005 鳳凰天星火
ホームルームが終了し、下校時間。
俺は人が少なくなった教室でポツンと自分の席に座っていた。
「どうしてこうなった」
俺は頭を抱えて原因を探る。
自己紹介は普通にやった。特段面白いことを言おうとも思っていなかったので、滑ったとかはない。特に何も問題が無かったはずだ。
だが、いざホームルームが終了してみれば誰として俺に話しかけてくる人は居なかった。
「1週間経って急に登校し始めた謎の美少年が皆気にならないのか」
趣味のこととか色々聞かれる気満々だったのに。
何ならその話になった時は、早速今日手に入れた品について語ろうかと思っていたのに。
「自分で美少年と言うあたり、とても良い性格をしているというのは何となく分かりましたわ」
ふと顔を上げると、目の前には腕組みをした女子生徒が立っていた。
黒と赤を基調とした制服に映えるような金の長髪を携えたその女子生徒は、ややつり上がった目をこちらに向けてきている。
「伊砂天人君、でしたわよね」
何がとは言わないがでっかい二つの果実の下で腕組みをしているものだから、とある部分が強調されていることにすごく気を取られそうだけれど、こういうのは目線ですぐばれるっていうし、とりあえずステレオタイプのザ・お嬢様的な喋り方をする彼女の眼だけをしっかり見返して「あ、はい」とだけ答えた。
「私は鳳凰天星火。私のことは好きなように呼んでくれて構いませんわ」
「鳳凰天星火。はぁ、凄いお名前ですね」
なんだろう、この世の全ての高潔さを名前に詰め込みましたみたいな、そんな感じがして俺は思わず頭を垂れてしまう。
「あら、私の名前にそこまで敬意を示してくださるなんて、ただの変人だと思っていたのだけれど、違ったのかしら」
「誰が変人だコラ」
息を吐くようにさらりと口から飛び出たその言葉に、俺は思わず突っ込んでしまった。
「だってそうでしょう。自己紹介そこそこに、いきなり趣味を語り始めたかと思ったら、訳の分からないアイドルについて10分以上語られた方の身にもなって欲しいですわね。こんな低俗な物言いはあまりしたくはありませんが、わたくしが耳にした女生徒の言葉を代わりに伝えるなら、はっきり言ってキモいだそうですわ」
「アオイたそをキモい呼ばわりするなんて、いくら初対面でも言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「キモいのはそのアイドルではなく、あなたの方です」
分かってたよ。うん、分かってた。
アオイたそごめんなさい。傷つきたくなくて、一時でもアオイたそをキモいもの扱いしたこの醜い豚をどうかお許しください。
「少し話が逸れてしまいましたけれど、わたくし、あなたにお尋ねしたいことがありましたの」
「別のことって――、まさか、アオイたその最近の歌配信の話か!?」
「あなた、何等級の資格をお持ちなのかしら」
華麗にスルーしやがったこいつ。
「持ってねぇよ」
「え!?」
俺が返答すると、鳳凰天星火は目を見開いて驚いた。
「持ってないって。ではあなた、ここの入学試験はどうやってパスしたんですの?」」
「入学試験?」
入学試験なんて受けた覚えがない。
ただ突然に、この学園に通えと逃げ道を塞がれたうえで命令されただけだ。
それ以上に何も答えない俺と鳳凰天星火の間にしばしの静寂が生まれたかと思うと、彼女が「あぁ」と何かに納得したように口を開いた。
「なるほど。コネと言う訳ですのね」
沈黙を貫いていたからそう捉えられたのだろうか。
厳密にいえば違うが、あながち間違いとも言い切れないと思ったので、引き続き何も返答せずにいると、鳳凰天星火は眉を吊り上げて俺を睨んできた。
「否定しませんのね。まぁこの1週間、聞けばずっと引きこもっていたようですし、そのような堕落した態度も納得です」
俺の沈黙が彼女の何かに触れてしまったようだ。
とりあえず何だろう。自分で言っているのはいいけど、人から言われた時には言葉に言い表せないモヤモヤ感があるな。
というか自己紹介で引きこもっていたなんて言ってないから、多分情報ソースは疾風なんだろう。後できっちり苦情を入れておこう。
「あなたが殊勝な心持ちであるのなら、わたくしのグループへお招きしようと思っておりましたけど、考えが変わりましたわ」
「私のグループ?」
そのグループというのは何だろう。
一般的に良く聞く、クラスカーストとかそういうのだろうか。
「ええ。訓練用の魔洞に挑むにあたり、私たちは4人までを上限としてグループを組むことができるんですの。既にこの組内でのグループ構成は決まってしまいましたので、今から他のグループへの加入は厳しい。ちょうど私のグループにまだ空きがありますから、お誘いしようかと思ったのですけれど」
「無礼を詫びます。仲間に入れてください」
俺はそこまで聞いて、頭を机に擦り付けた。
その話が本当だとすると、このままいけば俺は女子とキャッキャウフフの学院生活を送ることができるということだ。
下心丸出しだって? それの何が悪い!
「残念ですけれど、もうそのつもりはありませんわ。他を当たってくださいな」
そう言って鳳凰天星火は俺に背中を向けた。
伊砂君――。
「うん?」
ふと誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返る。
しかしそこには誰にも居ない。
幻聴か? いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「何とか頼むよ、この通り!」
俺は机から立ち上がると床に土下座し、ガンガンと机に頭を打ち付けて懇願した。
「あなた、プライドとかありませんの」
顔を上げると、振り返った鳳凰天星火が冷ややかな眼差しでこちらを見ていた。
何だか癖になりそう――、いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「女子とキャッキャウフフできるのなら俺はこんな安っぽいプライド何ていつでも捨ててやらぁ」
「欲望が口からダダ漏れですわよ」
はぁ、鳳凰天星火はため息をつき、こちらに向き直る。
「まぁ、あなたがそこまで言うなら仕方がないですわ。ではこちらに記載してくださるかしら」
そう言って鳳凰天星火は一枚の紙を俺の机に置いた。
「ん、何これ?」
「これはグループへの参加するための届出ですわ」
見れば大きく『鳳凰天星火グループ』という記載があり、既に鳳凰天星火のものと思われる直筆サインが達筆で記載されていた。というか鳳凰に天に星の火ですか。漢字見ると、余計に好きになるわこの名前。凄すぎて。でも俺だったらきっと名前負けしちゃう気がする。
「ここにあなたの名前を記載していただけますか」
「おう」
俺はペンケースからボールペンを取り出し、鳳凰天星火が指した場所へ自分の名前を記載する。
「あら、意外と字がお綺麗ですのね」
目を丸くしてそう言う鳳凰天星火に、俺は「ただの癖字だよ」とだけ返しておいた。
「とりあえずこれは私から漆原先生に提出しておきますわ」
俺が名前を書き終えたことを確認し、鳳凰天星火は書類を手に取りそう告げる。
「早速明日からわたくしのグループの活動に参加してもらいますから、そのつもりでよろしくお願いいたしますわね」
そしてそう言い残してそそくさとその場を去って行ってしまった。
結局グループの活動って何なんだろうなと俺は小首を傾げならも、まぁいいかと思い、どうせこれ以上誰も話しかけてくれないのだろうと悟って、帰り支度を始めた。




