003 気付いて
2036年4月14日正午頃。
赤を基調とした新品の制服に身を包んだ俺は、軽く髪型をセットして寮を後にする。
神撫学園は全寮制のため、俺も漏れなく寮に住んでいるのだが、しかしよく今まで寮長やら教師やらが凸って来なかったよなと思う。
寮から歩くこと5分。
学園の門を潜り、昇降口へ向かいかけたところで、目の端に何やら大柄な男子生徒と、小柄な女子生徒の姿が映った。
「何が不満って言うんだ。俺は四等級自在創術士なんだぞ!」
体育会系の部活でゴリゴリにやってきました感が強いドスの利いた声。
昼休み中で昇降口付近には人が居ないせいか、俺の耳に二人のやり取りが鮮明に届いてきた。
「不満とかそういうんじゃなくて――」
「もう一度言う。俺の彼女になれ。そうすれば俺のパーティにお前を参加させてやるって、四等級自在創術士のこの俺が言っているんだ」
角刈りの大男は女子生徒の手首をがっちり握りしめ、顔を近づけてそう言いながら迫る。
「い、痛いです先輩」
女子生徒はとても迷惑そうな顔で振り払おうとするが、力の差があるのか振りほどけないでいた。
ただの痴話げんかじゃないんだろうなと気付いた俺の選択肢は2つ。
助けるか助けないかだけど、まぁ、嫌がっているみたいだし、見て見ぬふりはできないか。
「ちょいちょいそこのお二人さん。昼間から喧嘩はいけねぇな」
やり取りをしている二人に近づき、男の方に向けて言葉を投げた。
最初から敵意をむき出しにすると相手が逆上して収拾がつかなくなるかもしれないので、とりあえずここは江戸っ子路線で軽く責めてみよう。
「あぁん?」
男は苛ついたような目で俺を一瞥する。
「誰だてめぇ?」
そいつは、女子生徒の手は掴んだままで、明らかな威圧感を出しながら俺を睨みつけてきた。
「あたし? あたしは通りすがりの与太郎だよ」
まともに名乗るつもりもないので適当にそう言っておく。
いや、これだと江戸っ子というより落語か?
まぁ、似たようなもんだしどっちでもいいか。
「てめぇ、ふざけてんのか!」
しかしそれが気に入らなかったのか、男は女子生徒の手を離すと、さらに威圧感を増した状態で俺ににじり寄ってきた。
とりあえずヘイトをこちらへ向けることには成功したらしい。
ちなみにふざけているかいないかで言うと、ふざけてはいる。
さて何て返したものかなと返答に悩んでいると、大男は何故か冷静さを取り戻し、クックックと笑い始めた。
「そうかそうか、さてはお前俺が誰だか知らないな。知らないのならそんなちゃらけて割って入ってくるのも無理もない。では、優しい俺がお前に教えてやろう。俺は、四等級自在創術士、古柴五郎角だ」
そしてしたり顔で俺に向かってそう言ってきた。
いや、お前こそ誰だよ。著名人かと思って少し期待しただろ。
そんでこの人の名前の方がよっぽど江戸っ子っぽいな。
「どうだ与太郎? お前のその態度がいかに無謀なものだったか分かったか?」
「んー、まぁ、はい」
自在創術士は国家資格であり、それぞれ一等級から六等級までの位が分かれている。
一等級が一番上で六等級が一番下であるが、そもそも六等級ですら才能が無ければ受かりすらしない。
等級を持たずして魔洞に潜ることはできないので、六等級ですらエリートと言っても過言ではないのだが、こいつは「俺はその四等級を保持しているんだぜ」とマウントを取ってきているのだろう。
否定するとプライドを傷つけて怒り出しそうだし、江戸っ子対応もなんか違うな―と思ったので、とりあえず肯定したのだが、気だるそうに耳を小指でほじりながら言ったのがまずかったのだろうか、俺の言葉を受けて一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたかと思ったら、そいつはすぐに顔を真っ赤にして腕を振りかぶった。分かりやす。
「うらあああっ!」
その男はその腕を振り下ろし、俺に拳を突き出してくる。
俺は右足を引いて拳を半身で躱すと、「足元がお留守ですよ」と言って再度右足を出して、大男の足に引っかけた。
昔読んだ漫画の名台詞で、一度は言ってみたいと思ってはいたけれど、まさかこんなところで使うとは思わなかったなぁなんて思っていると、パンチの勢いもあってか、盛大に大男は地面にダイブした。それも顔面から。
自重を考えると結構ダメージいったんじゃね、これ。
「あの~、大丈夫っすか?」
心配になってとりあえず声をかけてみる。
しかし反応はない。え、死んだ?
「ギギギ……」
と思ったら、何やら機械のような唸り声をあげてゆっくりと立ち上がった。
どうやら生きていたようだ。全く、それならそうと早く反応しろよな。一瞬マジでヤってしまったかと思って焦ったじゃないか。
「そこで何をしているんですか!」
すると突然、昇降口の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「チッ」
その声を聞いた大男は舌打ちをすると、逃げるようにどこかへ走り去っていった。
去り際に血だらけの顔でこちらを睨んできたことを考えると、もしかしたら俺はとんでもなく面倒くさい遺恨を残してしまったのかもしれない。
「全く、何をやっているんですか伊砂さん!」
「あー、疾風じゃん。元気だった?」
慌てて飛んできたのか、疾風こと漆原疾風は、ぜぇぜぇと肩で息をしながら眼鏡をはずして額の汗をハンカチで拭っている。
「元気だった? じゃないですよ。ようやくサボらず学校に通ってくれると思っていたのに、いきなり問題起こさないでもらっていいですかねぇ。あとここでは漆原先生と呼んでください」
やれやれといった表情でそう言ってくる疾風。
「分かりました。漆原先生」
反論しても何も生まれないし、それに隣でオロオロしてるこの子を放ったままにしておくのもあれだし、とりあえず俺は疾風に従うことにした。
「さて」
一旦俺の方は後回しといった感じで、横の少女に疾風は目を向ける。
「一体何があったのか、説明していただけますね」
疾風が優しくそう問いかけると、少女はコクリと首を縦に振った。




