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024 七種なずなの過去③

 中学校を無事に卒業した私は、独学で自在創術の訓練を続けていたおかげもあってか、自在創術士の名門、神撫学園へ入学することができた。

 とはいっても所詮独学ではあるし、六等級の資格を取るまでしか至らなかったこともあってか、配属は6組となったけれど、私としては進学させてもらえるのならなんでもよかった。

 あの事件については校長の計らいで警察沙汰にはならなかったものの、私の内申点は地に落ちたも同然。

 普通の高校なんてまず合格することは無かっただろうし、こんな私を受け入れてくれるのならそれだけでありがたかった。

 それにあの事件から施設には何となく居辛かったし、全寮制というのも精神的にはすごく助かる。

 そして私は、過去の私と決別する意味も込めて、見た目を大きく変えた。

 腰元まであった髪を切って、色も思い切ってピンクにして、化粧もしてみた。

 所謂ギャルと言うやつを目指した形だ。

 私を虐めていたあの女子生徒たちと同じような見た目。

 そうすることで、弱い過去の私とサヨナラしたかった。


 ――。


 入学式から3日経った。

 クラス内では色々なグループが形成され始め、早いグループはもう魔洞にチャレンジをしているのだという。

 私はと言えば、中学校の時から変わらず一人ぼっちだった。

 見た目が災いしているとかそう言うことではない。

 この学園では実力が全てであり、実力の無い者は相手にされない世界。

 組内ランキングが最底辺クラスの私が、誰かに声をかけられるということはない、ただそれだけだった。


 幸い一人には慣れている。

 魔洞に立ち入ったことはおろか、魔物と対峙したことも無かったけれど、一生懸命頑張れば私ひとりでも何とかやっていけるはず。

 大丈夫、大丈夫。私なら、一人でも……できるから……。


「ねぇ、今一人?」


「え?」


 不意に話しかけてきたのは、見ず知らずの二人組だった。

 確か水南さんと柊さんだったっけ?


「な、何か用?」


 とりあえず愛想よく作り笑いで対応する。

 こんな私に話しかけて、一体何の用だろうか。


「七種さんって、今誰かとグループって組んでるのかな?」


 水南さんが私にそう問いかけてくる。


「えっと、今は一人だけど」


 尋ねられている理由も分からず、私は正直に事実を答えた。

 すると、彼女はパッと花が咲いたような笑顔を浮かべ、私の両手を取った。


「良かったー。ねぇ、七種さん。私と一緒のグループにならない?」


 正直、何を言われているのか理解ができなかった。

 一緒のグループにならない? とは、一体どういう意味だろうか。

 呆けている私に、水南さんはぐいぐいと顔を寄せてくる。


「ねぇ、どうかな。一緒に」


 一緒に。

 そこで彼女が私に対して何を求めているのか理解できた。


「えっと。えとえと。わ、私ランキング下の方――だよ」


「うん。それで?」


「二人に迷惑とか、かけちゃうんじゃないかなって」


 この時の私は、何か断る理由を必死に探していたのだと思う。

 純粋な好意がえらく不気味に思えて、それを素直に享受することが恐怖で。

 だって、そんなことしてくれた友達なんて、一人も居なかったから。


「だから、私なんて誘っても――」


「うん、じゃあここに七種さんの名前書いとくねー」


 そう言いながら、水南さんは私の言葉を無視してグループ結成の用紙に私の名前を書き始めた。


「いや、だから」


「あのさぁ」


 水南さんは私の前の席に腰を下ろすと、不満そうな目線をこちらに向けてくる。


「七種さん、さっきから断る感じで話してくるけど、その理由が自分の気持ちじゃないよね。『嫌だから』とかならまだ分かるんだけどさ、結局のところ七種さん自身はどうしたいの?」


 私が……どうしたいか?


「私は――」


 『グループに参加したい』、その言葉が喉の奥から出てこない。

 たった一言、それがすごく重くて、すごく遠い。

 だけど、私は自分自身を変えると決めた。

 弱い私から決別すると決めた。

 昔のように、人と関わることを諦めちゃいけない。自分の殻に閉じこもっていちゃいけない。

 だから、怖くても、辛くても、どんな結末になったとしても、自分の気持ちをきちんと伝えることから逃げちゃダメなんだ。


「参加したい――」


 か細く喉から絞り出した一言。


「私、参加したい!」


 それをきっかけに、ダムが決壊するかのように、私の喉から言葉が紡がれていった。


「二人には迷惑をかけてしまうかもしれないけど、それでも誘ってもらって嬉しかった。だから、こんな私でも良ければ仲間に入れてくれると嬉しい!」


 どんな顔をしていたのか分からない。

 けど、そんな私を見て水南さんはクスクスと笑いながら「泣くほどの事じゃないでしょ」と言って、いつの間にか私の目から溢れていた涙をそっと拭ってくれた。


 ◇


「それが、唯ちゃんと、あずちゃんとの出会い」


 七種さんはそこまで話して俺の目を見ると、切なく微笑んだ。


「短い間だったけど、二人と過ごした時間はすごく楽しかった。自在創術士として未熟な私を二人はいつも引っ張ってくれて。温かいなって、友達ってこういうものなんだなって、そう思えたの」


 そう語る七種さんの目はとても嬉しそうで、だけど、そんな彼女の瞳は次第に潤いを帯びていく。


「二人は、私の居場所だった。一人ぼっちだった私に居場所をくれた。初めて居場所をくれた。こんな、こんな……私に……」


 ぽつぽつと語る彼女は俯き、長机を濡らす。


「私がっ、もっと早く固有の力に目覚めていたら……、もっと強かったら、二人を救えたのかな? 守れたのかな?」


 彼女は顔を上げずに、俺にそう尋ねてきた。

 この問いに答えなんてない。はいと答えても、いいえと答えても、どちらにせよ彼女を傷つけることになる。

 ならばと、俺はそっと立ち上がると横に立ち、胸元へ彼女を引き寄せた。

 何も言わず、ただギュっと彼女を引き寄せて、優しく頭を撫でた。


「う……、わああああぁぁぁん」


 すると彼女は俺の胸を引き寄せ、すがるように泣いた。

 ここまで話を聞いたところで、ようやく彼女がここまで心に傷を負ってしまったのかが理解できた気がする。

 だけど今の俺じゃどうすることも、何かをしてあげることもできない。

 これは彼女が自分で乗り越えなければいけないことなんだ。自分で答えを出さなければいけないことなんだ。

 だから俺ができることはこうして胸を貸してあげることくらいだ。


 ◇


「なぁ、七種さん。良ければ俺たちのグループに来ないか?」


 七種さんが泣き止み、落ち着いたところで俺は彼女にそう切り出した。


「私――が?」


「あぁ。鳳凰天グループは今2人で人数に空きがあるしな」


「で、でも――」


 言い淀む七種さんの手を俺は取って、続けた。


「俺がこうして真面目に学校に通い始めたのって、七種さんが居るからってのもあるんだ」


「私が居るから?」


 七種さんは意味が分からないと言った感じで小首を傾げる。


「俺の話を気持ち悪がらずに聞いてくれたのは七種さんだけだった。俺の部屋でアオイたその話をしたこととか、二人でゲームしたこととか。楽しいと思っていたのは俺だけだったのか?」


 俺がそう尋ねると彼女は首を横にブンブンと振った。


「俺はここに無理矢理入学させられたから、学校生活なんてつまらないだけだと思っていた。だけど、そんな中で七種さんと趣味の話をするようになって、七種さんのおかげでこんな学校生活も悪くないなってそう思えるようになった」


 七種さんはほんのり頬を赤らめ、俺の目を真っすぐに見つめながら真剣に俺の話を聞いてくれている。


「居場所がどうこうって言うなら、七種さんだって俺の居場所の一つだって、俺はそう思ってる。ま、まぁこれは俺の独りよがりかもしれないけど」


 急に恥ずかしくなってきたので、とりあえず頭を掻きながら照れ笑いでごまかす。


「だから今度は、俺たちが七種さんの居場所になれたらって、この1ヶ月間ずっと考えてた」


 俺は彼女に、グループに、仲間に誘った理由を伝える。

 俺の気持ちがどこまで彼女に伝わるかは分からないけど、思っていたこと、考えていたことを、伝えた。


「前、向かなくちゃいけないよね」


 しばらく沈黙が続いた後、彼女は意を決した様子で静かに一人で頷く。


「伊砂君の力にどこまでなれるか分からないけれど、こんな私で良ければ、不束者ですがどうぞよろしくお願いします!!」


 そう言って彼女はすっと立ち上がり、俺にお辞儀をした。

 その姿に俺はホッと胸を撫でおろす。


「ハハハっ。まるで俺がプロポーズしたみたいだな」


 俺がそういって笑いながら茶化すと、七種さんはゆでだこのように顔を真っ赤にして手をブンブンと振った。


「え、いやいやいや。で、でも伊砂君さえよければ……ゴニョゴニョ」


「ん?」


 モジモジしながら何かを言っていたのを聞き取れず、聞き返してみたのだけど、「なんでもないっ!」と一蹴されてしまったのと、何やら悪寒が走ったので、ひとまず話をここまでにして、鳳凰天星火に許可を貰うべく、二人で小屋を後にしたのだった。

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