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017 覚醒の兆し

「くっ――」


 的確に繰り出した横薙ぎの一閃は、確かにデュラハンの胸元をとらえていた。

 砕く勢いで、全力で放った一撃。しかし、デュラハンが纏う漆黒の鎧に阻まれ、傷一つ与えることはできていなかった。


「フンッ」


 デュラハンが短い唸り声をあげると、ハルバードの刃先をこちらに突き出してくる。

 わたくしはそれを寸前で避けると、再び剣を振り下ろした。


「はぁ、はぁ」


 しかしその一撃も、全く防がれることなく、デュラハンの漆黒の鎧に簡単に受け止められてしまう。


「受け止める必要すら、ないということですのね」


 『真理の炎翼』は、炎翼の補助で回避能力や推進力を向上させる固有スキルではあるが、身を軽くしたところで、自身の一撃も軽くなると言ったような弱点は存在しない。

 むしろその逆で、零距離でも相手への突撃スピードを向上させてくれるため、何もない一撃よりも重いものとなるはずだ。

 しかしその一撃ですら、デュラハンの鎧には傷一つ付けることすら叶わない。


「わたくしの全力をもってしても太刀打ちできないんですのね」


 秘策や奥の手なんて存在しない。

 強いて言えば、この固有スキルと、今使っている第二世代型の剣型の自在創術具。

 これこそが自身が隠している秘策であったのだが――。


「これが一等上級クラス――ということですか」


 そのあまりの壁の高さに、絶望と言う二文字が脳裏をよぎる。

 水南さんも同じように絶望しながらもその命を散らしたのだろうか。

 沈んでいく気持ちに気付き、わたくしは首をブンブンと振る。

 勝てないことなど最初から分かっていたはずだ。

 わたくしはただこの場で時間稼ぎをすればいい。

 勝つ必要などない。ただ負けなければいいのだ。


「はああぁぁぁっ!」


 再び意志力を高めると、背中の炎の火がより強く燃え上がるのが感覚で分かった。

 ただ、時間を稼ぐには二つの剣とイヤリング、二つの自在創術具を併用するのは燃費が悪い。

 わたくしは、剣に纏わせた炎を消すと、剣型の創術具はただの剣として運用する方針に切り替えた。


 ◇


 どのくらいデュラハンと打ち合っただろうか。

 こちらからは攻撃せず、ただ相手方の攻撃をいなすだけ。

 しかしながら、あまりの攻撃スピードの速さに、わたくしの体力は限界を迎え始めていた。


「はぁ、はぁ」


 額から頬を伝った汗が、顎先から雫となって地面に落ちる。

 こちらが攻撃を仕掛けないと分かったのか、デュラハンはあからさまに攻撃速度をあげてきていた。

 連続で突き出されるハルバード。

 それを剣の腹で受け止め、時には払いあげて刃先の軌道を変えることで、何とか攻撃を逸らしていたが、遂に速度に追いつけずに、一閃がわたくしの左肩を貫いた。


「ぐっ――」


 焼けるような痛みが肩から広がり、思わず左膝が地面に付く。


 ◇


「鳳凰天さんっ!」


 私はその光景を目にして思わず叫んでいた。

 目の前で私の事を守ってくれている少女。

 その肩をハルバードの漆黒の槍が貫いている光景を。


「ぐっ――」


 鳳凰天さんは左膝を地面につけ、荒い呼吸を繰り返している。

 デュラハンは満足そうに槍を一払いし、刃先に付いていた血を地面に散らした。


「もう、無理だよ――」


 あまりの絶望的な状況に、私は思わずそう呟いてしまう。

 しかし鳳凰天さんは、きっと歯を食いしばって立ち上がり、首を横に振った。


「無理じゃありませんわ」


 左肩を右手で庇いながら、立ち上がり彼女は震える声でそうつぶやく。


「あなたには聞こえませんの? 大丈夫だと、なんとかなると語りかけてくる誰かの声が」


 誰かの声?

 耳を澄ませてみるが、誰かの声なんて――。


 ――大丈夫。


「えっ!?」


――もうすぐで、助けが来るから。


 聞こえた。確かに聞こえた。

 慌てて周囲を見回すけれど、鳳凰天さん以外は誰も居ない。


「どうやら聞こえたようですわね」


 鳳凰天さんは満足げに口角を吊り上げ、両手で剣を握りしめた。


「どういう訳か分かりませんが、この声を聞いていると不思議と力が湧いてきますの。ここで膝を折る訳にはいかない、負けるわけにはいかないと」


 鳳凰天さんはそう言いながら、デュラハンの次の攻撃を剣の腹で受け止める。


「あなたは、あなただけはわたくしが守り抜きますわ」


 彼女はそう言って足に力を入れると、デュラハンの槍をそのまま力に任せて押し返した。

 再び始まる二者の攻防。

 無数の攻撃を繰り出すデュラハンと、それを防ぐ鳳凰天さん。

 一見して互角に打ち合っているように見えるけれど、明らかに手を抜いている様子であるデュラハンに対して、鳳凰天さんは時折表情を歪ませながら、それでも剣を振るっている。


 私は何をしているんだろう。


 ふとそんな思いが脳裏をよぎった。

 ただ怯えるばかりで、唯ちゃんや鳳凰天さんに守られるだけの存在。

 親友の死を前に、強者を前にただ震えているだけの弱い存在。

 これで一流の自在創術士を目指しているなんて――、なんの冗談だろうか。


 私も一緒に戦うんだ。

 そう思って立ち上がろうにも、手が、足が震える。


「動けっ!」


 力任せに太ももを殴るが、鈍い痛みが返ってくるだけで、震えは止まってくれない。


「動いて、動いて、動いてよぉっ!」


 止めどなく流れ続ける涙を力任せに拭い、何度も何度も自分に喝を入れる。


 もうこれ以上大事な人たちを失わないために。

 彼女たちのように、自分も誰かを守れる存在になるために。


 ――大丈夫。


 再び聞こえる謎の声。


 ――なずなちゃんなら、大丈夫だから。


 温かく優しさに包まれた声。

 今なら彼女が言っていたことが分かる。

 この声を聞いていると不思議と力が沸いてくると。


「そっか。こういう感覚だったんだ」


 いつの間にか震えは止まっていた。

 私は両足に力を入れると、勢いよく立ち上がる。


「七種さん!?」


 急に横に並び立った私に鳳凰天さんは困惑した表情を浮かべていた。

 私は彼女に目線だけを送り、自身も戦う意思があることを伝える。

 鳳凰天さんにもそれが伝わったかのか、彼女は無言で頷くと、二人で目の前の強敵を見やった。

 そいつは衰えない黒いオーラを纏いながら、二人に増えたところでなんだといった様子で、こちらを伺っている。


「私があいつの攻撃を受け止めます。あなたはその隙をついて、背後から攻撃を」


 鳳凰天さんがデュラハンを凝視したまま、小声でそう伝えてきた。

 次の瞬間、デュラハンの槍の一閃が、こちらに向けて突き出されてくる。


「今ですっ!」


 彼女が剣の腹でそれを受け止めると同時に、そう叫んだ。

 刹那、私の中で何か大きな力が膨れ上がってきたのが分かった。

 先ほどの謎の声の主から与えられた力。

 それが、私の奥底で眠っていた何かを覚醒させるかのように循環し、気付けば自然とその言葉を発していた。


「固有自在創術『具 現 昇 華ブルーミング・フラワー』」


 そう発した瞬間、私の胸元でペンダント型の創術具が煌めいた。

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