38.悠久を謳う徒花(上)
登場人物
・有巣仁理
本作の主人公。最強の能力者といわれているが本人は頑なに認めない。性別は男だが顔はとんでもない美人で、街中でナンパ待ちをして「あ、男です。それに彼女も居ます。」と断るのが趣味。なお彼女が出来たことは無いし今後作るつもりもない。下着以外の衣類全てを女物にすり替えた犯人を探している。
・無堂瑞希
隻眼の少女。筋金入りの陰キャで、初対面の人と話す時は取り敢えず喋りまくって間を埋めようとする習性がある。あまりにも彼氏が出来ないのでそろそろ彼女で妥協するかどうか検討中。
・綾取廻
ミステリアスな美女。頭脳明晰かつ冷静な判断力を持つため現場では重宝される司令塔兼御意見番。その上必要最低限しか喋らないので専ら高嶺の花のような扱いを受けている。なお本人の認識では「かなり喋っている」らしい。つい最近腱鞘炎になったが有巣に手当てして貰えて役得と思っている。
・斑目詩織
スタイル抜群な獣人型の女性。鋭敏な感覚と鍛え上げられた洞察力により周囲の異変にいち早く気付ける傑物だが、本人の性格が大雑把であるため本当に命に関わる状況でしか役に立たない。料理のおかわりをしすぎて綾取の腕が腱鞘炎になったことがある。
・酢漿菜々
元気溌剌!な女性。面白そうな物に目が無い上に危機管理能力が皆無なのでいつも一人で突っ走って痛い目を見る。加えて理解力が無いタイプのバカなので能力をコピーしてもほとんど使いこなせない。最近「すいこみ」と「コピー能力を捨てる」が使えるようになった。男物の衣類の処分に困っている。
・井桁蒼太
率先して人助けをする心優しき青年。能力も特別な身体機能も無いのにトラックに轢かれようが鉄パイプで叩かれようが「すっごい痛い!」だけで済む化け物。陽キャなので大事なコミュニケーション役。自分と一番仲が良いのは有巣だと思っている。
キッチンで食器を洗う綾取廻。
本棚で資料を整理する斑目詩織。
スマホでSNSをチェックする酢漿菜々。
そして、正面に座りノートパソコンで作業している有巣仁理。
「世の中って残酷ですねぇ......」
無堂瑞希が零した一言を聞き、有巣が顔を上げた。
「有巣さん。何故私たちには胸が無いんでしょうね......」
「......。」
真面目に取り合うだけ無駄と判断し、作業に戻ろうとする有巣。
「巨乳は巨乳というだけで愛され慕われるんですよ!そこにはあまりにも大きな格差が確かに存在しているんですよ!!」
身を乗り出し有巣のパソコンを閉じる無堂。
「有巣さん...私は悔しいんですよ。貧乳というだけで侮られ蔑まれるこの世界をどうしようもないことが。」
「別にどうでも良いかな...」
無堂の手を払い除けてパソコンを開く有巣。
「どうでも良くありません!」
再びパソコンを閉じる無堂。
「悔しくないんですか?巨乳は彼氏を作りやすいんですよ?」
「いや俺、男だし...」
再びパソコンを開く有巣。
しかしすかさず無堂が閉じる。
「私に彼氏が出来ないのは胸が無いせいです。多分きっと絶対!」
「どっちだよ。」
「胸が無い女は機会損失が多いんですよ。男は胸しか見ないので!」
「まぁ一理ある...のか?」
そんなものは無い。
「酢漿さんだって斑目さんだって此処に居ない時はどうせ彼氏に股開いてるんですよ!あのでっかい胸を揉みしだかれているんですよ!!」
「お前結構キモいな...」
「彼氏いないよ〜。」
スマホから顔を上げずに酢漿が言う。
咳払いをする無堂。
「有巣さんは良いんですか?このままではハーレムが崩壊しますよ?」
「えぇ...」
その時、洗い物を終えた綾取が歩いて来る。
「無堂ちゃん大丈夫?おっぱい揉む?」
「揉みます!!」
食い気味に叫ぶ無堂。
一方で、呆れてものも言えない有巣だった。
「有巣さん。」
「んー?」
「なんで魔法使いって少ないんですかね?」
綾取の胸から顔を上げて問う無堂。
「特別な手段を使わなければ生命エネルギーの知覚が難しいからな。」
無堂は中学時代のクラスメイトから複製した『解析』によってたまたま生命エネルギーを知覚出来たため魔力を扱うのに成功した。ならば、能力が役に立たない場合はおいそれと魔力を扱えないのが普通である。
「じゃあ、その“特別な手段”が無ければどれくらいかかるんです?」
「エネルギーの知覚に30年、魔力を練るのに20年。才能や師の有無で前後はするが、まぁ凡人なら一生涯をかけても無理だな。」
「なら有巣さんは特別な手段を使ったんですか?」
「いや、年数でゴリ押した。」
「...は?具体的に何年?」
「500年くらいかな。」
目を丸くする無堂。
「......どうやって?」
「時間圧縮。“精神と時の部屋”みたいな感じの。」
「えーっと...それは有巣さんの能力で、ですか?」
「うん。空間圧縮が出来るなら時間圧縮も出来るだろ。」
「んな無茶な......」
しかし実際に有巣はその手段を用いたのである。
その事実に、無堂は絶句するしかなかった。
「有巣さん。」
「んー?」
「暇です。」
「学校は?」
「分身の方が行ってます。」
「天道が可哀想だとは思わないのか?」
「天道さんは今日休みらしいです。」
「Oh...」
引きこもり予備軍にとって月曜日は天敵である。
「有巣さんはどうなんです?」
無堂が訊くと同時に有巣はパソコンを閉じた。
「今終わった。」
「何してたんですか?」
「“転移魔法を応用した様々な術式の可否について”の論文の推敲。」
「論文?大学のやつですか?」
「いや、魔術学会のやつ。大学は辞めた。」
「え、辞めた!?」
思わず大声を出したのは斑目。
「どうりで見ないと思った。なんで辞めたの?」
「学会の方から勧められたからな。専門分野が違う学部に居ても意味無いんだと。」
「文学部だっけ。そりゃ色々言われるか。」
「そういえば、魔法使いは少ないのに魔術学会はあるんですね。」
「あー、確かにな。なんか習得が早くなるマニュアルみたいなのがあるんだろう。今度訊いてこようか。」
その話を聞き、酢漿が目を輝かせる。
「じゃあ私も魔法が使えるようになるってこと!?」
「かもな。」
「あ。」
「どうしました?」
「依頼があったんだった...」
有巣はスマホを取り出しメールを開く。
「何の依頼ですか?」
「ドラゴン退治。」
「...え?」
新幹線の車内にて。
「有巣さん、髪伸びました...?」
「姫カットになっちゃった......」
「時間圧縮ですか。いくらなんでも時速数百kmで走る車内でするのは無謀では?寿命も縮みそうですし。」
「寿命は吸血鬼病で克服してるぞ。速度はまぁ...いちいち気にしなくても何とかなってるし...」
「えぇ...?」
有巣と無堂の会話を尻目に5つ目の弁当を開ける斑目。
「なぁ、斑目。」
斑目に話し掛けたのは正面の井桁。
「どうしたの?」
「なんで俺は連れてこられたんだ...?」
「んー...実戦経験が浅いからじゃない?」
「あー、確かにそうか。みんなはどれくらい経験があるんだ?」
「有巣と宮本さんと天道姉妹以外は一級能力者免許を持ってるから、ちょくちょく魔獣討伐に駆り出されてるよ。」
「へぇ。みんな頑張ってるんだなぁ。」
「井桁も免許取る?」
「能力者じゃなくても取れるのか?」
「うん。Aクラス相当の実力があれば。」
「じゃあ今度調べて申し込んでみようかな。手に職があればアジトにお金も入れられるし。」
「井桁って良い奴なんだね。」
「え?なんだよいきなり。」
その後、斑目は弁当に視線を落とす。
それきり、2人がこの新幹線内で会話することはなかった。
外へ出ると一目散に走り出す酢漿。
「はるばる来たぜぇーーい!函館ぇぇーーーい!!」
「岩手ね。」
「いつぞやの宮本さんと同じようなことしてますね。」
そして、少し遅れて有巣と井桁が出て来る。
「長かったなぁ...」
有巣が伸びをすると背中がパキパキと音を立てる。
「うおぉめっちゃ気持ちいい音した。」
「運動不足極まってんな...」
「で?ここから何処に行くの?」
斑目が訊くと、有巣はスマホを開き地図を確認する。
「えー...ここだな。」
有巣が拡大したのは、バスすら通っていない辺鄙な山間の地。
「...これどうやって行きます?」
「...く、空間圧縮で......」
全員の視線が有巣に集まる。
「じゃあ、最初からワープした方が早かったんじゃ...?」
「いや...いやいやいや...東京から岩手まで飛ぶと精度落ちますし...お寿司...」
明らかに目を背ける有巣。
「新幹線代、請求しますからね。」
「はい...すみません......」
洞窟の前に到着した一行。
「ジジイの話が本当ならココだな。」
「なんか入口狭くね?」
井桁が指摘した違和感に難色を示すのは斑目。
「別の入口があればドラゴンでも入れるし気にすることでもないかな。」
「航空写真を見る限りではこの先にデカい穴があるからな。上から入ってんだろ。」
そう言い、躊躇なく洞窟に入る有巣。
「ロクな装備してませんけど大丈夫なんですかね?」
「どのみち晩御飯までには戻らなきゃだし、杞憂だよ。」
綾取がそう言い、有巣の後を追う。
その後、残る4人もまばらに入口を通って行った。
「思ったより広くなったな。」
歩くこと数分、一行は有巣の杖の先の光を頼りに進んでいた。
「なぁ有巣。」
口を開いたのは井桁。
「ん?」
「これ俺要る?斧振れなそうなんだけど。」
んー、と唸る有巣。
「流石に開けてる場所があると思うけどな。ちょっと離れた村に被害を及ぼすんならそんな小さい龍じゃないだろうし。」
「いやそうじゃなくて。みんなの足引っ張ったりしないかなって。今まで斧を使ったことなんて無いし。」
有巣が立ち止まり振り返る。
「Sクラスが4人居るんだぞ。それこそ杞憂だろ。」
「まぁ...そうだけどさ...」
「倒すだけなら俺だけで良い。なんなら攻撃力皆無の綾取ですら無傷で討伐出来ると思う。それでもこの6人で来たのには理由がある。」
「...理由って?」
「基本、冒険者もハンターも複数人だから。」
なんだよそれ、と井桁の表情が緩む。
綾取や斑目もつられて笑い、和やかな空気に包まれたのも束の間、
「あ。」
「おっと。」
地面が陥没した。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
真っ暗な穴に斑目、綾取、酢漿の3人が呑み込まれた様子を見て、残った3人は立ち尽くしていた。
スゥ、と息を吸う有巣。
「えーっと...」
井桁と無堂が目を合わせる。
「...これ...ヤバいんじゃ?」
「...えと、助けに行きます...?」
どうしよう、と立ち尽くす3名。
数秒後、口を開いたのは有巣。
「いや、大丈夫だろ。多分。きっと。Maybe.」
「ま、まぁ、大丈夫ですよね!酢漿さんも居ますし!」
明らかに声が震えている無堂だが、有巣に肩を叩かれる。
「いや、そんなに動揺することじゃないぞ。あの3人でどうにもならない状況なら俺らでもどうしようも...」
有巣が穴を照らす。穴の中には、浅い場所に底が見えるだけで他に何も無い。
「...は?」
先刻とは一転、躊躇なく穴の中に入る有巣。
しかし、すぐに足が着く。寧ろ有巣の胸の辺りに穴のフチがある。
「浅ぇ...」
「え、えぇ...?中に何もありません...ね......」
明確に動揺する3人。
「う、嘘だろ...?そんな...嘘だろ...?ど、ドッキリだよな...?」
「怪異の気配はありませんでした...それどころか、魔力や霊力はおろか、能力が発動された形跡すらありません。その場合...」
言葉に詰まる無堂。
次いで、有巣が杖を振る。しかし何も起きない。
「確かに、怪異や精霊の気配も無い。悪魔の契約印も天使の加護も無い。神格実体特有のノイズ音も無い。」
「じゃ、じゃあ、何なんだよ...?」
コン、と有巣は穴の側面を叩く。
「異常実体...いや、非実体...いわゆる“現象”だろうな。俗に“神隠し”と呼ばれる類の。」
「痛...くない...?」
かなりの距離を落下したと思われる酢漿、綾取、斑目の3人。
酢漿がスマホで辺りを照らしたその時、天井を見上げた斑目があることに気付く。
「天井が低い...?それに穴も無い。」
「空間異常かな。もしくは魔獣を始めとした異常存在の仕業か。」
綾取は刀で尖った岩を叩く。
「ここは出来たばかりみたいだね。」
「なんでそんなことがわかるの?」
「この洞窟、結構湿ってるからね。成立から長い年月が経過していれば水で削られて岩が丸くなる筈だよ。」
「ナルホドォ...?」
斑目は足元の石を拾ってみる。
「アテにならないよ。人の“一瞬”と自然の“一瞬”は月とすっぽんぐらい違うからね。」
「そうなの?」
「さっきの場所とは明らかに年代が違うだろうけどね。もしかしたら千年ぐらい違ってたりして。」
「千年...!」
その時、3人に近付く足音が斑目の耳に届く。
「何かあった?」
「静かに。」
(足音が軽い。摩擦音のようにも聞こえる。少なくとも辺境を調査する用の靴でこの音はしない。)
徐々に近付いてくる足音と共に仄かな光が現れた。
光源の主は棒で吊るされた行灯。そして、行灯の持ち主は青い着物の女性。白い髪を一つに纏め、青い刀を腰に差している。
「...有巣くん?」
思わず呟いた酢漿。しかし、斑目が首を横に振る。
「いや、匂いが違う。」
綾取も首肯する。
「有巣くんはもっと綺麗に魔力を抑えられるよ。それに...」
3人の視線が女性の胸元に集まる。
次いで、口を開いたのは女性の方。
「え、えーっと...御三方は...?」
斑目と綾取が顔を見合わせる。
「妙な服装ですね...袖口が狭い。」
女性が行灯を置き、刀に手を掛けた。
「待って!話を」
瞬間、一番後ろに居た酢漿の喉元に切先が突きつけられた。
「...聞い......」
(速い!詩織ちゃんでも反応出来なかった...!?)
(音がしなかった...どういう能力...?)
「お待ちください。私たちは貴女の敵ではありません。」
両手を上げて言う綾取。
女性は、3人に交戦の意思が無いと判断し刀を鞘に収める。
「...信じましょう。事実、私はまだ殺されていない。」
「...どういうこと?」
「そちらの獣相の方、私よりも遥かに強いでしょう?」
(ジュウソウ...獣相?獣人型のことかな。)
買いかぶりである。実際、斑目は女性の速度に反応出来なかったのだ。
「一目で判ります。“波”を感じない。」
「波?」
「えぇ。“波”とは通常、大きい者ほど強い。しかし稀に、“波”を捨て去り理から逸脱する者が居ます。」
どういうこと?と言わんばかりに斑目は綾取の方を見る。
「常在能力...まぁ、言うなればただの特異体質なんだけどね。常在能力を持つ人はどう頑張っても魔力を扱えないんだよ。」
「なんで?」
「通常の場合、生物が活動に費やすコストをオーバーしたエネルギーは脂肪か微量の魔力に変わる。けど、通常の能力を持たない代わりに常在能力のみ持っている者は余剰分のエネルギーが発生せず全てが身体機能に昇華される。有巣くん風に言うなら、“燃費が良いから”だね。」
「なるほど。わからん!」
言い切った酢漿に苦笑する斑目。
一方で、女性は怪訝な顔。
「その...こす?えね?とは何です?」
妙な質問。酢漿は首を傾げる。
「そんなにわかりにくい言葉かな?」
「すみません。学が無くて。」
しかし、綾取は思い当たる節があるようで、一人頷く。
「...すみませんが、今の年号は何ですか?」
「ええと、延喜です。」
「えっ...!?」
明らかに動揺する斑目。しかし今ひとつ理解出来ていない酢漿。
「えんぎ...?って何?」
酢漿が訊くと、綾取は静かに息をつき、絞り出すように答える。
「平安時代に実在した元号だよ。」
「平安!?!?」
Tips:魔力/霊力の色
魔力は基本的に白色であり、霊力は黒色である。それに加えて、生成する人によって異なる色を発する場合がある。
色は以下の通り。
青:有巣仁理、舵原良也、綾取廻、まじかる☆マーゴ
紫:無堂瑞希
黄:宮本双葉、新城右玄
赤:天道穂香、井桁蒼太
ピンク:酢漿菜々
無色:白井響香
魔力無し:斑目詩織、天道舞香
・同じ色の魔力は基本的に互換性がある。そのため、魔力が不足した場合は同じ色の魔力を持つ物から補給を受けることで回復出来る。
・赤青黄の原色は紫緑橙の混色に供給出来る。
・ピンクや水色など薄い色の場合は抵抗が薄いため、別の色にも供給出来る場合がある。そして、無色の場合はまず例外なく供給出来る。
・特別な性質を持つ場合は上記の限りではない。例えば、有巣の斬撃と冷気を帯びた魔力を綾取に与えると綾取の肉体はズタズタヒヤヒヤになる。有巣の肉体は身体適格により斬撃と冷気に対して耐性を有しているため平気だが、通常なら体内に冷凍したカミソリが流れるような状態に陥るのだ。なお、魔力が冷気を帯びるのはとんでもないイレギュラーである。何故なら、基本は光エネルギーのように熱を帯びるものであるためだ。




