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007 訓練用魔洞

「へぇ。これはまた、何の変哲もないごく普通の魔洞ですこと」


 俺たちが足を踏み入れた魔洞は、所謂洞窟タイプと呼ばれる造りをしていた。

 土や石の地面や壁で形成されたそのタイプは、魔洞の中では一番ポピュラーであることが知られている。


「まるで魔洞に潜り慣れているみたいな物言いですわね」


 ジト目で俺を見てくる鳳凰天星火に、「初めましてではないとだけ、言っておきますわ」と返答したら、そのまま無言で睨まれた。


 俺たちはそのまま魔洞の中を進んでいく。

 洞窟タイプとは言っても、魔洞の天井に埋め込まれた自在石が光を放っており、光源を用意しなくても歩くことには困らなかった。

 魔洞のタイプによっては自然に天井や壁に存在する自在石の存在で最初から明るいみたいなこともあるのだが、整列して埋め込まれているのを見る限り、後で人工的にセッティングされたものだと伺える。さすが訓練用に用意されたというだけに、何て至れり尽くせりなのだろう。


「ところで、天人のその創術具(そうじゅつぐ)第一世代型(タイプワン)のものではないかしら」


 無言で歩みを進める中、鳳凰天星火がおれの手にはめてある黒い手袋を見てそう尋ねてくる。


「おぉ、そうだな。そういうお前のは第三世代型(タイプスリー)か?」


 俺は彼女が両耳に付けているイヤリングを見てそう尋ね返した。


「ええ。私のおじい様が合格祝いにと用意してくれたものですわ。この自在石の色が私に似合うでしょう」


 彼女がそう言ってイヤリングに触れると、取り付けられている小さな自在石が赤い光を放ちながら煌めく。

 確かにこいつには赤い色が似合うなと、俺は頷いた。


「でもあなたのその創術具には、自在石が取り付けられていないように見受けられますけれど、第一世代型というものはそういうものですの?」 


「これは自在石が手袋に編み込まれているんだ。第一世代型は基本的に手の甲辺りに自在石が取り付けてあるものがほとんどなんだけど、まぁ、俺のやつはちょっと特別製なんだよ」


 俺がそう言って鳳凰天星火の目の前に手袋を脱いで差し出すと、彼女はとても興味深そうな表情でそれを受け取る。


「どういった技術かは分かりませんけれど、汎用の自在創術(じざいそうじゅつ)を使いこなすにはその形状は理にかなっていそうですわね」


 自分の手に付けてみたりしてその肌感を確かめていた彼女は、不意に俺に背を向けると、正面向かって手を突き出し、「はっ」と発声した。

 しかし何も起こらず彼女は振り返って首を傾げる。


「自在創術が発動しませんわ」


 どうやら俺の手袋を使って自在創術を使おうとしたらしい。


 ちなみに自在創術というのは、自在石の『人の意志に反応して、いかなる物質にも自在にその姿を変えたり、元に戻ったりできる』という性質自身や、その性質を利用した際に発生するエネルギーを使って様々な現象を引き起こすことを言う。

 簡単に言えば、火を付けたり、水を凍らせたりなんて芸当ができるということだ。

 どういう理屈でと言うのはもはや専門の技術者ですら完璧に理解できるか怪しいレベルの高等知識であるため、普通の自在創術士(ミスティック)はその辺は知る由も無い。

 というか、自在石の存在を世間に公表した、斑鳩博士しか理解していないのではという噂もあるくらいである。

 じゃあそんな危険なものを渡して大丈夫なのかという話になるが、そもそも自在創術を使うには大量の力を使うため、例えば都市一つ吹き飛ばすような現象みたいなものは、そもそも普通の人間には発現させることすらできない。

 ただ、普通に自在創術士が犯罪に走るケースはあるので、その取り扱いには大きな制約があることには変わりないけど。

 そんな現象を発現できる力のことを『意志力(いしりょく)』なんて呼んでいる。

 目には見えないものであるため、本当にそんなものが存在しているのかは分からないけれど、少なくとも力を使えば疲労が溜まるし、人によって現象を発現できる量、質、回数なんかも異なるから、とりあえずそういうものがあるんじゃないかというのが通説だ。

 昔からこの意志力の測定具なるものの開発が進められているけれど、今日に至るまで実現できていないところを見るに、今はとりあえず人間が持つ謎の力というのが一番納得できる答えなのだろう。

 そして、その自在創術を使うための器具を創術具と呼ぶ。

 創術具には第一世代型から第三世代型までが存在し、第一世代型は俺が付けているような手袋型で、手の甲あたりに自在石をそのまま取り付けたような形式がほとんどだ。

 で、彼女が付けているのが第三世代型。

 現在最も主流である、アクセサリー型の創術具だ。

 第一世代型、そして、剣や槍、杖型の形式をとる第二世代型(タイプツー)と違って、持ち運び簡単かつ身に着けているだけで自在石の力を引き出すことができる代物となる。

 自在創術士に女性が増えてきたことが開発の発端と言う噂もあるくらい特に女性受けが良いものではあるが、一つ一つに特別な術式が施されているためにお値段が少し張る。

 鳳凰天星火のような、ザ・お嬢様といった金持ちか、或いは自在創術士としてそこそこの腕前を持つ人間しか持てないものであることは間違いないな。

 以上、少し長かったけれど、これが自在創術と創術具の説明だ。

 ん? 俺は一体誰に説明しているんだろう。


「これ、不良品なんじゃありませんの?」


 鳳凰天星火は何度か自在創術を使ってみようと試したらしいが、どうやらダメだったらしい。


「まぁ、一癖ある代物だし、使い方にコツがいるんだよ」


 文句を言いながら返品してきた彼女から手袋を受け取ると、俺は自分の両手にそれをはめなおした。


 ◇


 さて、どのくらい歩いただろう。

 道中会話が無いもんだから、やたらと時間が長く感じていたが、持ってきた懐中時計を見るに、まだ二十分そこらしか時間が経っていないようだ。


「おでましですわ」


 すると黙々と俺の斜め前をあるいていた鳳凰天星火が、こちらを振り返り、押し殺したような声でそう告げた。

 見れば、眼前にスライム状の物体が何やらゆるゆると動いている。


「何の変哲もないスライムだな」


「ええ、何の変哲もないスライムですわね」


 そのゼリー状の物体は、眠いのかどうなのか分からないが通常時よりも動きが遅く見える。


「無視でいいんじゃないのか」


「そういう訳にはいきませんわ。自在石の回収は得点に加算されますのよ」


「得点?」


「組内ランキングの得点ですわ」


 昇格試験を受けるためのランキングか。

 テストの点数などが反映されるとは聞いていた気がするが、確か勉学以外にもこういう地道な活動も必要だと、疾風が言っていた気がする。


「なるほどなー。じゃ、ほいっ」


 そう言って俺は手で小さな火球を作り出すと、スライムに放った。

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