3話 視聴者0人から始まる、俺の配信
桐崎たちの足音は、もう聞こえない。
ダンジョンの通路は静まり返っていた。
湿った空気が肌にまとわりつく。
地下3階層の石壁には苔が張り付き、通路は薄暗い。
奥からモンスターの唸り声が聞こえる。
ここはCランクダンジョンだ。
普通は4人以上のパーティで潜る場所だが、今この通路にいるのは俺1人だけだった。
少し遅れて、現実が頭に追いつく。
パーティ追放。
探索者の世界では珍しい話じゃない。
弱いやつは切られる。
それだけだ。
俺は壁にもたれた。
石の冷たさが背中に伝わる。
胸の奥が重い。
だがここはダンジョンだ。
立ち止まる場所じゃない。
モンスターはいつ現れるか分からない。
俺はゆっくり息を吐く。
とりあえず出口へ向かうしかない。
それが今できる唯一の行動だった。
歩き出してすぐ、風の流れに違和感を覚えた。
湿った空気の中に、わずかな淀みが混ざっている。
俺は足を止めて床を見る。
石の色が、ほんの僅かに違った。
さらに先。
壁の一部が削れている。
矢の射出口。
しかも複数。
罠だ。
踏み込めば連動する。
逃げ場はない配置。
普通なら確実に被弾する。
だが、構造は見えている。
発動条件。
射出角度。
安全地帯。
全部、分かる。
俺は一歩だけ横にずれる。
そのまま通路を抜ける。
何も起きない。
罠は完全に沈黙したままだ。
俺は小さく息を吐く。
【観察】。
戦えないスキル。
そう言われている。
だが違う。
これは――情報だ。
そして、情報は戦闘より強い。
歩きながら、さっきの言葉が頭に浮かぶ。
「お前、今日でクビな」
胸の奥が少し痛む。
ヴァルキリーに入ったのは1年前。
人気配信パーティ。
最初は嬉しかった。
強い探索者と組める。
有名になれるかもしれない。
そう思っていた。
だが現実は違った。
荷物持ち。
素材回収。
地図記録。
配信機材の管理。
戦闘にはほとんど参加できない。
いや、させてもらえない。
それでもパーティにいられるだけで良かった。
そう思っていた。
俺は小さく首を振る。
今はそれどころじゃない。
このダンジョンは分岐が多い。
ルートによって難易度が変わる。
今いるここは外れだ。
敵が多い。
罠も多い。
消耗が激しい。
最短ルートじゃない。
だが、それも見えている。
どこで曲がればいいか。
どこが安全か。
全部、分かる。
その時。
通路の奥から音がした。
小さな足音。
複数だ。
ガリ。
ガリ。
何かを引きずる音。
俺は足を止める。
数は3。
距離は約8メートル。
武器は粗い刃物。
連携は甘い。
最初に来るのは1体。
直線的な突進。
2体目は右から回る。
3体目は遅れてくる。
弱点。
首。
心臓。
全部、見えている。
この戦闘は、もう終わっている。
最初の一手を見た時点で。
次の瞬間、影が飛び出した。
ゴブリン。
3体。
緑色の皮膚。
錆びたナイフ。
俺を見て歯をむき出しにする。
距離は一気に縮まる。
だが焦る必要はない。
俺は短剣を握る。
体が自然に動こうとする。
その前に。
ポケットのスマホが震えた。
取り出す。
画面にはDungeonLive。
ダンジョン配信アプリ。
探索者が戦闘や攻略を配信するサービスだ。
配信ボタンが表示されている。
普段なら絶対に押さない。
配信なんて、有名探索者のものだからだ。
ヴァルキリーのような人気パーティ。
強い探索者。
そういう人間がやるものだ。
だが、今の俺は違う。
パーティ追放。
収入ゼロ。
探索者として続けるなら、何かしないといけない。
視線を通路の奥へ向ける。
ゴブリンがさらに近づいていた。
配信なんて、やったことがない。
機材もない。
あるのはスマホだけ。
それでも。
今の状況を考えれば、やらない理由はなかった。
それに――この戦闘は、もう終わっている。
動き。
順番。
弱点。
全部、見えている。
なら。
見せた方がいい。
俺は小さく息を吐く。
そしてボタンを押した。
配信開始。
画面に表示が出る。
カメラが起動する。
ダンジョンの通路。
薄暗い石壁。
湿った床。
迫るゴブリン。
配信タイトルを即席で入力する。
「ソロ探索」
同時視聴者数。
0。
当然だ。
無名探索者の配信なんて誰も見ない。
俺はカメラの角度を調整する。
通路とモンスターが映る位置にする。
軽く息を整える。
「……聞こえてるかな」
返事はない。
視聴者数は0のまま。
だが、不思議と緊張はなかった。
誰も見ていない。
だからこそ、自由だった。
ゴブリンとの距離は4メートル。
その時。
画面の数字が変わった。
同時視聴者数。
1。
コメントが流れる。
「新人?」
短い一言。
だが、確かに誰かが見ている。
俺は少しだけ間を置いて答える。
「はい」
「ソロ探索です」
コメント。
「ダンジョン配信?」
俺は頷く。
「そうです」
「地下3階層です」
さらにコメントが流れる。
「ソロで?」
「Cランク?」
俺は短く答える。
「はい」
「ソロです」
ゴブリンが距離を詰める。
3メートル。
視聴者数が増える。
2。
コメントが流れる。
「大丈夫?」
「死ぬぞ」
俺はゴブリンを見る。
動きは変わらない。
最初の1体。
直線的に突っ込む。
2体目は右から回る。
3体目は遅れる。
全部、見えている。
その中で1つだけ、余計な動きがあった。
踏み込みが早い。
だから、避ける位置も分かる。
俺はカメラを軽く調整する。
戦闘が映る位置にする。
「戦闘になります」
コメント。
「新人なのにソロ?」
「無理だろ」
視聴者数がさらに増える。
3。
コメントが流れる。
「なんか動きおかしくね?」
俺は小さく息を吐く。
視線はゴブリンから外さない。
同時視聴者数。
4。
数字はまだ小さい。
それでも、ゼロじゃない。
見ている人がいる。
なら。
見せるしかない。
俺は短剣を握る。
ゴブリンとの距離は2メートル。
コメントが流れる。
「逃げろ」
「間に合う」
俺は首を振る。
「大丈夫です。全部見えているので」
短く答える。
そして、視線を前に戻す。
ゴブリンが飛び込んでくる。
だが――遅い。
次の動き。
回避位置。
攻撃の順番。
全部、見えている。
俺は一歩踏み込んだ。
――すでに終わっている戦闘へ。
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