婚約破棄されたうえ悪魔の男と呼ばれる人に嫁がされることとなってしまったのですが……ここまできたらもう逃げも隠れもしません!
「お前との婚約は破棄とする!!」
悲劇は突然やって来た。
「俺は彼女と共に生きていく! 愛おしい彼女と! ……ではな。永遠に、さらばだ」
婚約者であった彼ディバは私ではない女性を愛した。
そして婚約していた私を切り捨てた。
つまり、彼は明確に私ではなく彼女を選んだのだ。
――その後、実家へ戻った私は、皆から『悪魔の男』と呼ばれるルイザンに嫁がされることとなってしまった。
家から出ていく日、両親は一応見送りには来てくれた。
だが温かさはなくて。
父は「ま、せいぜい上手く取り入るんだな」としか言ってくれず。
母は「もう失敗しないでちょうだいよ! 恥ずかしいから」と吐き捨てるように言ってくるだけ。
「可哀想にねぇ……悪魔の男のところへ嫁に出されるなんて」
「悲劇ね」
「でもでも、これでうちの娘が嫁ぐことはなくなったわけだから、ある意味幸運だったのかもしれないわ」
「確かに! それはあるわね」
馬車に乗ってルイザンのもとへ向かう私の姿を目にした町の女性たちはそんなことを言っていた。
婚約者にも捨てられた。
親にも放り投げられて。
町の人たちからも遠巻きに同情の目を向けられるだけ。
……いいんだ、べつに。
誰にも期待なんてしていない。
私は私で生きていく。
そう心を決めたから。
ルイザンがどんな恐ろしい人かは知らないけれど、親のもとにいても心ないことを言われるだけなのだから、同じようなものだ。
――やがてルイザンが住む北の屋敷へ到着する。
「ローズです」
「お待ちしていました。ご案内いたします」
「ありがとうございます……お願いします」
迎えてくれた女性使用人は不審な点はない人だった。
彼女の背を追うように歩き、屋敷の奥へと進んでいく。
もう戻れない。
もう逃げられない。
だが、覚悟は決まっている。
はじめから引き返すつもりはない。
もちろん逃げ出す気もない。
「ルイザン様、ローズ様をお連れしました」
広い部屋に入ると女性使用人が淡々とした調子で言った。
「はじめまして、ローズと申します」
取り敢えず名乗ってみる、すると。
「はやかったですね
じんわりとさむかったのではないですか
めがつかれていれば
まあたらしいあたたかいたおるを
しようにんによういさせます
てつだえることがあればなんでもいってください」
黒い半透明のカーテン、その向こう側で椅子に座っていると思われる男性の影が、そんなことを言ってきた。
「え……?」
「はじめまして、ルイザンです」
「あ、は、はい」
「初対面でどのようなことを話すべきか迷いに迷った結果、少しは楽しいかと思い、縦読みにしてみました」
「たて……あ! そ、そういうことですか! 頭文字を並べると……はじめまして、ですね!?」
「その通りです」
聞いていた噂とは……少し、違った印象だ。
「縦読みで歓迎してくださったのですね」
「はい」
「ありがとうございます。そのように色々考えて迎えてくださるルイザンさんはとてもお優しい方ですね」
第一印象は決して悪いものではなくて。
むしろ逆。
こういった思いやりを持った人となら上手くやっていけるかも、と、その時確かにそう感じた。
◆
数年が経った。
私は今もルイザンと二人夫婦として穏やかに暮らしている。
「おや
はやいねおきるのが
よいはだのいろをしている
うつくしいよ」
ルイザンは今でも時折縦読みで話してくる。
「あ、おはよう、って挨拶ね」
彼は少し個性的なところがある。けれどそういうところも含めて彼だと思っているから私としては不満はない。否、むしろ、そういうところも含めて彼のことが好きなのだ。たまに思わぬ方法で個性を披露してくる、そんなところも含めて、私は彼に日々魅力を感じている。彼といると飽きない。
「朝の飲み物はもう淹れたか?」
「いえ」
「では淹れてこよう」
「まさかあのめちゃくちゃ苦い紅茶じゃ……」
「いや、あれからこっそり練習した」
「練習!? すごい……じゃあ美味しくなっているかもしれないわね、楽しみ!」
「ふたりで
ふあんのない
ふわりとしたしあわせなじかんを」
「ああそれ……また縦読み入れ込んできたわね……しかも笑い声」
ルイザンは『悪魔の男』などではなかった。
単なる善良な人。
綺麗な心を持った人。
それが答えだった。
ちなみに、これまで私に対して心ないことをしてきた者たちはというと、あの後勝手に滅んでいったようだ。
ディバとその相手の女性は二人で旅行している最中に山賊に襲われ落命したそう。
そして私の親はというと。
父はある日馬車に乗っていて事故に遭い意識不明に。
母は庭の木の世話をしようとしてはしごから後ろ向きに転落し亡くなってしまったらしい。
◆終わり◆




