1話 同時視聴者100万人の俺は、かつて「無能」と呼ばれていた
パーティを追放された。
あの時の声は、今でも耳に残っている。
湿った空気。
重い沈黙。
それから、何でもないことのように告げられた軽い声。
「お前、今日でクビな」
理由は単純だった。
戦えない。
火力がない。
雑用ならもう足りている。
だから、いらない。
俺が見つけたルートも、罠の位置も、敵の弱点も、全部あいつらは使ってきた。それでも評価されることはなかった。
笑い声が重なった。
軽くて、薄くて、何も考えていない声だった。
俺は何も言い返せなかった。
言い返すだけの結果を、まだ出せていなかったからだ。
同時視聴者数。
1,024,381。
画面に表示された数字が、今の現実を示している。
――追放された俺の配信だ。
コメントが、視界の端を埋め尽くしていく。
「来るぞ」
「右」
「また読んでる」
「観察チート」
巨大な影が咆哮した。
全長30メートル。
黒い外殻。
無数の棘。
山のような巨体。
Sランクダンジョン最深部。
何十人もの探索者が挑み、誰も突破できなかったボス。その怪物の前に、今は俺が立っている。
呼吸を整える。
視界は静かだった。
余計な感情は削ぎ落ちている。
必要な情報だけが、線になって浮かび上がる。
その背後で、小さく息を呑む気配がした。
聞き覚えのある呼吸。
けれど、振り向かない。
今は戦闘中だ。
優先順位は決まっている。
「観察完了」
コメントが一気に跳ねた。
「終わった」
「その一言で確定」
「ボス死亡演出」
巨大な爪が振り下ろされる。
空気が裂けた。
速度。
質量。
軌道。
すべてが分かる。
だから、避ける。
半歩だけ横へ動く。
それで十分だった。
爪は俺の肩先を掠めることすらなく、床を砕いた。
「神回避」
「未来見えてるだろ」
「化け物」
尾が薙ぎ払われる。
しゃがむ。
毒針が飛ぶ。
横に一歩。
攻撃はすべて外れる。
俺の中では、すでに終わっていた。
残っているのは、答え合わせと処理だけだ。
敵の動き。
癖。
連撃の間隔。
魔力の流れ。
そして、致命点。
胸部内部に、流れが歪んでいる一点がある。
そこが核だ。
短剣を構える。
「クリティカル解析」
コメントがさらに速くなる。
「来た」
「確定」
「ワンパンタイム」
踏み込む。
最短距離。
最速タイミング。
無駄はない。
迷いもない。
その瞬間、空気がわずかに冷えた。
視界の端で、床の一部が薄く白く染まる。
見覚えのある現象だった。
背後の気配とは位置が違う。
今、追う必要はない。
俺はそのまま動き、短剣を核へ突き立てた。
「終わりです」
手応えは軽い。
けれど、確実だった。
次の瞬間、超大型モンスターの巨体が崩れ落ちた。
地面が揺れる。
足裏から伝わる振動が、勝利を現実に変えていく。
「またワンパン」
「世界最強」
「観察おかしい」
「あのパーティ、何考えてたんだ」
「あのリーダー、もう崩壊寸前らしいな」
「見る目なさすぎだろ」
流れていくコメントの中に、知っている言葉が混じっていた。
元パーティ。
俺を捨てた場所。
今はもう、そこに戻りたいとは思わない。
背後から声がした。
「……相変わらずね」
振り向く。
白い探索者ジャケット。
長い黒髪。
手には配信用のカメラ。
登録者数100万人を超える、有名探索者配信者の少女が立っていた。
彼女は俺をじっと見ている。
初めて会った時と同じ目だ。
俺の動きを一目で見抜いた、唯一の人間。
「全部見えてるんでしょ?」
「まあ、だいたい」
コメントが反応する。
「ヒロインきた」
「理解者枠」
「この人だけ知ってるやつ」
少女は自分のカメラをこちらに向けた。
その表情から、軽さが消える。
「新規の方へ説明します」
一呼吸置いて、彼女は言った。
「この人、数ヶ月前まで無名でした」
コメントの流れが一瞬だけ変わる。
「嘘だろ」
「新人?」
「この強さで?」
少女は静かに頷いた。
「ええ。パーティを追放された探索者です」
コメント欄が揺れた。
「は???」
「どこのパーティだよ」
「無能すぎて笑う」
彼女は俺を見たまま、言葉を続ける。
「でも、最初に見た時から思っていました。この人だけ、違うんです」
俺はスマホを見る。
登録者数が増えている。
ランキングも上がっている。
あの日、俺はすべて失った。
居場所も、評価も、積み上げてきた時間も。
けれど、今は違う。
俺は、自分の力で積み上げている。
「見てますか」
誰に向けた言葉なのかは、自分でも分かっていた。
返事はない。
それでいい。
「俺は、ここまで来ました」
コメントが流れる。
「元パーティ?」
「ざまぁ来る?」
「完全に見返してるだろ」
俺は答えなかった。
言葉で説明する必要はない。
これからの結果で証明すればいい。
あの判断が、どれだけ間違っていたのかを。
そして、俺がどこまで行けるのかを。
「トップを取ります」
小さく言った。
配信者として。
探索者として。
その両方で。
少女がわずかに笑う。
「面白くなってきたわね」
俺は視線を外した。
その先にあるのは、次の戦場だ。
――これは、数ヶ月後の話。
物語が始まったのは、もっと前。
同時視聴者数、10。
すべてを失った日。
そして、すべてが始まった日だ。
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