33.有巣仁理
Tips:悪魔
魔界に棲息し、魔力を源とする魂。人間や魔獣とは違い肉体を持たず、代わりに固有の「契約印」を持っている。契約印を使用することにより、上位の悪魔は現世で何度でも生まれ直すことが可能である。
また、「契約魔法」という独自の魔術を扱う悪魔も存在する。契約魔法とは、代償を必要とする代わりに通常の魔術よりも強い効果を発揮するものであり、これが現世の伝承にある“悪魔との契約”の正体である。
雑音が空間を支配する。
眼前のベルゼブブの姿が変貌する様子に、有巣仁理は息を呑む。
(あの花...さっきの死骸と同じだな。)
巨大な花の怪物。その花びらが先程、大家の死体の近くにあったものと酷似しているのだ。
(死体の肉を食べ、花の神格実体に変身。ヤツの能力が“食べたものに変身する”ならば納得はいく。ただ...)
ツタによる攻撃を避ける。
(それならどうやってオリジナルの神格実体を倒した?そして何故、神格実体を倒した形態を出さない?)
現在の新宿にあるのはベルゼブブ、有巣仁理、神格実体の死体、そして数多の民間人の死体である。有巣仁理は後から合流したため、ベルゼブブと神格実体が戦い民間人は巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。とすれば、現在生存しているベルゼブブが神格実体を倒したということになる。
ベルゼブブが神格実体を倒せた、ということは安直に考えれば実力が上ということである。すなわち、ベルゼブブ本来の力で有巣と戦った方が良いはずだ。しかしそうしないのは何故か。
(考えられる説は4つ。1つ目は「使い捨て説」。)
ベルゼブブが食べたものに変身する際、無堂瑞希の能力『模倣』のように何度も使えるのか、それとも変身に回数制限があるのかが有巣目線だと不明である。もし後者であれば、ベルゼブブは神格実体との戦いでストックを失ったため、有巣に対し別の形態をぶつける必要があったということだ。
(2つ目は「試し撃ち説」)
有巣が佐藤タカシと戦った際のように、普段と違う力を使ってみたかったという説だ。しかし、これは先程、有巣がベルゼブブの能力発動を不可能にしたことで否定出来る。少なくとも、試し撃ちをするほど余裕で勝てる戦いではないはずだ。
(3つ目は「漁夫の利説」。...多分これが一番可能性高いな。あくまで相対的にだが。)
これは、花の神格実体と何かが戦い相討ち、もしくはそれに近い状態になった後、ベルゼブブが両方を食べたと考える説である。しかしその場合、神格実体と互角に戦った「何か」の能力も持っている可能性が高いため、かなり厄介である。
(4つ目は「俺が目算を誤っている説」)
そのまま、有巣の予想が間違っているという可能性もある。例えば、ベルゼブブ=花の神格実体説、全く別由来の神格実体説など、挙げればキリはない。
(...とにかく、今すべきは)
瞬間、有巣の脇腹を魔力が貫いた。
「っあ...!!」
耐え切れず膝をつく。有巣の視界が揺らぐ。
雑音。周囲が歪む。
空気が揺らぐ。
有巣の脳を███が埋め尽くす。
耳鳴りが消える。
「っああああああああ!!!!」
気合いで意識を戻した有巣。
吸血鬼病の症状で脇腹が治る。
(危ねぇ、持っていかれかけたな...半月ぶりか。)
前回は陽杯教事件。有巣が完全に神化した際である。
有巣が自身の意図で神化することは無い。理由は、神化せずとも討伐可能だからである。しかしそれでも、莫大なエネルギーを喰らえばそれに触発され神化することがあるのだ。
神化することにデメリットは無い。それどころか、特に反動も無く強くなれる“成り得”の形態である。脳内に人智を超えた情報が流れ込むことも、巨大化することも、街に人が居ない今は特に問題ではない。しかし、有巣が問題視しているのは「強くなる」ことである。
自分が強くなると相手が弱くなる。すなわち、何の感慨もなくワンパンで終わるのだ。
(...まだ、終わりたくねぇな。)
そう、有巣仁理は戦闘が好きなのだ。
眼前でツタが止まっている。どうやら、神化キャンセルにより行き場を失った魔力が『 』を強化したようだ。
(さっきの攻撃は速かった。正直舐めてた。)
両手を重ね霊力を高める有巣。
『 』の制御が弱まりツタが有巣に迫る。
直前で上に跳び躱した有巣。
「草は炎に弱いよな。」
有巣の左手は青い炎を帯びている。
迫るツタを『 』による浮遊で躱す。
有巣は左手の炎を右手で掴み、胸の前で引き絞る。
「熱式『火威』」
蒼炎が空を焼く。霊力が魔力と衝突し中和される。
炎に耐えかね、ベルゼブブが茎から飛び出した。
「あっつ!!」
すかさず空間圧縮で距離を詰める有巣。
しかし、
「アハハ!!」
懐に入った次の瞬間、ベルゼブブの肉体が光を帯びる。
「ホント、学ばねぇのな。」
有巣の霊力が高まる。
雑音
次の瞬間、有巣と女は暗い場所に居た。
女の腹には穴が空き、有巣の手には拳ほどの大きさの蝿が握られている。
蝿は、汚い音を出しながらもがいている。
「おめでとう。ベルゼブブを倒したんだね。」
腹の底を撫でるような声。柊黒彦だ。
手に霊力を込め、有巣は蝿を握り潰した。
「蝿の王。異界の能力者。そして、」
女の腹の穴が塞がる。
「本物の悪魔。」
「え...何、ここ...」
「魔界。」
柊が拍手する。
「さすが有巣くん。博識だね。」
「...お前の目的を訊いていなかったな。柊。」
有巣の瞳は多くを語らない。
同様に、太陽に灼かれた柊の瞳もまた、多くを語らない。
「らしくないじゃないか。解っているんだろう?」
鼻から息を吸い、口から息を吐く。有巣が情感を呑み込む際の癖である。
「どうでもいい。」
「どうでも良ければ、その反応はしないんじゃないかな?」
有巣は僅かに上を向き、唾を呑み込む。
「善悪の所在はどうでもいい。誰が死のうが、世界がどうなろうが、俺の知ったことじゃない。」
ゆっくりと、柊に視線を戻す。
「まるで、神様みたいな物言いだね。」
「柊はあんな子供騙しを信じてんのか。」
神なんざ居ない。と皆は言う。
皆が言うから、俺も言う。
信じちゃいない。けれど、疑ってもいない。
皆に合わせて平和になるんなら、それでいい。
逆に、消し飛ばして平和になるんなら、それでいい。
正しいとか、間違いとか、どうでもいい。
俺さえ良ければ。
雑音。
「自分語りを、してもいいか。」
有巣が神化している。
「珍しいね。勿論だ。」
柊は適当に瓦礫を動かし、その上に座る。
「君も座った方が良い。長くなると思うよ。」
「すまんな。」
女は2人に促されその場に座る。
有巣も、脚を畳みその場で座る。
「難しいな。喋るってのは。」
柊は何も言わない。
「俺とお前は本来、逆だったのかもしれん。」
柊はそっと、首を横に振る。
「私は、そうは思わない。」
「......戯言だよ。」
雑音。
有巣はゆっくりと息を吐き、脚を組む。
「今まで、一度も戦いで負けたことはない。勝てない喧嘩はそもそも買わないタチだが、能力が覚醒してからは、そもそも勝てない喧嘩なんて無くなったからな。気に入らねぇヤツはぶっ飛ばす、気に入らねぇことからは離れる。それで済む。済んでしまったんだ。」
すぐそばで首をもたげた大型の魔獣。その首が塵となって吹き飛ぶ。
「大して苦労も努力もせず生きていける者の気持ちを考えたことがあるか。」
風が凪ぐ。
「無ぇだろうなぁ。能力柄。」
鉛の義眼が、そっと閉じる。
「まぁ、努力してきたヤツのが偉い、と俺は思う。羨望でもあるんだろうがな。俺は脱落した身だし。」
遠くに叫び声が聞こえる。
「習い事も部活もなぁなぁで終わった。惰性で続けたが、あんなものを努力とは言わん。俺はただ人であることに疲れただけだ。向上心を捨てて絶望を諦めただけだ。」
数秒の間。
「大変だね。若いのに。」
雑音。
「若い、か。」
数人、近寄った悪魔が霧散する。
「まぁ、そうだな。20歳だし。一応。」
雑音。
「ただ、大変だとは思わない。苦労してねぇからな。」
魔力が立ちこめる。
「んで、ボーッとしてたら本当に人間辞めてたんだよなぁ。何でだろうな。」
また、悪魔が数人散る。
「神格実体の形成には莫大なエネルギーと人間の魂が必要だ。恐らく有巣くんの家族だか親友だかが死んだんだろう。」
「......そうかぁ...まぁ、そうだろうな。」
「哀しいかい?」
「いや全然。」
「全然!?」
女が叫ぶ。
「全然だな。まぁ、そうだろうなって。」
女が有巣に近寄り、顔を覗き込む。
「本当に?強がりじゃない?」
「ぜーんぜん。」
「ホントの、ホントに...?」
女の目に涙が浮かぶ。
「何でお前が泣くんだよ。」
思わず苦笑する有巣。
「だって、だって」
「あのなぁ、」
「まぁまぁ、優しくていい子じゃないか。」
柊は、自分のジャケットを女に羽織らせる。
「君、名前は何て言うのかな。」
「私は」
「答えるな。」
名乗ろうとした女を有巣が遮る。
次の瞬間、空間が崩壊し、周囲の景色は元の街に戻っていた。
「......へ?」
「危なかったな。」
呆然とする女。羽織っていたジャケットは消えている。
「なに?どういうこと?」
「“魔界”と言ったろ。ヤツは悪魔だ。」
「え!?柊さんって、悪魔なの...?」
「柊黒彦が悪魔かどうかは知らんが...少なくとも、さん付けされるほど出来た人間じゃねぇな。」
杖を拾い、有巣は女に向き直る。
「ガラにもなく自分語りしちまったな。...お陰でスッキリした。」
「なんでそんなに余裕なの...?」
「......何でって...そりゃ、」
有巣は女に近寄り、手を差し伸べる。
「強いからだよ。」
「...なにそれ。」
Tips:ベルゼブブのプロフィール
・全長10cmほどの蝿型悪魔。七つの大罪のうち「暴食」を司る、との謂れがある。
・能力:『暴食』
あらゆるモノを食べることが出来る。




