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018 ゼロ

「具現昇華『緋 焔 曼 (スカーレット)殊 沙 華(・リコリス)』」


 私がそう言葉を発すると、デュラハンの足元から緋色の曼殊沙華が無数に咲き誇り、一斉に燃え上がった。


「黄泉の焔よ、焼き尽くせえええぇっ!」


 生み出された焔はデュラハンを包み込むように巻き上がり、次第にそれは竜巻となって、あっという間にデュラハンを飲み込む。


「オオオオオッ!」


 燃え上がる竜巻の中、デュラハンが苦痛のようなうめき声を上げた。

 

「はぁ、はぁ」


 身体の中から何かがごっそりと持っていかれたような、倦怠感、脱力感に似た感覚が私を襲う。

 自在創術が、意志力と呼ばれる未解明のエネルギーを使用して発動していることは知っていたけれど、固有自在創術がここまで燃費の悪いものだとは思わなかった。

 だけど、死との境界で目覚めた会心の一手は、一等上級であるあのデュラハンに確実にダメージを与えていた。


 もしかしたら倒せるかもしれない。

 微かな期待が胸に宿る。


「はあああぁぁぁっ!」


 鳳凰天さんも今が勝機と見たのか、のけぞるデュラハンに向けて、轟々と燃え盛る炎剣を振り下ろした。


 バギギィィン!


 決死の袈裟斬りは、今まで物ともしなかった鎧にヒビを生み、金属が砕け散る音を周囲に響かせる。

 私が作り出した焔で赤々と燃える色に変わっていた漆黒の鎧が、鳳凰天さんの一撃で確かに砕けたのだ。


「オオオオオッ!」


 再び響き渡るデュラハンの叫声。


「鳳凰天さん下がって!」


 ここだと判断し、私は全力で鳳凰天さんに叫ぶ。

 彼女は私の声に反応し、さっと剣を引いて間合いを取った。


「私の意志力全てを賭けて、この一撃で決める!」


 猛々しく燃え盛る曼殊沙華の焔。

 それをデュラハン胸元一点へ集中させるイメージで、私は意志力を注ぎ込んだ。


「開花せよ、『放 射 炎 爆 花(ラジアータ・ブレイズ)』」


 瞬間、デュラハンを包み込んでいた焔の竜巻が、その勢いをデュラハンを一点として収縮し、そして、爆発する。

 まるで大きな一輪の曼殊沙華が花弁を開くように優雅で美しく、だけどデュラハンの鎧を粉々に爆砕する大きな威力で、焔の華は咲き誇った。


「やった……」


 力を使い果たし、意識が飛びそうになるのをぐっとこらえる。

 ふと目線を横に向けると、驚愕した様子を浮かべている鳳凰天さんの横顔。

 私は少しだけ誇らしい気持ちになったと同時、それでも脱力感に耐え切れずに背中から地面に倒れた。


「七種さん!」


 慌てて鳳凰天さんが私に駆け寄ってくれる。


「大丈夫。少し疲れただけだから」


 本当は気絶するくらいにへとへとなのを強がってみせ、何とか最後の力で上半身だけ起こした。


「驚きましたわ。あれほどの自在創術が使えたなんて」


 そう褒めてくれる鳳凰天さんに向けて、私は首を横に振る。


「ううん。今、初めて使えるようになったの。あの謎の声のおかげで」


 私は今まで汎用自在創術だってそんなにうまく使えていた方じゃない。

 ただ、あの声を聞いた瞬間。

 あの瞬間に、脳裏に今の自在創術のイメージが自然と浮かび上がったのだ。

 

「固有自在創術を使えるようになるのって、こんな感じなんだね」


「ええ。切っ掛けは色々だと思いますけれど、わたくしも極限の状態に追い込まれた時に閃きましたから」


 鳳凰天さんはそう言いながら私が立ち上がるの補助してくれようとしたけれど、両足に全く力が入らず、上手く立ち上がれなかった。


「ごめん。しばらく無理みたい」


「あそこまで大規模の自在創術を使った後では仕方ないかもしれませんわね。では体力が回復するのを待って、移動を――」


 そう彼女が言いかけた時、複数の黒い槍のようなものが鳳凰天さんの胸元を貫いた。


「かはっ!」


 鳳凰天さんは口から血を吐き、槍のようなものが引き抜かれると同時に顔から地面に倒れた。


 跳ね上がる鼓動。

 私は今しがた起こった出来事に脳が付いていかず、悲鳴はおろか言葉も発することができなかった。

 やっとのことでデュラハンの方を見やると、そこには影のようなものがゆらゆらと浮かんでいた。

 バラバラに砕け散った鎧の中央に、その人型の影は存在しており、複数の触手を宙に遊ばせている。

 その先には微かに血痕のようなものが付いており、恐らくはあれが鳳凰天さんを貫いたのだと理解ができた。


「倒せてなかった――」


 瞬時に、自分も鳳凰天さんも油断していたことに気付く。

 手ごたえを感じてしまっていた。デュラハンの鎧が砕けたことで、倒せたものだと思い込んでいた。

 愚かにも侮っていたのだ、一等上級にランク付けされている魔物であるにも関わらず。


 ガタガタと身体が再び震えだす。

 自分を護ってくれていた騎士が凶刃に倒れた。

 抗うどころか、逃げる力さえも残っていないこの状況下で、あとはただ蹂躙されるのを待つだけ。

 永遠にも思える一秒一秒が過ぎるごとに、その化け物は私にじりじりとにじり寄ってきていた。


 ふと、デュラハンとは別の気配を感じた。

 暗い洞窟の中、かすれる視界に映った何者かの影。

 敵か味方かさえ判別がつかないけれど、敵であれば今更一体や二体増えたところで何も変わりはしない。

 助けに来てくれた誰かだと信じて、私は恐怖を何とか押し殺しながら、つぶやいた。


「助けて……」


 カラカラに乾いた喉から絞り出すようにして出したその一言。

 枯れ果てたと思った涙が頬を伝う。

 するとその影はこちらへ近づき、私の頬に指を当てて涙を拭ってくれた。


「悪い。遅くなった」


 それは聞き覚えのある声だった。

 その声を聞いた瞬間、安心感が心の中に広がり、ぼやけていた視界が鮮明になった。

 そこに居たのは――。


「伊砂……くん」


「その通り。零等級自在創術士(ミスティック・ゼロ)、伊砂天人ただいま見参! ってな」


 彼はそう言って、ニカッと笑顔を浮かべた。

 零等級とは、赤田君たちが資格を持っていないことを揶揄ってつけた呼称のはず。


「今は冗談何て言ってる場合じゃっ!」


 そう言いかけたところで、伊砂君は左の親指で右頬を拭った。

 すると、彼の頬にタトゥーのようなものが現れる。


「零等級自在創術士は、一等級以下のように明確・明瞭な資格として与えられるものじゃない。代わりに、その身分を明確にするため、徽章でもある創術省のシンボルマークを身体のどこかに特殊な墨で刻んでいる。初耳だろ?」


 私はそう尋ねられ、コクコクと頷いた。

 その時、デュラハンが業を煮やしたのか、鳳凰天さんに向けて放ったそれと同じように、伊砂君に向けて一本の触手を伸ばしてきた。


「危なっ――」


 そう言いかけたところで伊砂君はその触手を寸前でかわし、目の前に来たところで左手で触手の先端を掴んだ。


「おいおい、野暮ったい奴だな。今七種さんと話しているところだろうがっ」


「ギャオオオオオッ!」


 伊砂君が触手をギュっと握ったと同時に、デュラハンが悲鳴をあげる。

 そして、慌てて触手を自分のところへと引き戻した。


「冗談なんかじゃねぇよ」


 伊砂君は立ち上がり、私に背を向けデュラハンを凝視したままそう告げた。


「普通は伊達や酔狂なんかでこんな物騒な魔物を相手なんかしないだろ。――っと、まぁそこでぶっ倒れてるバカは例外だけどな」


 伊砂君はバツが悪そうにガシガシと後頭部を掻きながら、倒れている鳳凰天さんの方をチラ見しながらそう言う。ついでに、「目が覚めた時に説教だ」というのも付け加えていた。


「本当に零等級(ゼロ)――なの? 本当に倒せるの?」


 零等級なんて都市伝説だと思っていた。

 実在しているという噂はあるけど、その存在を見たことがある人は一人もいない。


「ま、本当に零等級かどうかはともかくとして、後者の質問についてはイエスだ」


 伊砂君は自信満々にそう言いながら、付けていた手袋をはめなおす。


「たかが一等級ごとき、俺の相手じゃない。だから安心してそこで見ててくれ」


 伊砂君のその言葉からは嘘をついているような感じはしない。

 不思議とその言葉が真実のように聞こえ、私は「うん」と、その英雄の背中に向けてつぶやいていた。

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