029 真実
「というのが、俺が6組に通うようになってから今までの記憶だ」
2036年7月4日 午後3時。
漆原疾風、鳳凰天星火、七種なずなの3人がいる教室の中。
その中の一人、漆原疾風に向けて俺は長々と自身の記憶を話す。
まぁまぁ長い回想だったな。小説投稿サイトの話数で例えると、プロローグ含めて28話分くらいにはなったのではないだろうか。
「そうですか。それで、それが解答とどう紐づくんでしょうかねぇ。僕は皆さんの回答に対して、正解か不正解しか言えない立場なんですが」
「まぁ、そう言わず聞けよ。この後俺にぶん殴られるお前の罪状を一から説明してやるんだからよ」
恐らく俺の額には青筋が浮き上がっているだろう。
それほどまでに俺は疾風がやったことにムカつきを抑えられなかった。
「罪状? 何のことだか分かりませんねぇ」
尚もとぼける疾風には怒りを覚えるが、俺は冷静に話をするべく、気持ちを落ち着ける。
「何のことだか分からないか。人の記憶を改ざんしておいてよく言うぜ」
睨みつける俺の目をしっかりと疾風は捉え、しかし彼はそれ以上何も口にはしない。
「気づきは氷室さんからの話だ。彼女の記憶と俺の記憶、そこには明確な食い違いが存在した」
そう、あの食事横取り事件のことだ。
俺は食事を横取りされたと思っていたが、彼女はそんなことはしていないという。
そりゃそうだ、俺と彼女どちらも嘘はついていない。
ただ、俺の記憶がそうされたと改ざんされていただけなのだ。
「ということは俺たち3人の間でもその食い違いあるんじゃないかと思ってな。検証してみたら思った通りだよ」
例えばと言いながら、俺は鞄の中からタッパーを取り出した。
「これは、七種さんが作ってくれた卵焼きだ。これを含めて俺は何度か彼女から作ってもらっているという記憶なんだけど――」
そこで彼女に目線を向けると、七種さんは首を横に振った。
「ううん。私は3日前と、今回の分とで2回しか作ってない」
俺は七種さんの言葉を受けて、ありがとうという意味で頷く。
「これについては七種さんの言っていることが正しいと思う。なぜなら直近で食べた2回と、それ以前とで卵焼きの味付けが違うんだよ」
七種さんの味付けは出汁が良く聞いた塩気のある卵焼き。
対してそれ以前の卵焼きは、甘めの卵焼き。
「作り分けができないものじゃないけれど、作った本人がそれを否定しているからこれは明らかな記憶の食い違いだ。じゃあ今まで食べた卵焼きは、一体誰が作ったものだったんだろうな」
そこで俺は鳳凰天星火に目を向ける。
「わたくしは料理なんてしたことがないですから、わたくしではないですわね」
「ちなみに俺も料理はするが、俺の味付けとも違う。つまりはこの3人じゃないってことだ」
疾風は俺達から回答を聞くまで口を開くつもりが無いのか、黙って目を閉じたまま俺たちの話を聞いている。
「お前が俺達から隠した『失せもの』、それはつまり『失せ者』、この卵焼きを作ってくれた人じゃないかと推測を立てた訳だ」
俺たちは疾風の言う『失せもの』が何かの物だとばかり思っていたが故に、いくら悩んでも、考えても、回答に辿り着けなかった。
「じゃあ『失せもの』が仮に人だとしたとき、それは誰なのか。その謎を解くヒントがこの『テレパスコール』だ」
俺は鞄からテレパスコールを取り出し机の上に置く。
「デュラハン事件の際、俺は誰かから救難信号を受け取った。だからこそ2人の危機に駆けつけることができた。でもそれだとおかしいんだよ。俺のテレパスコールには、七種さんのも鳳凰天星火のも登録をしていないはずだ。もちろん他のクラスメイト全員も例外じゃない。そんな状態で俺のテレパスコールが救難信号を受けることなんて不可能だ。とある一人の可能性を除いてはな。それは俺たちにとって共通する大切な人、つまり――」
俺たちは目を見合わせてその可能性のある人物の正体を告げた。
「「「4人目のグループメンバー」」」「だ」「です」「ですわ」
俺のテレパスコールに登録ができる可能性、そしてあの場所で生き残った可能性を鑑みればそう考えるのが自然だった。
すると、俺達のその回答を聞いて、疾風がアハハと笑う。
「それが回答ですか。その場合答えは『固有名詞』でなければ正解にはなりませんよ?」
「んなことは分かってるよ。今説明するから黙ってろ」
そこで俺は鞄の中から最後のアイテム、アオイたそのCDを取り出す。
「その人物を特定する手掛かりはこのCD。このCDは俺の宝物で、そうそう簡単に貸したり渡したりできるものなんかじゃない。だけどこのCDは俺と七種さんの間の部屋、202号室に置かれていた。俺の記憶には無いけど、例えば、俺が信頼のおけるグループメンバーに布教するために貸し出していたと考えれば、まぁ筋道は通る。実際俺がこのCDを失くしたと気づいても焦った記憶が無いのは、本当の記憶ではこのCDの所在が分かっていたからだと考えると自然だしな」
それから、と俺は続けた。
「この部屋割が、その人物が誰かを特定するための重要なヒントになる。寮の部屋割りは最初に割り振られた組順に、さらに名字のあいうえお順で空いている部屋から割り振られる。部屋移動はないから、必ずしも1年次生の最初の組のクラストメイトと隣通しになるということはないが、俺たちは最下位の6組。5組と6組が退学になる、そして降格になることは無いと言うこの学園のルールにおいて、俺達6組に関しては、高確率で次の部屋の人間が名字で次の人間になる」
「加えて言えば、今年の2年次生と3年次生で6組出身は1人も居ないという情報は得ましたから、202号室の住人は、確実に201号室の伊砂君の次で、かつ、203号室の七種さんの前の名字の方ということになりますわ。少なくともわたくしの記憶では、それに当てはまる人物を1人しか知りませんの」
「あとはその人物がこの6組のクラスメイトであることを証明すればいい。その最後のピース。それはお前だ、疾風」
そう言って俺は疾風を指差す。
「僕ですか? はて、何のことやらですねぇ」
「とぼけたって無駄だ。試験開始後の言動には気を付けていたかもしれないけど、この試験が決定する前のお前の言動までは変えられないんだからな」
「過去の言動……、ですか――」
「あぁ。俺の記憶では、お前はその人物の事をフルネームで呼んでいたんだ。自身のクラスメイト以外の名前を覚えることができないお前がな」
疾風は少し考える仕草を見せて、ポンと手を打つ。
「それは伊砂さんの記憶が改ざんされている可能性は――」
「かもしれないが、シチュエーションは違えど2人もお前がその人物の名前を呼んだ瞬間を覚えている。念のため氷室さんにも確認したら、彼女も疾風がその人物の名前を呼んでいたことがあると言ってくれていたな。恐らく記憶が改ざんされたのがあの試験開始の瞬間だとすると、氷室さんの記憶まではさすがに改ざんすることはできないだろ」
「私も、伊砂君からその話を聞いて、その人しかいないって思った。クラスメイトだってことは記憶にないけど、その人のことを完全に忘れてる訳じゃないんだよ。名前だって覚えてる。同じく生き残ったクラスメイトだったら、そんな人と話したりした記憶が全く無いなんておかしいよ!」
「デュラハン事件で生き残ったのはわたくし含め3人と深海君、そしてその人物の計5人というのが真実。わたくしはクラスメイト全員の名前、そして誰があの日亡くなったかを憶えていますから、当然消去法で誰が死亡していないかを割り出すのは造作もないことですわ。まぁ、これも記憶を改ざんされていては元も子もありませんから、念のため天人の友人の氷室さんに確認してもらって、彼女の認識と相違ないことも確認済ですけど」
3人がそれぞれそこまで主張したところで、疾風は「なるほど」と一言つぶやき、そしてコホンと咳払いした。
「とはいえ全てが確証のあることではないですよねぇ。僕だって、クラスメイト以外の子の名前を憶えている可能性もある訳ですし、皆さんの頼みの綱であるその氷室さんが、僕と結託して嘘の情報を皆さんに伝えている可能性もある訳ですしねぇ」
ぐっと言葉に詰まる。氷室アリスが嘘を吐いていると言うのも可能性として考えなかった訳じゃない。
疾風が指摘することはごもっともだ。全てが想像や妄想であると言われても仕方がない。
それほどまでにこの試験に対しては「失せもの」に対する情報が無さすぎるし、手に入らなさ過ぎた。微かな可能性や情報に縋りつかなくてはいけないまでに。
だけど、俺たち3人がその答えに辿り着けたのは、それでも俺たちがその答えを導き出せた最後の決め手は――。
「疾風の言うことはもっともだよ。だけどな、俺たちの最後の決め手はぶっちゃけそんなかき集めた理屈なんかじゃなくてさ、彼女から俺たちにあてられたメッセージなんだよ」
俺がそう告げると、七種さんと鳳凰天星火も頷く。
「改ざんされた記憶の中でも、その子は必死に俺たちのことを呼んでくれていた。それこそ小さな欠片みたいな記憶だけど、彼女はずっと俺たちの側に居たはずなんだ」
改ざんされた記憶の中、それでも自身の存在を証明するかのように、俺たちの記憶の中に残り続けた彼女の欠片。
気付いて 伊砂君
「そうだよ。デュラハンと対峙した時にも、きっとその子は私たちの側に居てくれた。私たちのことを励ましてくれてたんだよ。だから私にもあんな強い力を使うことができた。彼女が仲間だったから!」
七種さんが俺に呼応するように力強く叫ぶ。
「あの惨憺たる状況の中、大丈夫だと、なんとかなると、何度も立ち上がる力をくれた彼女こそ、わたくたちのもう一人の仲間に違いがありません!」
鳳凰天星火が俺に呼応するように力強く叫ぶ。
「だからこそ、忘れられてきっと悲しい思いをしている彼女のためにも、俺たちは見つけ出してやらなきゃいけないんだ。同じ仲間として!」
最後に、俺は2人の思いを受け取って叫ぶ。
「さて、時間も時間ですし、話はそこまでにして、最後の回答を伺いましょうか。皆さんが4人目のグループメンバーだと主張し、かつ、6組のクラスメイトだと主張するその人物の名前を。聞かせてもらいましょうか。あなた方が仲間だと信じて疑わないその者の名を!」
そんな俺たちを見て、一瞬目を見開いた疾風は、今までの笑顔を消し、真剣な表情で俺たちにそう問いかけてきた。
それは、伊砂天人と七種なずなの中間の名字を持つ者で、かつ、過去に疾風がフルネームで呼んだことのある人物。
俺たちのグループの最後のメンバーにして、大切な仲間の一人。
答えは既に決まっている。
後は俺たちが声を揃えてその名を口にすればいい。
いくぞ――。
俺は2人に目配せをし、2人はコクリと頷いた。
「『失せものさがし』その答えは――」
「「「犬 童 陽 彩」」」
瞬間、目の前がバリバリと薄いガラスが割れるようにひび割れていき、そして破れた。
「伊砂君っ!!」
その破れたガラスの向こう、黒髪の少女が大粒の涙を流しながら、俺の胸に飛び込んでくる。
刹那、再生される記憶。
彼女と紡いできたこの3か月の記憶。
「見事です」
涙目で拍手をする疾風を尻目に、俺は大切なその子を抱き留めながら、蘇る記憶の海に身を委ねた。




