019 幕切れ
俺はデュラハンから少し視線を外して、鳳凰天星火を見た。
微かな身体の動きを確認し、ひとまず一命はとりとめていることを確認する。
とはいえ、重傷であることは間違いない。
流石に今の七種さんの状態でこいつを連れて先に逃げろというのは無理だと分かっているので、とっととデュラハンを片付けて俺が運ぶのが先決か。
「という訳で、悪いけど最初から本気出させてもらうな」
俺の言葉が聞こえているのかいないのか、デュラハンは性懲りもなく触手を俺の方に向けて伸ばしてくる。
「!?」
しかし、それが俺のところまで届くことは無かった。
「固有自在創術『天 宮 の 御 手』」
俺がそう告げた瞬間、周囲がパキパキと音を立て、衝撃波のようなものが前方に広がった。
「神に仕えし天蠍は、凍てつく時の訪れを告げる。『神 秘 の 一 手』」
刹那、デュラハンを中心としたありとあらゆるものが凍りつく。
伸ばした職種もまた例に漏れず、伸ばした状態そのままで凍りつき、静止する。
「よっと」
そして俺は凍りついたデュラハンとの間合いを詰めると、腹部に掌底を叩きこんだ。
デュラハンの氷像は、腹部付近からヒビが広がっていき、程なくしてバラバラの氷塊へと姿を変える。
そしてそのままその氷塊は複数の黒色の自在石へと姿を変えた。
俺はそれらを全て拾うと、七種さんのもとへと小走りで戻る。
七種さんはというと、口をあんぐりと開けたまま、まるで信じられないものを見たと言うような表情で固まっていた。そんなに口を大きく開けていると豆で放り込みたくなってくる。
「さて、と」
そんな彼女はさておき、今は鳳凰天星火の方だ。
ピクリとも動かなくなった彼女の左手首を掴んで脈を確認してみるけれど、血液が流れている感覚がない。
胸元を貫かれているところを見るに、心臓にダメージが入っているかもしれない。これは一刻を争うかもな。
「病院に運ぶ、なんて言っている場合じゃない――か」
俺は彼女を仰向けにし、胸元へ先ほど回収してきた自在石の一つを置く。
「生を渇望するネメアの荒獅子は、魔の心臓を食らいて己が血肉とする。
『活 力 の 一 手』」
少し躊躇したけれど、鳳凰天星火の命には代えられないと判断し、俺はその固有自在創術を発動させた。
彼女の胸元においた自在石は取り込まれるように消え、そしてみるみるうちに傷口が塞がっていく。
しかし目を覚ます気配はない。再度脈を取って見るが、血流も感じない。
「刺激が必要か」
心臓は完全に停止していたのか、その形を戻したところで再度動く気配はない。
いわゆる心臓マッサージ的なもので、何か刺激を与えてやらないと鼓動は戻ってこないと思った俺は、彼女の胸元に手をあてがうと、『TB(雷球)』の汎用自在創術を出力を抑えて発動させた。
俺が発動させる度、ビクンと彼女の身体が跳ね上がる。
数回電気ショックを与えたところで、心臓が動き始めたのか、彼女は口に溜まっていた血を吐き出し、荒い呼吸を繰り返し始めた。
「ふぅ」
何とか命を繋げられたことに俺は安堵して、放っておいた七種さんの方へ改めて目を向けた。
彼女は俺のやり取りを黙って見ており、俺の視線に気づいたところで口を開いた。
「鳳凰天さん。助かったの?」
「あぁ。大分危なかったけど何とかな」
「良かった。良かったよぉ……」
俺の言葉を聞き、彼女は鳳凰天星火の手を取るとわんわんと泣き始めた。
俺はそれを見ながら大きめの絆創膏を右頬に貼り、タトゥーを隠した。
◇
その後、一時間ほど経ったところで、深海の救援依頼を聞きつけたであろう疾風を含めた教師陣が俺たちの下へ到着した。
疾風はその場に俺が居たことで事態が鎮静化したのを悟ったのか、俺たちに少しの聴き取りをした後、既にデュラハンが討伐されていることを以って、自分のクラスで起こったことなので後はこの場を自分に任せて欲しいということで他の教師たちを先に帰した。
「とはいえ、さすが伊砂さんですよね。デュラハンを一人で倒してしまうなんて」
「って言っても、第一形態はこの二人で倒してたけどな。俺が倒したのは第二形態だけ」
「へぇ」
俺のその言葉を受けて、疾風はすやすやと眠る鳳凰天星火と、女の子座りで俺の傍らに座っている七種さんを交互に見た。
「第一形態のデュラハンは二等級が複数人でやっとといったところだと思いますが、それをこの二人がねぇ」
若干真偽を疑っているところだけど、その証人が俺と言うこともあって疾風は納得してくれた。
「ねぇ、第一形態とか第二形態とかってどういうこと?」
七種さんは、俺の袖口を引っ張ってそう尋ねてくる。
「デュラハンっていうのは、鎧を纏った姿を第一形態、それを脱いだ姿を第二形態と呼称しているんだ」
冥界帝デュラハンの名は世に知られていたとしても、この情報は実際に対峙したか、または対峙した者から聞いた人しかほぼほぼ知らない情報だ。
厳密にいえば、色々な書物なんかでそういった情報は拾えるけれど、実際に対峙するような立場でなければそんなことは調べもしないだろうから、まぁ知らないのが普通と言ったところだろうか。
「そうなんだ。私でも一等上級を倒せたんだって思ったんだけど、実際はそうじゃなかったんだね」
そう言って若干落ち込む七種さんに、俺は「いやいや」と付け加える。
「さっき疾風も言っていた通り、第一形態っていっても二等級自在創術士が複数人で倒せるレベルだ。それをたったの二人で倒しきったのは正直言って快挙だ」
別にお世辞を言っているつもりはない。
聞くところによると、咄嗟に閃いた固有自在創術で倒したと言うことだけれど、そもそも固有自在創術だって世に居る自在創術士全員が使えるわけじゃない。
鳳凰天星火はそもそも四等級自在創術士だし、使えるような素振りをしていたから意外性は全く無いけれど、6組では下位の方にいた七種さんが使えたのは正直意外だった。
こう見えて彼女は大器なのかもしれないと、俺は自身の認識を改める。
「ありがとう。でも、もっと早く使えるようになっていれば、唯ちゃんやあずちゃんを救えたかもしれないって思うと、ちょっと……悔しい気持ちになるかな」
後半、涙声になりながら彼女は周囲を見渡す。
そこにはまだ点々と横になっているクラスメイト達。
彼女の目線の先には恐らく水南さんであろう亡骸が横たわっている。
「ねぇ、伊砂君。鳳凰天さんを治したみたいに、唯ちゃん達を治してあげることはできないの?」
懇願するような瞳で、彼女は俺を見る。
だが、俺は彼女に向けて首を横に振った。
「死者を生き返らせることは不可能だ。鳳凰天星火はまだ死ぬ寸前で留まっていたから助けられただけ。まぁ、こいつの地の胆力故かもしれないけどな」
「そっか――。やっぱそうだよね――」
最初から期待をしていなかったのか、七種さんは切ない表情で笑う。
しばらくの間、静寂が俺たちを包む。
疾風は周囲の状況を確認すると言って外したまま、戻って来ていない。
どのくらい沈黙が続いたか、再び七種さんが口を開いた。
「ねぇ、伊砂君。ちょっと胸を貸してもらっていい?」
そうつぶやいた七種さんは、俺の返事を待たずに顔を俺の胸元にうずめてくる。
「これ、今ダメって言ってももう遅いよな」
「大丈夫。伊砂君はそんな意地悪言わないから」
その信頼はどこから来るんだろうと思いながらも、俺はそっと彼女の頭に手を置いた。
すると彼女は、堰を切ったかのように大声で泣き始める。
親友二人の名前を何度も口にしながら、彼女は疲れて眠るまで俺の胸の中で泣き続けたのだった。




