006 朝練
2036年4月15日。
ピンポーン。
「ん……」
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポンピンポンピンポンピンピンピンピンピン。
「だぁー! うるせー!」
俺はベッドから飛び起き、急な来訪所に文句を言うべくドアを乱雑に開けた。
「ご機嫌よう、天人」
そこに立っていたのは、既に制服姿に着替え、完璧にメイクもこなしていた鳳凰天星火だった。
ちなみに今は朝の4時半である。起きた時に時計を見たから間違いない。
「全然ご機嫌よくねぇよ。こんな時間から何の嫌がらせだ、鳳凰天星火」
「嫌がらせではありませんわ。昨日お伝えしていたでしょう。今日からわたくしのグループ活動に参加していただくと」
グループ活動?
まぁ、確かにそんなこと言っていたような気がするが。
「は、今から?」
「ええ、今からですわ」
何を当たり前のことをといった表情で、鳳凰天星火はこちらを見つめてくる。
「今、朝の4時半だぞ」
「知っていますわ。わたくしのグループは毎日授業が始まる前に朝練と称して訓練用の魔洞で鍛錬をしていますの。この時間帯からですと、魔物はちょうど今から活動を休止させる頃合いですから、自主練には丁度よいのですわ」
なるほどなと思う。
「そうか、じゃ頑張ってくれ」
そう言って、軽く挨拶してドアを閉めようとすると、寸前で鳳凰天星火に阻止される。
「あなたも頑張るのですわよ」
「俺はいいよ。そんなことよりも睡眠が大事だ」
ドアを二人で押し引きする攻防。何だこいつ意外と力が強い。
ある程度状況が膠着したところで、鳳凰天星火は懐から1枚の紙きれを取り出してきた。
「仕方ないですわね。ではこれは無かったと言うことにさせていただくということでよろしいかしら」
見せられたのは、昨日俺が署名をしたグループへの参加の届け出だった。
大きな『承認』文字のハンコが押印されている。
「そ、それは――」
思わず俺のドアを引く手が緩む。
すかさず鳳凰天星火は、ドアを思い切り引き、開ききったところで自らの身を差し込むことで、俺がドアを閉めるのを阻止した。
「卑怯なり、鳳凰天星火」
「あなた、昨日私に頭を下げてグループに参加させてもらったのをもう忘れているのかしら」
残念のものを見るような目をしながら、鳳凰天星火は俺にそう言ってくる。
なんか美人にそんな目で見られるのも悪くないな。
「で、どうしますの。行きますの? 行きませんの?」
昨日と同じような腕組みをし、腕の上で指をトントンとさせながら鳳凰天星火は早く決断しろと催促してくる。
「分かったよ。とはいえ朝に魔洞に潜るなんて聞いてないから、せめて準備の時間は少しくれ」
俺がそう言うと、鳳凰天星火はニコリと笑い「では40秒で支度してくださいな」とのたまったので、なんとか交渉の末5分で俺は準備することになった。
ちなみに元ネタを知っているのかと聞いたところ、「元ネタとはどういうことですの?」と言われたため、多分素でさっきの言葉を言ってのけたのだろう。天然とは斯くも恐ろしいものである。
◇
「なんやかんやで訓練用の魔洞に来たのは初めてだな」
学園の敷地内のバカでかい校庭の一角、魔洞と言われなければ遺跡だと見間違うような石レンガ造りの建造物がそこにはあった。
近代的な学園には場違いなその建物には、少しばかりの禍々しい空気感が漂っている。訓練用とは言っても魔洞には違いないってことか。
「お疲れ様ですわ。二人で入りたいのですが許可をよろしいでしょうか」
魔洞の入口。
四人ほどいる守衛らしき人物の一人に、鳳凰天星火が話しかける。
「分かりました。では手続きをしますので少々お待ちください」
守衛はそう言うと、何やらタブレットのようなものを操作し始めた。
数秒して「許可が下りましたので、どうぞ気を付けて進んでください」と守衛は道をあけてくれた。
「なぁ、そういえば今日は二人で潜るのか?」
歩きながら鳳凰天星火にそう尋ねる。
守衛にはさっき二人だけって言ってたし、周りを見渡しても他のメンバーが居る様子はない。
「ええ、そうですわよ。だってわたくしのグループは、わたくしとあなたの二人しか居ませんから」
「え、マジ?」
想定外の返答に思わず俺は素っ頓狂な声でそう聞き返してしまう。
「いや、待て待て。昨日さも他にあと一人は居そうな感じで俺に声をかけてきたじゃないか」
鳳凰天星火は、昨日俺に対して自分のグループにまだ空きがあるというような言い方をしてきた。
そんなの、他にメンバーが居ると誤認しても仕方がないだろう。
「確かにそうですわね。わたくし何であんな言い方をしたのかしら。まぁ、兎にも角にも、過ぎたことをぐちぐち言うのは男らしくありませんわよ」
さらりとそう言ってのける鳳凰天星火を眼前に、俺はしてやられたと思った。
くそぅ、複数の女子たちとキャッキャウフフできると思っていたのに。
「まぁ、もう一人のメンバーが男子だった可能性もあるし、いや、考え方を変えるとこれはデートなんじゃないのか!?」
幸いにして、鳳凰天星火は誰もが認めるほどの美人であるのは間違いない。
とすれば、これはこれで女子とのキャッキャウフフになるのではないだろうかと俺はテンションが爆上がりしていくのを感じた。
「こんな色気のない鍛錬をデートだと思えるのなら、どうぞご自由に思っていただいて結構ですわ。わたくしは全く微塵もそう思えませんけど」
うわー、恥ずかしがったりするわけでもそう淡白に返されるのが一番傷つくなぁ。
「話は変わりますけど、あなたの頬の怪我大丈夫ですの? 昨日話した時は怪我なんてされていなかったように思いますけど」
鳳凰天星火は、俺の右頬に貼ってある大きめの絆創膏を見てそう尋ねてきた。
「あぁ、これね。大したもんじゃないから気にするな」
俺はその絆創膏を撫でながら「大丈夫」と笑って返した。
「そうですか。戦闘に支障がないのでしたら構いませんけれど」
鳳凰天星火は事務的に確認してきただけだったのか、それ以上確認することもなく、魔洞に向けてすたすたと歩を進めた。




