけ目を細める。
見て分かる人間が増えていた。
だからこそ、広がる。
適当に強い配信じゃないと、判断されたのだろう。
その時、通路の先で風が鳴った。
小さな音。
俺はそちらを見る。
安全区画の先。
床の一部が、僅かに沈んでいる。
罠だ。
しかも単発じゃない。
連鎖式。
見た目では分かりにくい。
だが、魔力の流れが不自然にねじれている。
俺はスマホのカメラを下へ向けた。
「ここ、踏むと危ないです」
コメントが流れる。
「どこ?」
「見えない」
俺は床を指す。
「中央の継ぎ目。
そこから先、全部連動してます」
ひなたが身を乗り出した。
「え、これ全部ですか?」
俺は頷く。
「3つ来ます。踏むと矢、その次に落下、その後ろで挟み込み」
コメント欄がざわつく。
「そんなの分かるのか」
「罠まで攻略してる」
凛が床を見る。
数秒だけ黙る。
「……本当だ。壁穴の位置が変」
短いが、それで十分だった。
凛が肯定すると、コメントの空気が一気に変わる。
俺は安全地帯だけを踏む。
「踏んでる」
「本当に大丈夫か?」
一歩。
二歩。
半歩。
何も起きない。
そのまま罠地帯を抜ける。
背後で、わずかに石が鳴った。
作動しかけた罠が空振りした音だ。
コメント欄がまた爆発する。
「は???」
「通っただけ?」
ひなたが本気で驚いた顔をしたまま、小走りで続く。
「ちょっと待ってください!
今の、普通に意味わからないです!」
凛も後ろから抜けてくる。
一度だけ床を見て、それから俺を見た。
「戦闘だけじゃないのね」
俺は短く答える。
「本来は、こっちの方が得意です」
コメント欄が跳ねた。
「まだあるのかよ」
「何が本来だ」
俺は少しだけ笑う。
見えている。
だから、避ける。
それだけだ。
だが、その“それだけ”が普通じゃないらしい。
スマホがまた震える。
今度は通知の種類が違った。
登録者1万人突破。
おすすめ配信継続掲載。
注目配信者ランキング更新。
数字が、一つずつ現実になっていく。
ひなたが画面を見て、また声を上げる。
「登録者もすごい増えてます!」
凛は静かに言う。
「今日で変わる」
俺は通路の奥を見る。
まだ先がある。
ダンジョンも。
配信も。
今日のボス戦で終わりじゃない。
むしろ、ここから先の方が長い。
コメントが流れる。
「次も見る」
「追うわ」
「もうトップ配信者だろ」
俺は首を振る。
「まだです」
短く答える。
それだけで、コメント欄がさらに速くなった。
俺はスマホを持ち直す。
カメラの向こうには、まだ見えていない階層がある。
1万人。
トレンド1位。
注目配信。
全部、今の結果だ。
でも、それで終わるつもりはない。
俺は前を見て、小さく息を吐いた。
「次、行きます」
――ここは、通過点です。




