理の綻び
「じゃあ自己紹介と同じ順番で説明しよっか。私の権理はね───」
「おいちょっと待て」
ダリアさんが自身の権理の説明を始めようとしたところでルーカスさんが止める。
「ここで大事な話したらヤバくね?他の連中が来たら終わりだぞ」
……確かに。
入学初日から私たちの手の内をバラしてしまうようなことはしたくない。
「じゃあ訓練場に移動するのはどうだい?あそこなら個別の訓練室があるし、他の人に聞かれる心配もない」
「あー、そうだね。じゃあ移動しよっか。トモリはそれでも大丈夫?」
異論も特になかったので私はコクコクと頷いた。
屋上を後にし、私たちは階段を降りていく。
入学式の華々しい雰囲気は無くなっており、訓練場へと向かう廊下は思いのほか静かだった。
「改めて思うけど、同じ理でも扱いはだいぶ違うよね」
「違うって?」
ノアさんが思いついたかのように呟き、ルーカスさんがそれに対して疑問の色を覗かせる。
「生得適正の差さ。理は理論上、誰でも触れることができる。でも、権理として安全に扱えるかは別なんだよ」
私は小さく聞き返す。
「安全、ですか」
「そう。自分の適性外の権理を無理に使おうとすれば拒絶反応が起きる。だから権理保持者は、自分の生得権理以外を使おうとしない。」
「無理に使おうとすると器がダメになっちゃうんだよねえ。自分の生得権理すら使えなくなっちゃう」
ダリアさんは「あー怖い怖い」と言いながら自分の肩を抱いてさする。
私の背筋は、一瞬ひやりとした。
「うわ、こーわ!じゃあ俺、絶対他の権理は使わねえわ」
ノアが小さく笑みをこぼす。
「それが賢明だよ、ルーカス。生得権理にも『型』があるからね。」
「出力型と制御型でしょ?」
「そのとおり。ダリアちゃんはよく理解してる。じゃあ、それぞれの権理のお披露目と行こうか」
そう言ってノアさんはドアを開け、私たちに部屋に入るよう促した。
「ノアありがと。じゃあ、早速実演してみよ。誰からやる?」
ダリアさんが全体に問いかけるとノアさんが控えめに軽く手を上げる。
「じゃあ、僕からいいかな?」
そう言ってノアさんは私たちの前に背を向ける形で立つ。
私たちの前にはいくつもの的が並んでいる。
「じゃあ、少しだけ」
そう言うが構えない、武器すら持たない。
何をするのだろう、そう思った刹那。
目の前にある的に細い裂け目が入った。
音は遅れて耳に届いた。
パキ、という乾いた亀裂音。
「すご……見えなかった」
ダリアさんの小さな呟きが聞こえた。
「風刃だよ。圧縮した気流を一点に通すだけさ。」
「じゃあ、ノアの能力は風ってこと?」
「そう、僕の生得権理は風だよ」
ノアさんは私たちの方を軽く振り返り、またあの穏やかな笑みを浮かべた。
だが、的に残った裂け目だけが異様に深かった。
「じゃあ、次俺な」
ノアさんに触発されたのか、ルーカスさんが自ら前に出た。
だが、右太ももについている短剣を引き抜くことはない。
そして、ただ掌を前に向けた。
すると、淡い光が部屋を包み込む。
「光は扱いやすいんだ。直線だからな」
そして指先を少し傾ける。
部屋を包み込んでいた光が一点に集中する。
光が、細く絞られていく。
次の瞬間、一直線の閃光が走った。
的の中心だけを、正確に穿つ。
「精密だね」
ノアさんが感心したように言った。
さらにこう付け加える。
「その精度、ちょっと試してもいいかい?」
急に何を言い出すのだろう、そう思った。ルーカスさんも同じことを感じたようだった。
「は?お前な……」
その言葉の途中で光が走った。
先程のように構えはない、掌も上げていない。
ただそこにあった光が一直線に伸びたのだ。
なのに、ノアさんは光が放たれるより僅かに早く半歩位置をズラした。
閃光は壁にぶつかり、そのまま消える。
「は……?」
ルーカスさんは呆然とする。
「肩が微妙に沈んだ。撃つ前の癖だよ」
ノアさんは当然のことのように言う。
気づかなかった。一度見ただけで、人の戦闘の癖を見抜くだなんて普通はできない。というか、できるはずがないんじゃないの?
ルーカスさんは乾いた声を出す。
「お前、やりづれえな」
「賞賛の言葉として受け取っておくよ」
「じゃあ次は私かな!」
ダリアさんが軽く前に出る。
気負いはない。両手を緩く広げた。
空気が湿るような、そんな感覚がした。
本来目に見えないはずの水分が、ゆっくりと集まっていく。
透明だ。揺らぎもとても小さい。
「私、出力が高いわけじゃないからさー」
そういいながらダリアさんは水を広げていく。そしてそれは、盾の形を築いた。
「攻めも守りもそれなり。良くも悪くも中間」
水は掌で弾んだ。水の盾は、すぐに姿を変えたのだ。
「いや十分だろ。なんでも作れちまうだろうが」
ルーカスさんが賞賛をすると、ノアさんも共感するように頷く。
「安定している。理想的なんじゃないかな?」
ダリアさんは肩をすくめる。
「いや、突出してないだけだよ」
「じゃあ最後、私ですよね」
少し緊張してきた。心臓がドクドクと大きく脈を打つ。
私は前に出る。
掌をかざすと、答えるように炎が灯った。
いつもの見慣れた、朱色の炎だ。
「なるほど、出力型って感じだね」
ノアさんは私の炎を興味深そうに観察しながら呟いた。
掌の炎はどんどん広がっていく。
大丈夫。ちゃんと制御できてるはず。私はちゃんと扱える。
そう思った瞬間、炎の揺らぎが理を外れた。
ノアさんの瞳が、わずかに細まる。
────風が、掴めない。
空気の流れが途切れたような感覚。
だが、何事もなかったかのように炎は落ち着きを取り戻す。
「……お見事だよ」
ノアさんはそれだけ口にした。
一瞬何か言いたそうに唇が動いたが、ノアさんは何も言わなかった。
理は、ほんのわずかに綻んでいた。




