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022 七種なずなの過去①

 2036年6月20日。


「校舎裏の廃教会?」


 いつものように荷物運びを疾風から頼まれていた俺は、廊下を歩いている最中に、七種さんの近況を聞いていた。


「ええ。最近はずっとそこに居るみたいですよ。外には出られるくらいには回復したんですが、どうにも教室に来るのは難しいみたいですねぇ」


 ジメジメと蒸し暑いのか、疾風はシャツの胸元をパタパタしながらそう言う。

 雨もザーッと思い切り振ってくれれば歩いて程度は涼しくなるのだけれど、ここのところちょっと降っては止んでを繰り返しているので、微妙な湿度がどうにもこうにも不快で辛いところだ。


「そろそろ昇格試験の時期ですし、受験できるくらいまでなってくれればいいんですけど」


 組内ランキングの上位5名だけが受験することができる、上位クラスへ昇格するための試験。

 6組は3名しか在籍していないので、必然的に全員が受験対象となる。

 ちなみに氷室さんの言った通り、先週、深海は正式に退学処分となったけれど、4名だろうが3名だろうが昇格試験は上位5名までが対象なので、まぁ、今となってはどうでもいい話だ。

 一応疾風から聞いたスケジュールでは、7月11日の登校を最後に、そこから約2か月の長期夏休みに突入するので、昇格試験は7月1日から10日までの間に行うとのことだ。

 具体的な試験内容は7月1日に通知されるということで、1日で終わるものもあれば、10日間まるまるかかるものもあるとのこと。要はその年のその試験官の裁量次第ということになる。


「七種さんか」


 水南さんたちが居なくなってからすっかり元気をなくしていた彼女。

 試験内容にもよるのかもしれないけれど、状態は回復してきたとは言うものの、このままでは彼女がパスすることは難しいのではないかと思ってしまう。

 彼女のことは友人だと思っているし、できたら一緒に5組に上がりたい。


「廃教会ね」


 兎にも角にも今彼女がどういう状況なのか。

 俺はそれを確認するべく、疾風からの雑用を片付けた後、足を廃教会へと運んだ。


 ◇


「こんな建物があったんだな」


 その廃屋を見た感想はそれだった。

 教会とは言っても小屋くらいの大きさで、ヨーロッパにあるような豪勢なものではない。

 校舎の真裏にあるせいもあってか、ここに廃教会があると言われなければ気付かなかったレベルだ。

 ふと小屋の側に目を向けると、そこには植木鉢やプランターが置かれていた。

 土だけのものもあれば、緑色の芽が生えているものもある。花? 七種さんが育てているのだろうか?


「あれ? 伊砂君?」


 俺がまじまじと植木鉢を眺めていると、中からジャージ姿の七種さんが姿を現した。

 俺を見つけた彼女は、とてとてと俺の方に駆け寄ってくる。


「外に出れるようになったみたいだな。大分元気は戻ったか?」


 俺がそう投げかけると、彼女は照れ笑いを浮かべ、人差し指で頬を掻きながら「まぁまぁかな」と返してくる。

 俺を見て何かを怖がっているとか、怯えているとか、そんな様子は感じられない。

思ったより元気そうで少し安心した。


「私に用事だよね。一応中に椅子とかもあるからそこでどうかな?」


 彼女からの提案に俺は無言で頷くと、手招きされるまま廃教会の中へ足を進めた。


 ◇


 廃教会と言うのでどれほど荒れているのかと思ったけれど、七種さんが綺麗に掃除をしているのか、床のタイルが土まみれとかそういう状態にはなっていない。

 若干のカビ臭さと薄暗さを除けば、廃教会と言うか本当に普通の小屋と言った感じだ。

 まぁ、それでもここが廃教会だと思わせる要素としては、目の前の壁に大きく据え付けられている銀色の十字架だろうか。

 ところどころくすんだり、ヒビが入っていたりして、相当年季が入っていることが伺える。今日は特に太陽が顔を出していないので、室内の薄暗さが際立って、若干の薄気味悪いと感じるのは俺だけだろうか。


「ごめん。今椅子を用意するから」


 室内を見回していた俺に向けて、彼女はそう言うと、壁に立てかけられていた複数のパイプ椅子のうち、一番手前のものを開き、部屋の中央にある1脚だけある長机に側に置いた。


「自分の分は自分で用意するぞ」


 俺が気を遣ってそう言うも、「ダイジョブだから」と彼女は手際よくもう一つパイプ椅子を取ると、同じように開いて長机の対面にそれを置いた。


「悪いな、連絡もなしに急に来て」


 パイプ椅子にゆっくりと腰をかけ、対面に彼女が座ったのを確認して俺は話を切り出す。


「ううん。最近は鳳凰天さんが食事の用意とかをしてくれているし、機会がなかったから私も伊砂君とお話したいとは思っていたの。だから、ビックリはしたけど今はちょっと嬉しいの方が勝ってるかも」


 彼女はほんのり頬を赤く染め、上目遣いでそう呟く。

 俺も何だか急に恥ずかしくなって思わず視線を左に逸らした。


 しばらく二人の間を沈黙が包む。

 程なくして冷静さを取り戻した俺は視線を戻し、口を開いた。


「なぁ、登校しないのか?」


 回りくどく言っても仕方がない。

 俺は、俺がここに来た理由をストレートに彼女にぶつける。


「えー、それを伊砂君に言われてもな―。説得力ないよねー」


 すると彼女は急に口を尖らせて、ジト目でそう文句を言った。

 恐らく俺がサボっていた1週間のことを言っているのだろうけど、それと今では状況が違うと言うかなんというか。


「いや、それはそうなんだけどさ。今は真面目にだな――」


「分かってるよ」


 しかし彼女は、俺が抗議をしようとしたところで遮る形でそう呟く。


「分かってる。伊砂君、ずっと私を気にかけてくれてたんだよね」


 伏せられた目。その表情からは茶化しは感じられない。


「ねぇ、伊砂君。少し昔話をしてもいいかな」


 目線を伏せたまま、俺の表情を見ずに彼女はそう問いかけてきた。

 断る理由なんてないし、それに恐らくは彼女がここまで憔悴している理由を教えて呉れようとしているのだろう。

 俺は「あぁ」とだけ返し、彼女の次の言葉を待った。

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