025 前を向いて
「構いませんわよ」
「えらくあっさりだなおい」
七種さんを俺たちのグループへ加入させるための許可を貰うべく、俺と七種さんは鳳凰天星火の部屋を訪ね、事情を説明したところ、二つ返事でOKが返ってきた。
「頃合いを見てわたくしも勧誘しようと思っていましたし、余計な手間が省けて好都合でしたわ」
ツンとした物言いをしているものの表情がどことなく嬉しそうで、こいつもこいつで七種さんのことを気にかけていたんだと思うと、思わず俺も笑みがこぼれる。
「なんですのよ」
「いや、別に」
自身のベッドに腰かけ、そんな俺を不機嫌そうな表情で睨む彼女に向けて、俺は笑みを押し殺しながらそう答えた。
「まぁ、七種さんが加入することに異論はないとして、それよりもそろそろあなたの正体について教えてくれてもいいのではないかしら」
鳳凰天星火の表情は一変し、俺を値踏みするように鋭い目線をこちらに向けてくる。
「俺の正体? ただの人間だが?」
「そういうことではなくて」
彼女は茶化す俺にため息を一つこぼした。
「わたくしや固有自在創術に覚醒した七種さんでやっとのこと倒せた第一形態。それを遥かに凌駕するとされる第二形態をいとも簡単に倒したらしいあなたが、凡庸な自在創術士である訳がないでしょう。わたくしの見立てでは――、そう――」
鳳凰天星火はそう言いながら、俺の方をじっと見つめてくる。
「伝説として語られている、本物の零等級自在創術士ではありませんの?」
どの道あの時、安心させるために七種さんには正体を明かしていた。
ずっと隠し通せるとも思っていなかったし、彼女の言葉を受け、この辺りが潮時かと俺は頭を掻いた。
「七種さんには伝えていたけど、鳳凰天星火、お前の言う通りだ。俺は零等級自在創術士。これがその証拠だ」
俺は頬に塗っていたファンデーションを指で拭って落とす。
恐らく二人には俺の頬に刻まれた徽章が見えているはずだ。
「零等級自在創術士は、明確な資格が存在しない代わりに身体のどこかに創術省のマークが刻まれている……だっけ」
俺の頬のマークを見ながら、七種さんが思い出す様な仕草でそう言葉にする。
「にわかには信じがたい話ですけど、デュラハンを倒した実力を鑑みるに、それしかありませんわよね」
鳳凰天星火は納得と言ったような表情で頷いたが、次の瞬間目をかっと開き、「ただっ!」と俺を指差した。
「その事実をずっと隠してきたことが気に食わないですわっ!」
彼女は憤慨した様子でそう言い切る。
「お前にだって人に言えない秘密の一つや二つくらいあるだろ」
「それはそうですが、でも自在創術士としての実力を隠すことはご法度だと思いますわ。ただでさえ魔洞は危険な場所。グループ内の戦力はきっちりと把握しておくのがグループの長たるわたくしの役目ですし、わたくしはそれを勘案して自身がどうすべきかの行動を決めているのですから」
鳳凰天星火の言うことは一理ある。確かに俺が事前に俺の実力を鳳凰天星火に伝えていたなら、デュラハン事件の時に彼女が一人で突っ込んでいくことは無かったかもしれない。
俺が次の言葉を出しあぐねていると、七種さんが「まぁまぁ」と間に入ってきた。
「鳳凰天さんの言うことは分かるけど、伊砂君にも言えない事情とかあったんだよ。ほら、それでこそ伝説として扱われるくらいの立場なんだし」
ねっと、こちらに目配せしてくる七種さん。
可愛いなと思いながら、うんうんと頷く。
その後なんとか鳳凰天星火は納得してくれ、とりあえずグループを危険にさらすような隠し事はもうなしということを条件に許してもらった俺は、七種さんとともに、鳳凰天星火の部屋を後にしたのだった。
◇
2036年7月1日。
正式な復帰手続きを終えた七種さんが久しぶりに登校することとなった日。
部屋で俺が登校の準備をしていると、ピンポーンと呼び鈴が鳴らされた。
「こんな時間に誰だ?」
鳳凰天星火は朝練以外に俺の部屋を訪ねてくることは無いし、最近はその朝練も実施されていない。
俺が恐る恐る玄関のドアを開けると、そこには制服を着た七種さんが立っていた。
「お、おはよう」
七種さんはほんのり頬を赤く染めながら、俯きがちに上目遣いで挨拶してくる。
「あ、ああ。おはよう」
反射的に俺は挨拶を返し、彼女の次の言葉を待った。
「えっと。一緒に、登校してもいいかな。一人だとまだ勇気が出なくて」
恥ずかしそうにそう呟く彼女に見惚れながら、俺は「了解」と一言だけ告げて頷いた。
復帰できたとは言え、初日だし心細いのだろう。
まぁ、俺としても可愛いクラスメイトと登校できることはテンションが上がるし、何だったら手でも繋いで歩いてやろうかと思いながら「今出る準備をするからちょっと待っててくれ」と彼女に伝えた。これこそアオハルってやつだよな、うん。所長にもいい報告ができそうだ。
◇
「えーっと……」
「……」
寮から校舎へ向かう途中、七種さんは俺の左手を食い気味に取ると、その右手の指を俺の指に絡ませてくる。所謂恋人繋ぎというやつ。
いや、冗談で「手でも繋いで歩くか?」と聞いてみたらこうなったので完全に俺が悪いんだけど、本当にこうなるとは思わないじゃん?
俺が、何か話しかけようとするも、顔を真っ赤にしてこちらに黙ったまま目線を合わせてくれない。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。俺としては最高の時間を提供してくれてありがとうなんだが。
「嫌――かな?」
「嫌じゃないです」
否定した場合、この男として非常に喜ばしい時間が終わってしまうことを危惧した俺は、即答に近い形で返答をすると、彼女は「えへへ」と嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。
え、何この可愛い生き物。惚れてまうやろ。
そのまま会話という会話もしないまま、俺たち二人は無言で歩き、そのまま昇降口に到着する。
すると彼女は立ち止まり、ゆっくりとこちらを見上げてきた。
「私もっと強くなるから」
そう告げた彼女の目は、何かの決意を宿しているようで、今まで引きこもっていた彼女の姿はもうそこには無かった。
「ああ、そうだな」
「だから、伊砂君の側は私のものね」
俺の返事に被せるように、彼女はそう言って昇降口に駆けだしてゆく。
呆気に取られる俺へ向けて彼女は振り返り、「そこは私の居場所だから、他の女の子に渡しちゃだめだからねっ!」と言って、てきぱきと靴を履き替えて校舎の中へ消えて行ってしまった。
嬉しいやらなにやら、複雑な気持ちを抱えたまま歩き出そうとする俺を、猛烈な悪寒が襲う。
風邪でも引いたかなと思いながら、俺も靴を履き替えて、自身のクラスへと向かったのだった。




