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あの果てしない空の果て  作者: kai
吟遊と安寧編
39/39

39.悠久を謳う徒花(中)

Tips:天候操作

天候操作が出来る能力はいくつか存在が確認されているが、一部の原理は不明である。

例えば、天道穂香や有巣仁理は気温を操作することで気流を発生させて雲を移動させることが出来る。言わずもがな、炎熱系/氷雪系能力者も出力さえ足りていれば同じことが出来る。

しかし、新城右玄の天候操作は原理が不明である。因果律を操作している可能性も指摘されているが、検証が不可能であり詳しいことはわからない。

その他にも、神格実体の出現時には必ず雲が空を覆うことも指摘されている。これは神格実体が持つ大量のエネルギーによって存在の比重が大きくなり、因果律が捻じ曲げられることによって発生するものである、と神器を用いた検証で明らかになった。原理は不明であるものの、規格外の魔力さえあればある程度の再現性を伴って雲を操ることが可能である。

「どうしよう。本当にどうしよう。」

洞窟内を探索する有巣、無堂、井桁の3人。しかし、消失した3人の手掛かりは未だ見当たらない。

「有巣さん、珍しく慌ててますね。」

「そりゃ慌てるだろ。殴って解決出来ないことが起きてんだから。」

「凄い脳筋みたいなこと言いますね。あとほぼ殴りませんよね?」

「“殴る”は“攻撃する”の比喩だぞ。蹴ろうが切ろうが魔法でぶち抜こうが“殴る”だからな。」

「どうでも良いです。」

「そうか。」



「えぇ!?未来から!?」

斑目、綾取、酢漿が事情を話すと、白髪の女性・冷花は大きな声を上げて驚いた。

「うん。しかも多分、千年先の。」

「千年って...とんでもないですね。」

冷花の話を聞いた綾取の考察によると、此処は平安時代の日本である可能性が高いらしい。

「私の予測だと、此処は未来で私たちが入った洞窟と同じ場所だろうね。」

「まぁ、タイムスリップで場所だけ変わらないってのはSFの定石だもんねぇ。」

適応能力が高すぎる現代人3人。対してカタカナ語が理解出来ていない冷花だが、何となく状況は把握したようだ。

「では、皆さんが帰る方法を探しましょうか。」

その時、酢漿があることに気付く。

「そういえば、冷花さんはなんでここにいるの?」

一瞬躊躇った後、冷花は真剣な眼差しになる。

「近頃、近隣の集落に雨が降り続いているんです。」

「雨?」

「はい。その原因がこの洞窟にいる、とのことで。」

綾取と斑目が顔を見合わせる。

現代で有巣らが討伐を依頼された龍の詳細は不明である。しかし、現代での状況から雨を降らせる特性を持っていないことは確かである。すなわち、別の種族である可能性が高い。

「天候を操作する生物...」

綾取が呟く。

しかし、斑目が「いや、」と言う。

「生物とは限らないかも。」

「遥か昔の日本では、台風や雷雨を始めとした災害は“龍のしわざ”とされていたらしいね。一説によれば、その“龍”が私たちで言うところの神格実体である可能性があるらしいね。」

「神格実体...」

聞き慣れない言葉を反芻する冷花。

「え、じゃあ私たちで神格実体を倒さなきゃいけないかもってこと?」

「そうなるね。」

もしかすると生きて出られないかも、という不安に苛まれる中、綾取がある可能性に気付いた。

「もしかすると、その神格実体が私たちの時間遡行の元凶かもね。」

斑目がハハ、と苦笑いする。

「そうじゃないことを祈りたいなぁ。」



一方、有巣らは洞窟内の開けた場所に居た。

「焚き火の痕跡がある。つまり、つい最近此処に来た者がいる。」

その時、

「あ。」

地面の一点を見て有巣が固まる。

「どうしました?」

「何かあったのか?」

「...『呪手(のろいで)』を召喚してみようと思う。」

自信の無さそうな顔をする有巣。無堂と井桁もその意図を察したようだ。

「...確かに、リスキーですね。」

「...もし召喚できたら...戦力を一つ奪うことになるかもしれないんだよな。」

有巣と無堂も、井桁と同じ考えに至っていた。

しかし、有巣の考えの中には、ある可能性があったのだ。

「もしも、もしもの話だ。もし『呪手』が召喚出来なければ、少なくとも綾取は“現在”の“この世界”には存在しないことになる。」

「...そもそも、綾取が持ってる神器の召喚って出来るのか?」

「出来る。綾取にはあくまで持ち主である俺から貸与しているのであって、俺が所有権を放棄した訳ではないからな。ただ、神器を召喚出来るのは所有権を持つ者だけだから、綾取は召喚出来ない。」

「一方通行の安否確認か...」

「しかも一度きりです。...『呪手』に有用な能力は?」

有巣は首を横に振る。

「消してある。前に天道姉が暴発させて大変なことになったからな。」

通常、異なる色の魔力は反発するため、神器は魔力の色が似ている者しか使用出来ない。例えば、『呪手』の魔力は青色であるため、青、紫、緑、白(無色)の魔力の者しか使用出来ないのだ。

天道舞香の能力『超速再生』は常在能力であり通常の能力と併用が出来る上に、天道舞香は魔力を持たないため抵抗が無く、神器『呪手』とは相性が良い。故に、綾取がアジトを出入りするようになる以前は天道舞香に『呪手』を貸与していた。しかし、彼女の向こう見ずな性格が災いし、『呪手』に保管されていた『時間遡行』を暴発させたことがキッカケとなり、有巣が『 』を用いて削除したのだ。

召喚の仕様把握も暴発の際である。そしてこの後、『平行世界の移動』を用いた実験も行なっていた。

「その時はどうやって戻って来たんです?」

「天道姉が自力で。腐っても大学生だからな、ちゃんと頭が回ったんだろう。」

掌を開く有巣。

「場合分けだ。召喚出来た場合は2通り。綾取がこの世界にいる。現在か過去か、どちらかに。」

「過去?...あぁ、そうか。」

神器の耐用年数は人間に把握出来ないほど長い。故に、綾取が過去に飛ばされた場合、綾取の死後放置された『呪手』は現在に残っている可能性が高い。

「逆に、召喚出来なかった場合は2通り。綾取が別の世界線に居るか、過去の綾取を未来の俺が救出出来るかだ。」

綾取を救出出来る場合、綾取と共に『呪手』は戻って来るため過去に放置されない。故に、現在では召喚出来ない。

「いえ、3人を救出した後で『呪手』を放置するよう指示する可能性があるのでは?」

「あぁ、その手があったか。」

有巣の開いた掌に魔法陣が生成される。

「要は未来の俺が『呪手』にカンペを付ければ良いわけだ。」

「天才じゃん!!」

「そう上手く行きますかね...?」

「神器召喚『呪手』。」

有巣の掌の魔法陣が消え、代わりに黒いチョーカー、『呪手』が出現する。

「え?」

「おっ、と。」

全く汚れていない。そして、紙も綺麗な状態で付けられている。

『呪手』に付けられた紙には、ただ「天道穂香」「延喜7年6月9日」と書かれている。

「過去か。」

「え、延喜っていつです?」

「平安時代。今からざっと千年ぐらい前だな。」

「千年!?でもそんな前から残ってるならなんでこんな綺麗なんだ...?」

「時間遡行が出来るんだぞ。俺が召喚する直前の時間軸にこれを置けば辻褄は合う。」

「じゃ、じゃあ、天道さんは何です...?」

有巣は少し顎に手を当てて考えた後、薄く笑う。

「...わかった。取り敢えず、俺は天道を呼びに行こう。無堂は紙とペンを取ってきてくれ。」

「?わかりました。」

(私が天道さんを呼びに行くんじゃないんですね。)

無堂は違和感を覚えたが、有巣の考えることだ。それに、実際に『呪手』が召喚出来たのだ。流石の有巣にも何か策があるのだろうと思い、無堂は信じることにした。



「冷花さんは普段何をしてるの?」

おもむろに訊く酢漿。

冷花は「んー」短く唸る。

「冒険者...ですかね。人助けの旅をしています。」

「武勇伝聞かせてよ!」

「武勇伝というほどではありませんが...つい先日の話でもしましょうか。」

静かな洞窟内に水音が響く。

「今からおよそ三月(みつき)ほど前、私はある村に辿り着きました。残念ながら魔物に襲われた後で、村人は一人も残っていませんでしたが。」

現代における魔物とは、魔獣や精霊を始めとした、魔力を生命の源とする存在全般を指す語である。対して、江戸時代以前における「魔物」という語は、妖や怪異を始めとした、霊力を生命の源とする存在を含むことがある。それらは総じて討伐した際に死体を残さないため、特異な“この世ならざるもの”として認識されていたのだ。

「痕跡を辿ると、どうやら群れではなく一体の巨大な魔物に襲われたようだとわかりました。足跡も爪痕も大きく、家屋も派手に潰されていましたから。」

綾取と斑目が顔を見合わせる。

「5日ほど調査を続け、魔物の巣を発見しました。しかし... 」

言い淀む冷花。

「...しかし?」

酢漿に続きを促され、冷花は唇を舐める。

「魔物には子供がいました。三体です。様子を見るに、生後間もないようで、給餌を受けていました。」

「どう感じたの?」

綾取が優しく問いかけると、冷花はゆっくりと息を吐く。

「皆は、魔物を“この世ならざるもの”と言います。しかし、私にはそう感じられないのです。我々や、他の自然に生きる動物と同じく、自然の営みの中に居て、必死に生きようとしている。ただ生まれを異にするだけで、そしてただ死を異にするだけで、特別視するものではない。」

再度、ゆっくりと息を吐く冷花。

「殺しました。剣を持ち、首を両断して。子供が足手まといとなり、特段苦労することはありませんでした。仕方のない、自然の摂理の話です。」

斑目の耳が揺れる。

「私は躊躇ってしまった。相手が生きているという実感から、太刀筋を鈍らせてしまって、刀を駄目にしました。これでは、大切な人を守ることはおろか、自分の命すら守ることは出来ない。」

瞬間、大量のコウモリが洞窟の奥から飛び出して来る。

冷花は刀に手を掛けた。

「“叢雨(ムラサメ)”」

次の瞬間、洞窟内に鮮血が満ちる。数え切れないほどのコウモリは一匹残らず撃墜され、哀れな悲鳴を上げた。

唖然とする酢漿。斑目は冷静な顔で、綾取は微笑みながらその一太刀を眺めていた。

「私は剣士失格です。」

「そんなことないよ!」

声を上げたのは酢漿だ。

「すごいよ!今の!どうやったの!?」

酢漿が顔を近付けると、冷花は苦く笑う。

「頑張って速く振っているだけです。こんなものは技でも何でもありません。」

「...いや、そうでもないかも。」

斑目は冷花に歩み寄ると、彼女の右手を握り優しく撫でる。

「コウモリは256匹、冷花さんが刀を振ったのは17回。必要最低限で済ませてる。凄まじい技術だよ。」

「そ、そんな...」

頬を赤らめる冷花。

(有巣みたいな顔で照れられると調子狂うな...)

「と、とにかく...先に進みましょう...」

冷花は照れ隠しのように踵を返して再び歩き始めた。

「あ〜照れてる〜!」

「照れていません!」



「穂香〜!仁理くん来てるよ〜!!」

「えっ!?なんで!?」

自室でソシャゲの周回をしながらギターを掻き鳴らしていた天道穂香は、洗っていない顔もそのままに階下へ降りていく。

「よ。」

「ど、どうしました...?」

「準備しろ。すぐ出るぞ。」

「...?は、はい...」


再度降りて来た天道は、背中に「まんぷく。」と書かれたジャージを着ている。

「着替えてきました...え、えと、どこに?」

「岩手の山間にある洞窟。」

「な、なんで...?」

「理由はわからんが、酢漿斑目綾取の3人が過去にぶっ飛んだ。」

「えぇ...?わ、私でどうにかなりますかね...?」

「タイムスリップは前やったろ。アレをもう一回やって3人を連れ戻す。まぁ原因究明の方は無堂がやれるだろうからな。」

「あー...確かに。へへ、私たちならチョチョイのチョイですね!」

わかりやすく表情が緩む天道。

「行くぞ。気ぃ引き締めろ。」

「はい!」



「これ...じゃないよね...?」

冷花率いる一行は、大きな角のある牛型の魔獣と相対していた。

「この子は普通の魔獣だね。特殊な能力は無さそう。」

冷静に分析し刀を構える綾取。

「綾取さん。」

「いや、普通に戦おうか。実力を見ておきたい。」

咆哮。洞窟が震える。

酢漿が蛸の腕を伸ばして魔獣を捕らえる。すぐさま斑目は懐からクナイを取り出し、魔獣の頭に刺した。

「苦無!?あなた、まさか...!」

大きく後ろに跳び、大きな足音で着地する斑目。

「忍じゃないよ。丁度いい武具がクナイだっただけ。そもそもこんな図体じゃ隠密には不向きだしね。」

斑目が再度跳び上がった直後、魔獣に地面が抉られる。

再度の咆哮。

瞬間、

「なっ!?」

「えっ?」

巨大な炎の柱が魔獣を消し炭にする。

天蓋に大穴が穿たれ、雨水が流れ込む。

「何...あれ...?」

空気が揺れる。

4人の頭上、遥か先に見える黒い影。

「龍...!!」

巨大な両翼を羽ばたかせながら、黒龍は静かにこちらを見下ろしていた。

Tips:龍

ドラゴンは、数多の神話や御伽噺、民間伝承に登場するUMAの一種である。鳥のように前脚が翼になっている「ワイバーン」や、背中に生えた翼が発達して脚のようになった変異種も伝承に存在するが、実在は未だに確認されていない。一説には、爬虫類が魔力暴走を引き起こした神格実体ではないかとされている。

結論から言えば、生物としての龍は極少数ながら実在する。しかし、それはそれとして、龍の形をとる神格実体も存在する。また、龍が災害を引き起こすという伝承は、龍の形を模した神格実体によるものが元ネタである。

実在の龍に災害を引き起こす力は無い。何故なら、災害を引き起こせる規模の器官とエネルギーを持った存在は“魔獣”としてカウントされるためである。

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