028 昇格試験③
回答権を増やす、その手段がとれたところまでは良かった。
2036年7月3日 午後3時45分。
「はい、違いますねぇ」
結局俺たちが取れたのは小賢しく回答権を増やす手段だけであり、回答に辿り着けた訳ではない。
6回あった回答権も残り1回、つまりはそれぞれが回答権を1回ずつ残すまで追い詰められていた。
「これも違うなんて、もう分かんないよー!」
七種さんが頭をぐしゃぐしゃと掻きながら天井に向かって叫ぶ。
「ここまで情報が無い状況で、明日までに回答。ほぼ詰みですわね」
鳳凰天星火も冷静を装っているが、ぐっと親指の爪を噛み、苦悶の表情を浮かべている。
「では僕はもう行きますね。皆さんの最後の回答、楽しみにしていますよ」
疾風はとても楽しそうにそう言うと、足早に教室を後にした。
あいつ、このテストが終わったら覚えておけよ。
◇
俺たちは会議のためそのまま教室に残り、各々の席に座っていた。
「……」
「……」
「……」
しかし誰も言葉を発しようとせず、沈黙が俺たちを包む。
まだ達成できなかったと言う訳ではないのに、状況は完全敗北モード。
この空気感はヤバいと思いながらも、何を口にしたらいいのかが分からない。
「どうすればいいんだろう」
そんな静寂を破るように、ポツリと七種さんがつぶやく。
「それが分かっていたら、こんなに悩んでいませんわ」
それに対して鳳凰天星火が冷たくそう返したところで、七種さんの眉が吊り上がった。
「そりゃそうかもしれないけどさ、だからってそんな言い方しなくてもいいじゃん!」
七種さんはバンと机を叩いて立ち上がり、鳳凰天星火に向けて怒鳴る。
それを見て、また始まったかと思って俺は頭を掻いた。
このテスト期間中、進行があまりよくないせいか、二人がぶつかることが何度かあった。
まぁ、売り言葉に買い言葉じゃないけど、鳳凰天星火自体が元々他人を気遣うような言葉遣いはしない一匹狼タイプだし、七種さんは七種さんで他人の気持ちを考えるのが大事と思っているタイプだから、意見と言うか考え方が合わなくてぶつかるのはしょうがないとは思っているんだけど。
「とりあえず言い合っていても話が進むわけじゃないし、喧嘩はやめようぜ、な」
そう言いながら、ポンポンと七種さんの頭を撫でてやる。
すると七種さんは顔を赤らめて「うん」と言いながら大人しくなり、ポスンと椅子に腰を落とした。
これぞ俺が編み出した喧嘩をすぐ止める必殺技。名付けて「チョロいほうから篭絡」だ。
本人に言ったらぶん殴られそうではあるが、俺でもあの鳳凰天星火を言い宥めるのは難しいので、だったら七種さんの火を消してやればいいということだ。
七種さんは俺に懐いてくれているし、こうすると大人しくなることが分かったので、二人がぶつかりかけた際はこうすることで素早く喧嘩が仲裁できる。
七種さんが噛みつかなければ鳳凰天星火もそれ以上油を注ぐようなことはしないし、なんやかんや美少女の頭を撫でると言う俺的にも役得な状況なので、これが俗に言うwin-winというやつなのだ。横で七種さんも「えへへぇ」と顔が溶けるほど喜んでるし、まぁ、うん、何か寒気はするけど、これでいいんだ多分。
その後、結局話し合いをするも、解決の糸口が見つからなかった俺たちは、各々何か気付きがあったら連絡しあうと言うことで解散した。
◇
2036年7月3日 午後6時30分。
「はぁ」
俺はため息を吐きながらご飯を口へと運ぶ。
ただ無駄に過ぎていく時間に焦らされているのは俺も同じ。
大好きな焼き魚定食(今日は鮭)を味わう余裕も今は無い。
すると、俺の目の前に誰かがトレイを置き座る。
食堂は混んでいないし誰だと思い顔を上げると、そこには氷室アリスが笑顔で座っていた。
「何だか元気がないですね」
彼女も俺と同じ焼き魚定食。丁寧に「いただきます」と言った後、ゆっくりとしたペースで食事を始めた。
「あ、そういえば私、昇格試験に合格したんですよ。これで来月からは3組です」
「そうかい。そりゃよござんしたね」
嬉しそうに報告してくる彼女に対し、俺は適当に返事をする。
「伊砂君はどうだったんですか?」
そう問いかけられ、一瞬言葉に詰まるが、待てよと俺は思いなおす。
別に昇格試験の内容を誰かに相談してはいけないというルールは存在しない。
であれば、彼女に相談すれば何か解決の糸口がつかめるのではなかろうか。
「いや、実はな――」
◇
「うーん」
氷室さんは、可愛く小首を傾げ、思考を巡らせてくれる。
「それって本当に6組の昇格試験なんですか? あまりにも難しすぎると言うか無理難題と言うか。私も全然見当つかないですよ」
「そうだよな。やっぱりそうなんだよなー」
あの氷室アリスをもってして、無理難題と言わせるほどの試験。
絶対に俺が居るからこんな試験内容になっているんだろうと思うと、本当に二人には申し訳ない気持ちになる。
「とりあえず悩んでても仕方ないですし、まずは食べません? 冷えると美味しくないですよ」
そう言って彼女が箸を伸ばしたので、俺は咄嗟に自分の食事をトレイ事腕の中に収めた。
「何してるんですか?」
彼女はそう言いながら、箸先を自身の皿の焼き魚に向け、とても慣れた手つきで身を口へ運ぶ。
「いや、お前人の飯横取りするだろ。毎度毎度黙って食われたんじゃたまらん」
前回食堂で一緒になった時は半分くらい食われたからな。
しかし、彼女はまるで俺の頭がおかしくなったのではないかといったような目でこちらを見て、「何を言ってるんですか?」とのたまった。
「いやいや、何を言ってるも何も、お前この間の時俺の飯を黙って食ってただろ。俺が止めないのをいいことに」
「伊砂君こそ何を言ってるんですか? そんな頭おかしい事する訳ないじゃないですか。むしろ伊砂君こそ大丈夫ですか?」
本気で大丈夫かと心配してくる氷室さんを見ると、どうにも彼女が嘘を言っているようには思えない。
だけど、俺は確かに覚えている。彼女が俺の食事を――。
「っ!!」
「伊砂君?」
その瞬間、俺の頭の中に一つの仮説が浮かんだ。
信じられない。
信じたくない。
だけどそれが真実なら、何をどう考えても答えが出るわけななんて無いはずだ。
「なぁ、氷室さん」
「はい?」
「君と出会った時のこと、そしてこの間食堂で食事を一緒にした時の事、その時の状況を事細かく俺に教えてくれないか」
◇
「という感じでしたけど」
「そうか」
つかめないと思っていた解決の糸口、それがまさかこんなところにあっただなんて。
なんて意地悪で、趣味も悪くて、悪質な試験なのかと、腹が立って仕方がない。
「ありがとう氷室さん。君のおかげでこの試験は合格できそうだ」
彼女からされた話で、「失せもの」が何かも大体見当はついた。
後は、これを二人に共有し、食い違っていることを検証するだけだ。




