13話 切り抜きが拡散されて一気に人が増え始めた
ガルドを倒した後もしばらく、通路には静けさだけが残っていた。
黒い粒子はもう消えている。
残ったのは湿った空気と、石壁に染みついた苔の匂いだけだ。
俺は短剣を鞘に戻す。
張り詰めていた息を、ゆっくり吐いた。
戦闘が終わると、一気に疲れが来る。
頭の奥が少しだけ重い。
観察を続けると、こうなる。
見えるだけとはいえ、処理する情報量は多い。
スマホを見る。
配信はまだ切っていない。
同時視聴者数。
112。
初配信の数字として多いのか少ないのか、正直まだよく分からない。
だが、コメントの速さだけは明らかに変わっていた。
「今の保存した」
「切り抜き確定」
「新人詐欺」
俺は少し苦笑する。
「初配信なんですけどね」
コメントがさらに流れる。
「絶対嘘」
「今日一番おもろい」
「観察スキル強すぎ」
その時、スマホの通知音が鳴った。
配信アプリの小さな表示が画面端に出る。
配信クリップが作成されました。
一瞬、意味が分からなかった。
だが、すぐ次の通知が来る。
クリップが共有されました。
クリップが再共有されました。
短い間隔で通知が並ぶ。
一本だけじゃないらしい。
コメント欄がざわつく。
「もう切り抜かれてる」
「仕事早すぎ」
「拡散始まった」
俺は思わず画面を見直す。
配信の仕組みには詳しくない。
それでも、切り抜きが回れば伸びる。
そのくらいは知っていた。
「そんなに早いものなんですか」
コメントが返ってくる。
「早い時は早い」
「神回は一瞬で回る」
「今のボス戦は強い」
スマホがまた震えた。
今度は配信アプリじゃない。
D-Shareの通知。
見慣れない件数だった。
開いてみると、短い動画がいくつも上がっている。
ガルド戦の回避。
最後の一撃。
俺が「次で終わります」と言った場面。
どれも数分前の映像だ。
なのに、もう再生数が動いている。
コメントが流れる。
「D-Share回ってる」
「ボス戦のクリップ見た」
「切り抜きから来た」
同時視聴者数が増える。
112。
126。
141。
数字が変わるたびに、現実感が薄くなる。
数時間前まで視聴者は一桁だった。
それが今は百を超えている。
しかも、まだ増えている。
コメントの空気も変わっていた。
最初から見ていた人間だけじゃない。
途中から流れてきた人間が、明らかに混ざっている。
「この新人何者?」
「全部見えてるだろ」
「未来予知じゃね?」
俺は首を振る。
「未来予知じゃないです」
「見てるだけです」
コメントがすぐ返る。
「それがやばい」
「見てるだけであれは無理」
スマホがまた震える。
今度はフォロー通知だった。
新規フォロワー。
新規フォロワー。
新規フォロワー。
短い間隔で増えていく。
画面の更新が追いつかない。
俺は通路の壁にもたれた。
少しだけ足が重い。
コメントが流れる。
「大丈夫?」
「疲れてる?」
俺は正直に答える。
「少しだけ」
「頭を使いすぎました」
コメント欄が少し和らぐ。
「やっぱ反動あるんだ」
「無限じゃないのね」
無限だったら苦労しない。
だが、悪い気分じゃなかった。
むしろ変な高揚感がある。
追放された直後なのに、気分は落ちていない。
その理由は、たぶん画面の向こう側にある。
見ている人がいる。
それが、思った以上に大きかった。
コメントがまた速くなる。
「これ追放したパーティやばくね?」
「どこのパーティだ?」
「見る目なさすぎだろ」
その言葉に、少しだけ指が止まった。
元パーティの名前は出していない。
それでも、話題はもうそっちへ向かい始めている。
俺は画面を見ながら、短く息を吐いた。
追放された事実は消えない。
だが、そこで終わる気もなかった。
「……このまま終わる気はないです」
コメント欄が一気に跳ねた。
「それ聞きたかった」
「いいぞ」
「応援する」
俺は少しだけ目を細める。
不思議な感覚だった。
ついさっきまで無名だった。
それが今は、知らない誰かに見られている。
切り抜き動画になって。
知らないタイムラインに流れて。
知らない誰かの目に止まる。
その広がり方が少し怖くて、少し嬉しい。
同時視聴者数はさらに増える。
141。
158。
173。
初配信。
ソロ。
追放直後。
最悪に近い状況のはずなのに、画面の向こうだけは確実に変わっていた。
どうやら、この配信は。
本当に広がり始めているらしい。
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