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列車の音が遠のく夜

静かな夜の乗務区。

控室の蛍光灯が、白くやわらかく天井を照らしていた。

汐海遼一は、制服の帽子を控室の棚にそっと置き、端にある休憩スペースのテーブルに向かうと、コンビニの袋から温めた弁当と、ペットボトルの熱いお茶を取り出す。

唐揚げ弁当の湯気が、わずかに油の香りを漂わせた。

遠くでは回送列車のブレーキ音が、かすかに響く。

竹製の箸を割る音と、湯気の立つ香りだけが静かな空間に満ちていた。

昼の喧騒とは違う勤務の谷間の静けさ。控室以外では、人が行きかうざわめきが聞こえてくる。

汐海は黙々と口に運びながら、今日も無事に終えられたことに小さく安堵した。


──その時、控室のドアが軽く開く。

「お疲れ様、汐海さん。」声の主は同僚の車掌、市川美咲だった。彼女も制服姿のまま、ペットボトルの緑茶を片手に入って来た。

「お疲れ様」汐海の返事を待って、彼女は椅子を引くと前に座って来た。持って来たペットボトルのお茶を飲んでから口を開いた。

「今日の上り、混んでたでしょう?」

「ああ、南浜のあたりでね。家族連れが多かった。」

彼女は笑いながらも、少し肩を落とした。

「子供が多いと、ドアを閉めるタイミングが難しいんだよね。」

「分かる。あの瞬間が一番、気を遣うな。」

話題は自然と、業務中の苦労話へと移る。ドア扱い、遅延、乗客のクレーム、そして、最近駅前にできたカフェの事や、同僚の誰が新しい腕時計を買ったとか、G-SHOCKの使い勝手の良さなど他愛もない話題で時間が過ぎていく。


「そういえば今度の休み、アウトレット行く事になってね。」

と、彼女が少し楽しそうに言った。

「秋物のコート、見に行こうかと思って。」

「それはいいね。あの辺り、テラスからの見晴らしが良いからね。」

「じゃあ汐海さんも今度、行ってみて。」

やがて、時計の針が次の業務の時刻を告げる。

彼女は帽子を被り直すと、笑顔で立ち上がった。

「じゃ、私はこの後の上り列車の乗務で終わりです。お先に。」

「お疲れ様。気を付けて。」


ドアが閉まる音がして、静寂がまた控室に戻る。

湯気の消えかけた弁当箱と、温いお茶。

汐海はそのまま、しばらくぼんやりとさっきの会話の余韻を思い出していた。

──アウトレットか。いつか、行ってみてもいいかもしれない。

そんな小さな楽しみを胸に、彼はゆっくりと立ち上がった。

別の階にあるロッカー室に寄ると着替えを済ませ浴室へと向かった。

湯気の中で、列車の音が遠ざかっていく。

明日は始発の乗務。朝も暗いうちに起きる事になっている。

なので夜更かしはしない。

風呂から上がった汐海は、タオルで髪を拭きながら、静かに独りごちた。

「…今日も、いい一日だったな。」

休憩室の窓の外、線路の向こうには秋の風が流れ、夜の灯が、ゆるやかに瞬いていた。

──彼の休憩時間は、そんな穏やかな夜に包まれて、静かに過ぎていった。

終わり


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