第四幕 修羅と魔物と知隷獣
ヒルの中には自信と呼べるものが、少しずつ宿ってきたが、彼の「性」は相変わらずだ。
彼が自分のことを醜悪と感じる一端には、彼の怒りや憎しみが上げられる。
それらは、いつでも噴火寸前で、危うい。
ただ、同時に彼は弱く、優しい。彼の根源的な性によって、それらが噴出することは未だ無かった。
彼は直感していた。
この旅の転換期が訪れた時、彼の負のエネルギーを、解き放つ時が来るということを。
ヒル達は再度、廃村から近くの町の宿に退避していた。
その後、情報を求めて仕事の斡旋を行っている場所へ向かう。
「聞いた話だと、ネリッサが吹き飛ばした機械神イサラ、同じ場所にまた出現しているらしい。」
「同一の存在としてか、まぁ加護がなくなると機械も動かないからな、この町にとってはそれで良かったんだろう。」
「ネリッサさん、ですか。」
「聞いた通り、とんでもない術者なんですね。」
「イリスが癒しの術を使えることで、できることが増えたから、エージェントとして登録してみるか。」
「わ、私がいるからですか?」
「嫌かな。」
「嫌ではないんですけど、なんかエージェントっていう言葉と自分が結びつかなくて。」
そんな話をしていると、一人の男性が向かいから声を掛けてきた。
「そこのお三方、ちょっといいかな。」
「・・・なんですか。」
現れたのは30代後半くらいの男。
「イリスさん、あなたとチャンバラごっこをしてみたいんです。」
そういうと、男は一本の刀を取り出した。
「私とチャンバラごっこ?」
「覚えてらっしゃらないか、そんなものだよな・・・。」
「一体、なんの事だ?」
「俺が追っていた魔物を、あなたが滅したんだ。」
「あれは俺の獲物だった、俺が倒さなきゃいけなかったんだ。」
「それは、どこで起こった話だ。」
「魔物がいたのは、ここから更に少し北にあるシキの森ってところだ。」
なんともいえない表情をしているイリスに、ヒルが言葉をかける。
「その、心当たりある話?」
「機械神にも一時記憶を奪われたようだし、ずっとフォルとフォリアーと接しているから自分の記憶にも自信がなくなっている。」
「そりゃあ、そうもなるよねぇ。」
「俺はツガサって者だ、その・・・ちょっと手合わせして貰えればそれでいいんだ。」
「それで満足する。」
フィリーは少し勇気を出して言う。
「たとえチャンバラごっこと言っても、怪我の可能性があるんですよね?」
「私の癒しの力は、確かに少し振るったくらいで どうこうはなりませんし、どんな経過の上にできた傷だって癒すことを拒みませんが・・・。」
「かといって、目の前で争って欲しくはないです。」
「よっぽどイリスさんが納得するのなら、良いのですが。」
「ツガサとやら、それであなたの気が紛れるのなら相手をしよう。」
「記憶にないのに、いいのか?」
「人の気持ちを鎮めるためだ、この旅の大事な部分だろう。」
「ありがとう、場所を変えよう。」
【スゥキ】と呼ばれるこの町の外れ。
ツガサという男に導かれ、森の中にある少し開けた場所へやってきた。
「では、始めさせてもらおう。」
そう言ってツガサが一礼すると、イリスは剣を抜いた。
「私はもう騎士ではないから、騎士としての矜持はない、が。」
「一人の剣士として、いまの自分があり、その柱がある。」
「せっかくだから、糧になる手合わせにしようじゃないか。」
こうして始まった手合わせは、気味の良い金属の音と共に、舞うように営まれた。
一手、また一手と確かめ合いながら、互いの剣技に関心を持った。
ツガサの目と太刀筋の真っ直ぐさに、イリスは心打たれた。
「私が手を下さずとも、きっとあなたが魔物を討てたことだろうな。」
「間違いない。」
「どう、だろうな。」
「うっ・・・。」
突如、ツガサは苦しそうにしたかと思うと、今までにない殺気を纏って切りかかった。
「ツガサ?」
「う、ぬおぉぉぉ。」
「斬る・・・斬るっ!!」
ツガサの様子は明らかに異常だった。モノを斬ることだけに捉われた修羅の形相だった。
様子を見ていたそしてヒルとフィリーはそれぞれ何かに気づく。
「この気配、いやでも、まさか。」
「イリスさん、持ちこたえてください、詳細は分かりませんが何かの汚染がツガサさんを。」
「広域の治癒術でなんとかならないか試してみます。」
フィリーの治癒術とフォルの力がいかほど強いといっても、委細内情の分からない呪いや腐蝕に対しての効力は限られている。
そして、ヒルが助太刀に入ろうとした瞬間だった。
頭上から、ツガサの体に一筋の光が落ち、ツガサは糸が切れたようにその場に倒れた。
何が起こったのか分からなかったが、未だツガサは何かに捉われていた。
フィリーが駆け寄ると、ツガサが携帯していたもう一本の刀が目に入る。
「この刀は。」
「やっぱりそうか、でも。」
イリスは剣を納めてゆっくりと近づき、それを見る。
「それは・・・、イタクの・・・フォルか。」
まぎれもなく、イタクのフォルだった。
しかし、それは輝くどころか黒いオーラに覆われている。
「あんなにまっすぐな意志を持った刀が、自ずとこんな変異をする訳が無い。」
「とにかく、出来る限り浄化できないかやってみます。」
フィリーは杖を向け、刀の浄化を試みる。
何度も、その術を変え、試し、正解を探す。
そうしているうち、フィリーはある正解を見つけたものの、
浄化に臨みながら怪訝な顔をしていた。
数分の時が経つと、刀の黒いオーラは無くなった。
「フィリー、流石だな。」
「・・・。」
「フィリー?」
「こんな言い方は良くないとは思うんですけど。」
「ん?」
「ベタです。」
フィリーの口から出た言葉とは思えない内容に、イリスも驚く。
「ベタ、とは?」
「よくある妖刀にあるような、修羅に導く呪いですよ。」
「しかもそれが、あまりにも雑に移植されていたような形ですね。」
「何者かが遊び半分でやったような、そういう・・・感じです。」
「何者か、か・・・。」
「刀の浄化は終わりましたので、ツガサさんの体力を回復しますね。」
フィリーはツガサの体の治癒を行う。
「うっ・・・うぅ。」
「そのまま、力を抜いたままでいてください。」
その後、ものの数秒でツガサの意識ははっきりとしてきたようだ。
「迷惑を、かけたようだ。」
「まったくだ。」
意識を取り戻したツガサに、簡単に説明をした。
「この刀が・・・か。」
「その刀、どこで手に入れたんですか?」
「行方知らずになっていたフォルなんです。」
「それが、記憶が確かじゃないんだ。」
「誰かに渡されたってのは確かなんだが・・・。」
「一目見て良い物だと思ったのも覚えてる、ただ、誰から渡されたのかが分からない。」
ツガサの記憶が一部欠落した上でイタクの刀を保持していたことに、うまく整理が付かず誰しも言葉がでなかったが、治癒をしたフィリーが口を開く。
「ツガサさん、今回のこととは別で、昔・・・修羅となっていた時期があったんじゃないですか?」
「治療でそんなことが分かるのか?まぁそうだな、少し年下で幼馴染だったミヤコって女が魔物に吸収されてな。」
「その魔物を追って、殺すために、そう・・・修羅になってた時期があった。」
「もっとも、それは克服できたんだ・・・あれ、でも。」
「どうして克服、できたんだっけか。」
ヒルとイリスは目を合わせた。
「ツガサさん、とりあえず今はお休みになった方がいいですね。」
「お送りします。」
「あ、ちょっと待ってくれ。」
「その、イタクって人間のことを教えてくれないか。」
「この刀、とても気に入ってるんだ。」
「分かりました、分かることだけですけど。」
ヒルはイタクの過去について、簡単に説明をした。
「なるほど、そりゃあこんな綺麗な刀が仕上がるわけだな。」
「一層、この刀にあんな嫌がらせした何者かを恨むよ。」
「頼む、あんたたちに恩を返させてくれ。」
「いや、でも・・・。」
「やめたほうがいいです。」
きっぱりと、フィリーが言った。
「ツガサさんの体、純粋な体力と呼べるものは問題ありません。」
「でも、あなたの中には人の根本的な活力と呼べるものがほぼ残っていません。」
「あなたが覚えていない間に、きっと体も、精神も、酷使していたのでしょう。」
「少し無理をしたら、すぐに・・・。」
「ははは、いいじゃないか、むしろ好都合だ。」
「難しいことを考えるのは、もう俺がすべきことじゃないのは分かっている。」
「ただただ、この剣技が人のためになればいいんだ。」
「そのイタクって人の代わりに、この刀と、格好をつけたままで死んで見せようじゃないか。」
「ダメですよ、そんなこと!」
「あんたに医術や治癒術師としての譲れないことがあるのは分かる、でも動ける人間を縛り付けて治療する趣味はないだろう。」
「俺は勝手に付いていく、それではダメか。」
【それでいいんじゃないかな】
聞き覚えのない声。
「誰だ?」
すると、空から異形の存在が舞い降りた。
鳥のような羽根と足を持ち、胴体は人間のそれに近い。
「君たちのことをずっと見ていたよ。」
「私は【知隷獣ハート】、はじめましてだね、君たち。」
「知隷獣?」
「そうだねぇ、知隷獣っていうのは・・・。」
「フォルが破壊されて分離した隷神や、不幸の浄化を終えた隷神が集まって生まれるんだ。」
「私みたいにしっかり喋れるのは珍しいから、ちょっと特別。」
「それから、私以外にもう一人、会わせたい知隷獣がいて。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」
「はは、ちょっと急ぎすぎたかな、まぁ隷神の成れの果てだと思ってよ。」
「会わせたいのが彼女、知隷獣ゼルアプル。」
「さぁ、出ておいで。」
すると、知隷獣ハートの隣に姿を表したのは、辛うじて人型と思しき知隷獣。
顔は真っ黒で確認できず、手足が極めて細い。
その細い手首には、花をモチーフとしてハンドスリーブが付いている。
「君たち、エヴァとミーナは知ってるよね、私も見てた。」
「対の短剣の主だった二人ですか。」
「そう。」
「この子は、彼女たちに由来するものが大半を構成してる知隷獣だよ、誕生したばかり。」
【・・・・・】
ゼルアプルという知隷獣は何かボソボソと呟いているが、何を言っているかは分からない。
「君たちが彼女と敵対することになる前に会わせておきたかった。」
「ヒル・サンク、君に助けられているフォルや隷神の数は計り知れないけど・・・。」
「知隷獣のほとんどは声が届かなくなってしまう、同じ【ヒト】に自分の大事な領域を侵された人間たちの気持ちの集合体なのだからね。」
「魔物の一種と認識されているような小さな者もいたりするけど。」
「中には強大な力を持って世界に影響を与えている子、概念的な存在になりつつある子、様々居る。」
「大抵は君たちを阻む相手になるだろうね。」
「でも君たちが彼の者達を相手取って戦う時が来るとしたら、その時は私たち、知隷獣も役に立つはずだ。」
「好き勝手に蹂躙された気持ちの報いを受けてもらいたいと思ってるのは私たちも一緒なんだ。」
ヒルは知隷獣ハートの言葉と、感じられる雰囲気から、今後味方として必要不可欠な存在になると思った。
「手を貸してくれるなら心強い、そのために俺たちは知隷獣達に・・・。」
「ヒル・サンク、イリス、フィリー、ツガサ。」
知隷獣ハートはヒルの言葉を遮って言葉を続ける。
「このゼルアプルの姿を見てどう思ったかは知らないけど、彼女は私と同じく知隷獣としては小さな存在だ、それは大きさの問題じゃなくて、気持ちの暗さ、黒さ、無機質さ、異常さ、そういったものだよ。」
「この世界の歴史は長く、ヒトの悲劇の歴史は、数多の絶望を産み落とした。」
「私はまだ2、3百年の事しか知らないけど、太古に機械神を人が作ったとされる以前から続く悲劇の集積・・・。」
「ヒルの優しさや、イリスの剣、ツガサの真っすぐな意志、フィリーの癒しの力、たとえどんなに高まっても、かすり傷もつかない、不動にして不滅の存在がいるんだ。」
「私もこんな現実を突きつけたくはないけど、君たちの【一生】が持てる力ではどうにもできない知隷獣が何体もいるんだ。」
「彼の者たちは、そうした知隷獣を自由に操ることこそできないと思うけど、石を投げつけるように君たちに差し向けることはできるだろうね。」
「君たちは旅の中で、逃げることを強要され続けると思う。」
「逃げて、逃げて、生き延びて、その中でわずかな癒しと、そうして得られる小さな絆を束ねていかなきゃならない。」
「それでも君たちの旅を、続ける気はあるのかな。」
「言われるまでもないさ。」
ヒルに、イリスも続く。
「ヒルに付いていくと決めたからな。」
「それに今は、自分にとっての大事な意味が、この旅に乗っているんだ。」
フィリーは自分の胸に手を当てて、答える。
「私は・・・。」
「私は・・・、私とこのフォル・・・彼女と、こうまでも残酷な道を進まねばならないのですね。」
「でもこの残酷な定めが、これ以上未来を失わせないために。」
「私も、旅に同行します。」
ツガサは自分はオマケとでも言うように、軽い口を開く。
「俺はいつ死んでも構わないんだ、ただ、恰好がつくように。」
「今決めたばかりだが、もう曲がらない。」
「そうか、君たちがそういう人間であって嬉しいよ。」
「それで、申し訳ないんだけど、私が付いていくのはやめた方がいいと思ってる。」
「自分で言うのもなんだけど、人とこうしてコミュニケーションが取れる知隷獣は貴重なんだ、彼の者たちにできるだけ目を付けられたくない。」
「君たちのことはちゃんと情報を得られるようにしておくから、君たちに付き添うのは私じゃなくて・・・。」
「彼女にお願いする。」
「ゼルアプル、気配を消して、ひっそりとこの人たちに付いていっておいで。」
「ツイテ・・・イク・・・。」
「ツイテイク、ワカッタ。」
ゼルアプルはたどたどしい言葉で了承したようだった。
「その、どう付き合えばいいのか難しいな。」
ヒルは恐縮した。
イリスはゼルアプルの中に、彼女たちを感じた。
「隷神の成れの果て、そう考えるなら、彼女たちそのものとは違う存在のはずだが。」
「フォルと繋がるということが、隷神、ひいては知隷獣にどう影響を及ぼしているか分からないものの、彼女達の香りというか、何かは感じるような気がする。」
「知隷獣・・・、私の治癒術が、なんらかためになれたりするのでしょうか。」
「折を見て、色々と試してみたいです。」
「よろしくお願いします、ゼルアプルさん。」
_____
ヒル一行がツガサとの一件の中で知隷獣ハートとの邂逅を果たしているのを、面白そうに観測していた男一人。
一行がその場を離れると、男は
スタッ、と空中から地上へ下りた。
赤い髪が風に靡く。
「石を投げつけるように、か、」
「確かに、【彼の者たち】がすることと言えばそんなところだろうけど。」
「僕たちは、快楽よりも意義を求めている訳で。」
「【赤杭】が知隷獣に効くのかどうかも試したいし、【赤蝕】済みのアクターをあの一行と戦わせて観察したいってのもある。」
「不幸に不幸を重ねられる、彼らの旅は本当に大変だろうね。」
「でもそれが、この世界の定めってことか。」
_____
数刻の後、はるか西、深き禁域内の村にて。
「あ~疲れた、お~い、勇者く~ん。」
「ハートか、しばらく見ていなかったけど、どこへ。」
「前から話してたヒル君達に、会ってきたよ。」
「ちょうどツガサと、一緒になった。」
「ツガサ、そうか。」
「もう休ませてやって欲しい気もするけど。」
「そうもいかないのがツガサか、僕があのまま連れていくより、ヒルって子の方が適任だろうから、それでいいのかな。」
「そうであると信じるしかないね。」
「フォルとフォリアーを癒す旅。」
「僕らがやっていることより、よっぽど有意義だろうし。」
「そんなことないんじゃない?」
「だって、こっちは未知質を集めているだけだからね、その過程が長い旅にはなったけど。」
「未知質だって、全部バドルに預けてるだけで、良い結果に結びつくかどうかは分からない。」
「だから、僕たちが築いてきたものも彼らに引き継いでもらうといいのかもしれない。」
「バドル達はちゃんとやってるよ、人にとって良い存在を作ろうと頑張ってる。」
「でも、未知質だからなぁ。」
「ここまでの旅で見たものを考えても、この世界のあらゆる情報を内包するって物を、良い物に昇華させるのは至難の業だろう。」
「・・・ひどい世界だ。」
「ま、そろそろ僕たちの役目は終わる。」
「あとはバドル達次第だ。」
「それに関してなんだけど、悪い知らせがあって。」
「バドル達はちゃんとやってるって言わなかったか?」
「そこじゃなくて、君たちの旅が終えることに関してだよ。」
「まだ何かやれって?」
「いやまぁ、この歳とはいえ、一応まだできることはやるつもりではあるんだけど。」
「この世界にとっての敵、今は【彼の者】と呼ばれる存在・・・。」
「それとは別に、怖い人物がいる。」
「別って・・・、でも隔絶された観客の一人ではあるんじゃないのか。」
「そういう訳ではなさそうだね。」
「その人は、この世界に降りているの?」
「そうだね。」
「出る手段も持っていそう?」
「多分ね。」
「そう、なんだ。」
「とはいえ、やってることからして基本的には敵だと思った方がいい。」
「逃げなきゃいけない相手が増えた。」
「君たちにも、ヒル君達にも、生き延びていて欲しい。」
「こんなに心強い存在がたくさんいる状況は、私が現れてからはじめてなんだよ。」
「私が正気でいられるうちに、何か光を見てみたいんだ。」
「ハート、君の存在こそ奇跡の産物だと思う。」
「気を付けてね。」
第四幕 修羅と魔物と知隷獣 終




