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004 伊砂君

「実は先週の木曜日くらいからずっと言い寄られているんです」


 生徒指導室に移動した俺達。

 パイプ椅子に腰を下ろした少女が、開口一番そう告げた。

 何が理由、原因なのか皆目見当もつかない。

 ただ、いきなり「俺の彼女になれ」と、強引に言い寄られたそうだ。


「ここは自在創術士としての力を磨く学園だろ。それが色恋に現を抜かすなんて、全く何を目的に入学したんだか」


 俺は素直に思ったことを口に出し、はぁとため息をつく。


「ちなみに部屋でぐーたらするための学園でもないと私は思いますけどねぇ」


 疾風が皮肉を込めてそう言うもんだから、俺は「ごもっとも」とだけ言って口をつぐんだ。いや、悪いとは思ってたんだよ、悪いとは。


「とにかく理由は分かりました。彼には私から注意をしておきましょう」


 疾風がそう言い、少女は「お願いします」と頭を垂れる。

 これで一件落着か。


「じゃ、俺はこれで」


 そう言って立ち去ろうとすると俺の袖を疾風が掴む。


「伊砂さんはまだ話すことがあるので。あ、犬童ヒイロさんは教室に戻ってくださいね」


 疾風がそう言うと、犬童ヒイロさんと呼ばれた少女は「はい」と頷き立ち上がると、小声で「ありがとうございました」とお辞儀をしてきたので、とりあえず手をヒラヒラ振っておいた。

 去り際に彼女の名札を見る。犬に童で『いんどう』って読むのか。へぇ。


 犬童さんが部屋を出た後、仕切り直しという感じで疾風が「さて」と口を開く。


「改めてご入学おめでとうございます、伊砂天人(いすかそらと)さん」


 疾風は満面の笑みを浮かべ、パチパチと拍手を俺にくれた。


「何だろう。非常にバカにされている気がする」


「そんなことはありませんよ。まぁ、伊砂さんにとってここの生徒がやっていることは飯事のように感じてしまうかもしれませんが」


「そんなこと思わねーよ」


 さっきのやつはともかくとして、基本的にここに通う生徒たちは自在創術士を真剣に目指しているはずだ。

 一生懸命な人間の事を飯事だなんて馬鹿にはできない。


「それはそうと、所長からこれを預かっています」


 そういって疾風が取り出したのはアオイたその幻のCDだった。

 俺は震える手でそれを受け取った。


「ほ、ほんものだぁ~」


 一生手に入らないと思った幻の品を手にして、思わず俺は感涙した。


「僕はそういったものが良く分からないのですが、まぁ伊砂さんがそれなりにやる気を出してくれたのなら良かったです」


 疾風はさも興味なさそうに俺の手の中の代物を見てそう言うが、疾風ごときにこの一品がどれほど貴重なものかなど分かるまいて。


 俺が丁重にその品を鞄にしまうと、今日は午後から諸手続きを行い、帰宅時のホームルームにて俺のことを紹介すると言う流れとなることを説明された。

 ちなみに俺の所属は6組とのことだ。まぁ、目に見える資格を持っていないので当然と言えば当然である。


「伊砂さんであればすぐに1組からと言いたいところですが、1年次は最高でも4組からスタート、かつ、無資格となればさすがに4組配属でも贔屓を疑われてしまいますので……」


「いいよ、別に」


 非常に言いにくそうにそう告げてくる疾風を俺は制止する。


「ぶっちゃけこの学園でトップに立ってやろうとかそんなこと考えてないし、俺は下の方で無難にやっていくよ」


 もとより俺は引きこもり願望なのだ。

 伝説の品欲しさに学園に通うことは了承したが、じゃあ一丁やってやりますかとはさすがにならない。

 真面目に卒業までかこつければいいのだ。それでアオイたそは守ることができる。


「伊砂さんの場合、適当に過ごされても結局気付けば――、みたいになりそうで怖いですが」


「ん、まぁその辺は適当にサボるから大丈夫だ」


「いえ、サボらないでは下さい」


 しれっと話の流れでサボりの許可を得ようとしたけれど、疾風は思いのほか冷静だったようだ。次はもっとうまくやらねば。


 ◇


 時は流れてホームルームの時間。

 6組の教室へ向かうため、えっちらおっちらと俺は校舎の階段を昇っていた。


 この学園は、基本的に3年間の教育課程を経た後に卒業となるが、1年次生から3年次生まで同じ組でカリキュラムをこなすこととなる。

 その組分の順位は、1組が最上位で、6組が最下位といった具合だ。

 更にこの組分制度は少々特殊であり、まず疾風から説明のあったとおり、1年次生はどんなに実力がある者でも4組からスタートとなる。

 そこから四半期に一度行われる昇格試験において、見事合格すれば、上位の組へと移動することができるという感じだ。

 ただし、昇格試験は四半期末時点で組内ランキング上位5位以内でなければ受験することはできない決まりであり、人によっては昇格試験を一度も受けることのないままこの学園を去ることもあるのだとか。

 というのも、ここからがこの学園の最も過酷なルールとなるが、3月末時点において、1年次生は5組以下、2年次生は3組以下に在籍していた場合、強制的に退学扱いとなるという厳しいルールがある。

 更にそのルールをクリアしたとしても必ず卒業できると言う訳ではない。

 この学園の卒業条件は、1組に在籍しており、かつその状態で2月末に実施される卒業試験をパスすること。

 逆に言えば、1年次生でも1組に在籍した状態で卒業試験をパスすれば、たった1年でこの学園を卒業することも可能だ。

 まぁ、こんな所業を達成できたのは学園が始まってわずか2人のみであり、そもそも卒業試験は最後の昇格試験の1ヶ月前に行われるので、1年で卒業しようと思うと、4組からスタートしなければ不可能であるため、俺には全く関係の話なのだが。

 さて、先ほど疾風から説明を受けた内容の復習を置越えたところで、お目当ての教室が見えてきた。


「ったく。いちいち4階まで昇らないといけないなんて面倒くさいな」


 教室の配置としては、5組と6組が4階。3組と4組が3階、そして1組と2組が2階となっている。

 体力的にはなんてことは無いが、昇降口から単純距離が遠いだけで結構だるさを感じる。


「そう思うなら早く2組まで上がってください。伊砂さんならすぐに達成できますよ」


 疾風に言われて、まぁ、確かにと思う。

 最短での卒業を見据えるなら、今年はとっとと2組まで上がってしまって、来年にすぐに1組に上がって後は適当に過ごすみたいな考え方もあるか。


「ちなみに昇格試験は担任である僕が試験管を務めますが、別に上位5位以内でなくとも僕が認めれば例外的に受験することもできるんですよ。伊砂さんであれば全然認めるのでいつでも仰ってください」


「いや、それただのズルじゃん」


 そんなの真面目に頑張ってきた生徒に対してさすがに申し訳がなさすぎるだろと思う。

 いくら自堕落な俺とはいえ、流石にそのラインを越えるのはどうかと。


「まぁ、伊砂さんであればそんなことをしなくてもすぐにその資格を手に入れられると思いますから、あまり意味はないかもしれませんねぇ。さて、では入りますか」


 そう言って疾風は教室の扉に手をかけ、ゆっくりと横へスライドさせた。

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