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009 よびだし

2036年4月15日放課後。


「さて、と」


 ホームルームが終わり、疾風が教室を出って言ったところで俺は鞄を持って立ち上がる。

 というのもの、鳳凰天星火から、グループのミーティングをするので、2階の会議室Aに来るように言われているからだ。

 俺としては、朝の成果がしけていたのと、一応魔洞の形状や魔物の構成がどのようなものか調査のために単独で魔洞に潜りたかったのだけど、まぁ、グループリーダーの命令なら仕方ない。

 とっとと話を終わらせて、さっさと稼ぎに行こうと思った矢先「ねぇ」と誰かに呼び止められた。

 振り向くと、そこには日焼け金髪ギャルこと水南さんが、舎弟かのように二人のギャルを引き連れて立っていた。


「ちょっと顔貸してくんない?」


 ◇


「お金はありません」


「いやいや違うから。カツアゲとかじゃないから」


 屋上に連れてこられた俺が開口一番そう言って土下座をしようとすると、水南さんは慌てたように手をブンブンと振って否定した。

 なんだ金じゃないのか、だったら。


「じゃあせめて顔は勘弁して下さい。婿入り前なもので」


「あんた、ウチらのこと何だと思ってんのよ」


 てっきり袋叩きにあうのかと思ったけどそれも違うらしい。

 そんなやり取りを見ていて、後ろに控えていた桃色ボブカットギャルが腹を抱えて笑い出した。


「伊砂君、超面白い!」


 ケラケラと笑う彼女の名前は何だっけと思いながら、名札を見ると「七種」と書かれていた。何て読むんだ? ナナタネ?


「なっちゃん。笑いすぎ」


 そう言って桃色ギャルを窘めたのは、横に立っていた青髪ショートカットクールギャルの、名前は――(ひいらぎ)さんと言うらしい。こっちは普通に読める名字で良かった。

 そんな中、ジト目で俺を睨んでいた水南さんが、はぁとため息をつく。


「まぁいいわ。あんたを呼び出したのは今朝の話をしたかったのよ」


 今朝の話と言えば、あの名も知れぬ彼とうちのお嬢様リーダーの件の事だろうか。

 というか結局あいつの名前って何なんだろ。もう名無し君でいいか。


「なんかハブるような感じになっちゃって、気を悪くしていたら申し訳ないなって」


 水南さんはその髪の毛先をいじりながら、バツが悪そうに俺にそう告げると、その途に端、後ろの二人もすごく申し訳なさそうな表情に変わった。

 まぁ二人のやり取りを三人とも複雑そうな感じで見ていたし、ここに来る道中もすごく重い空気だったから何事かと思っていたけど、そんなことか。


「別に水南さんたちが謝る話でもないだろ」


 俺は軽くそう告げる。


「元々は名無し君発端なんだろうし、それに水南さんたちも巻き込まれた側に見えるし」


 俺がそう言うと、ナナタネさんが「名無し君って誰?」と隣の柊さんに尋ねていたものの、柊さんは無言のまま良く分からんといった表情で首を傾げた。

 名無し君が誰なのか、一番教えて欲しいのは俺なんだけれどもな。


「って言ってもこれってさ、いじめじゃん。いくら鳳凰天さんを蹴落とそうと思っているからってさ――」


「蹴落とす?」


「うん」


 水南さんはコクリと頷く。


「伊砂君は知らないかもだけど、6組の今の1位は鳳凰天さん、2位が深海(ふかみ)君、そして3位が私という感じなの。あ、ちなみに深海君っていうのが、多分君が名無し君って呼んでる彼の事」


 なるほど、彼は深海君っていうのか。

 ま、別に大して興味がないからその内忘れるかもしれない。

 そこから水南さんは、俺が部屋に引きこもっていたこの1週間に起こった出来事を話してくれた。

 最初深海君は、鳳凰天さん、水南さん、そしてもう一人4位の男子生徒と4人のグループを組もうと提案したらしい。とりあえず5組に昇格するにあたり、上位4名でグループを組むのが最も効率が良いという考えだったようだ。

 元々水南さんは、波長が合うと言うことで仲良くなっていた後ろの2人とグループを組もうという話になっていたので、返答に困っていたところ、即答で鳳凰天さんが「ありえませんわ」と一蹴したとのこと。

 理由は「力を持つ者は持たざる者を導く義務がありますわ。持つ者同士で慣れ合う気はありません。それともあなた方は持たざる方々なのかしら」とこういうことらしい。

 そこまで聞いて、なるほど、それが彼の言っていたノブレスオブリージュが何とかと言うやつねと納得ができた。

 ただ深海君にしてみれば、その物言いが気に入らなかったらしい。

 自分を下に見てきたことが相当彼のプライドを傷つけたようで、「友達と一緒に組みたい」という水南さんの申し出には特に何を言う訳でもなく了承し、鳳凰天さんだけを目の敵にして「あいつの考えは間違っている」と、こうして二人の溝は着実に広がっていたのだとか。

 まぁ、鳳凰天星火の方も、そういう傲慢で人を見下したような物言いするから……とは思うが、それが彼女の信念だというのであれば、「間違っている」と、その考えを全否定するのもまた俺は違うと思う。現にその信念を彼女が貫くのであれば、退学に最も近い最下位の生徒に救いの道が示されるのは間違いないだろうしな。


「で、その深海君とやらは鳳凰天星火が気に食わないから1位の座から引きずり降ろしてやろうと、こういうことか」


「それどころか、6組の下位にまで落とそうと画策してる」


 なるほど。

 それで鳳凰天星火を除く全員で魔洞攻略に向かうってか。


「あれ? じゃあなんで俺は誘われねーの?」


 単純な疑問である。

 鳳凰天星火一人を蹴落としたいのであれば、むしろ俺は誘われていてもおかしくない。

 だけど深海君はあの時、俺達には関係のない話だと言ったんだ。


「多分だけど、鳳凰天さんのグループの人も同じく気に入らないってなってるように思えるんだよね」


「え、事故じゃん。俺、巻き込まれただけじゃん」


「だからハブる感じになってごめんって謝ってんでしょ。鳳凰天さんは自分の考えだしってのがあるけど、伊砂君は自己紹介がキモかっただけで、落ち度がないのにいざこざに巻き込まれたんだから。自己紹介はキモかったけど」


 と、若干起こった様子で水南さんはそう捲くし立ててきた。

 あれ、俺って今謝られてるで良かったよな? なんなの、大事なことだから二回言ったの? チョー傷つくんですけど。


「とりあえず話は分かったよ。それにしても大人数であの魔洞に潜るってのは、俺的にはお勧めしないって言うか、微妙な策だっていうのは水南さんたちも気づいているんじゃないか?」


 俺がそう尋ねると、水南さん含め三人ともコクリと頷く。


「あの狭い洞窟型の魔洞では大人数で戦うことに適していないことは分かってるし、ましてや強い魔物と出会った時に大掛かりな自在創術も使えないから、逃げ方も制限される。だから一応無茶はしないことを彼に誓わせたの。それと、一応ウチらは戦果が上がりやすい前衛じゃなくて後衛を選択しているわ。いつでも逃げ出せるように」


「リスクヘッジは完璧ってことか。でもそうなると水南さんたちにうまみが無いだろ。断って三人で潜った方がいいんじゃないか?」


「断れば今度はウチらが彼に目を付けられるかもしれないでしょ。私はともかく、二人はランキング上位ではないから、そうなると色々と面倒くさいことになると思ってね。それに、自在石は一定活躍した人に多めに割り振られるけど、基本的な山分け分はあるし全くのゼロって訳じゃないから」


 だから友人を守るために、多少効率が悪くなっても協力の道を選んだと言う訳か。


「だからこういうことに加担するのは本当は嫌なんだけど、ごめん、ウチらにもそういう理由があるから――」


 ようやく彼女たちがなぜ俺に対して分かったところで、俺は彼女のそれ以上の言葉を制止した。


「とりあえず一つだけ誤解があるようだから伝えておく」


 俺がそう告げると、水南さんは「誤解?」と言って小首を傾げた。

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