22.もしも
真っ暗な部屋で、複数のモニターを前に呆けている痩せこけた少女が一人。
モニターに映っているのは佐藤タカシ。
(可哀想ですね......)
自身の荒れた肌をかき、尿を詰めたペットボトルを分身に渡す。
点滴を刺した場所のすぐそばをかく。ここのところ、ろくに風呂にも入っていないためだろうか、多量の垢が零れる。
(もし、私が...)
ヒビ割れた鏡を見る。そこには、みすぼらしい容姿の女が一人。
(もし、私が...普通の女の子だったら...)
左眼が痛む。次に少女は、モニターに映る無堂瑞希と天道穂香の写真を見る。
アラームが鳴る。そろそろ時間だ。
「...瑞希ちゃん?」
新幹線に揺られ、無堂は眠っていたようだ。
停車したのは京都。先日、白井が霊獣になり暴れた一件により、3次試験の会場が変更となったのだ。
歩く途中は無言。試験の緊張に加え、それぞれ思う所があり気まずかったのだ。
会場は殺風景な部屋。その奥、真ん中に座っているのは、白とグレーの混ざる髪に、仰々しい和装の中性的な人。
「やぁ、お疲れ。」
優しい声。無堂は警戒を露わにする。
「貴女が、影山神子さんですか。」
「いかにも。」
影山神子。陰陽省の宗主で、影山家第35代目当主。Aクラスの能力者だ。
「まさか、そのまま来るとは思わなかったよ。無堂瑞希。」
「...あまり、乙女の私生活を覗き見るものではありませんよ。」
ハハ、と軽く笑う影山。声に生気は無い。
「ねぇ、ホントに人間なのかな。」
「失礼ですよ。」
影山が立ち上がる。
「合格。帰っていいよ。」
思いがけない言葉に、2人は目を丸くする。
「...え、それだけ?」
白井の言葉が届く前に、影山は部屋を出てしまった。
アジトから遠く離れた田舎にあるそこそこ広い別荘、その畳張りの居間の炬燵で、有巣仁理は天井を眺めながら内省していた。
柳壊龍樹にアパートの自室を破壊された件、綾取廻の件、陽杯教の件、アスモデウスの件、まじかる☆マーゴの件、そして白井響香の件。僅か半月足らずで立て続けに起きた、Sクラスが関与する事件の数々と発生した傷病人や魔獣に、息をつく暇すらなかったのだ。
有巣にとって、現在の心残りは2つ。一つは、無堂瑞希のこと。一つは、白井響香のこと。
有巣は無堂の秘密について知っている。本人から聞き出した訳でも、三星会を使った訳でもない。そもそも、三星会は綾取廻の一件と柊黒彦の捜索で奔走している最中である。ではなぜ知っているのかといえば、キッカケは有巣が感じたある違和感にある。
有巣は自身の容姿について自覚的である。有巣の顔は100人が見れば100人全員が「女性」と言い切るほどの女顔、しかも美人である。それならば、と有巣は女性らしい髪型であまり街中で目立たないようにしている。
一方、有巣の前に現れる“無堂瑞希”は美人であるにもかかわらず、他の美人への僻みを露わにする。最初は、無堂の根暗な性格や境遇がそうさせるのか、と有巣は考察したのだが、同じく根暗な天道穂香に羨望の眼差しを向ける様子を見て、どうやら違うと感じた。そこで、有巣はコンマ数秒にすら満たない一瞬だけ、無堂に『 』をぶつけてみたところ、一瞬だけ無堂が気を失ったのだ。
つまり、普段有巣の前に居る“無堂瑞希”が何かしらの能力によって動いているということだ。無堂の能力は『模倣』、それも能力を複製しストックすることが出来る最高クラスの模倣能力。ならば、分身能力くらい持っていてもおかしくはない。本体はあまり良い容姿ではないため、容姿の良い分身で外に出ているのであれば納得がいくだろう。
白井響香の件は、すなわち霊獣の件である。
白井が霊獣化したのは、言わずもがな規格外の霊力が暴走したためである。しかし、その“規格外の霊力”の発生源が不明なのだ。
昨日執り行われた陰陽省での会議において、影山神子、そして有巣仁理の見解では、陽杯教が用意した空亡モドキ、もとい「霊体型神格基盤」を破壊した際に周囲に撒き散らされた大量の霊力を吸った結果ではないかという説が有力であり、多くの霊術師はそれに賛同した。しかし、Aクラスの霊術師・詩柄唯織の考察では、白井の能力『無尽蔵』の影響ではないかとの説が有力としている。
『無尽蔵』は、文字通り無尽蔵のスタミナを獲得する能力であるが、そのスタミナを獲得するに至る過程は不明のままである。もしも、天道穂香のように無尽蔵のエネルギーを持つのであれば、この能力によってまた霊獣化するリスクがあるため、警戒する必要があるとのこと。もしそうでないのなら、誰でも霊獣化しうるということであり、人類全体で警戒する必要があるとのことである。そもそも、天道穂香が魔獣化も霊獣化もしていないのが奇跡であるという点には留意が必要であるが。
霊獣の件は有巣の力ではどうにもならないし、例え霊獣が発生したとしても有巣が苦戦することは天地がブラジルでサンバを踊ったとしても無い。そして、無堂の件はまだ有巣の憶測に過ぎないし、確定したとして有巣がどうにか出来る問題ではない。
つまり、
「考えても仕方無い、か。」
その時、窓が叩かれる音。
窓を開けると、近所に住むお爺さんが顔を覗かせる。
「これ。蜜柑。ようけ取れたけぇ、食いんちぇ。」
「ありがとうございます。」
ダンボールにいっぱいの蜜柑を受け取り、窓を閉める。炬燵に戻ると、ちょうど綾取がうどんを運んで来た。
「これは?」
「向かいの爺さんに貰った。」
「ふふ。良かったね。」
Tips:有巣仁理の別荘
岡山県某所にある有巣の別荘は、2年前、有巣が家を出た直後まで両親と弟2人が住んでいた家である。
敷地は結構広いが、雪で庭や玄関が埋もれるので冬場は地獄である。




