016 助っ人
深海君が無謀な探索を始めたことに危機感を覚えたわたくしは、全然使い物にならない相方には頼らず、自身で何かできることがないかを考えた。
「こうしてずっと外に居るのも退屈ですわね。まぁ、退屈なのはいいことなのですけど」
わたくしが出した結論、それは魔洞の外で常に待機をしていることだった。
彼らになにかがあった場合、恐らく最も後方に居る水南さんのグループが助けを呼びに来るはず。その報せを聞いて助けに行けばいい。
いくらか犠牲は出てしまうかもしれないけれど、わたくしたちの随行を良しとしない彼らに対して、取れる対策としてはこれしか考えつかなかった。
「う、うああぁぁぁっ!」
物思いにふけっていると、背後から叫び声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには深海君の姿。
全力で走ってきたのか、息も絶え絶えで、その顔色は恐怖に染まっている。
「一体何があったんだ!?」
守衛の一人が彼に駆け寄り、地面に四つん這いになっている深海君に尋ねる。
「ば、化け物。化け物が出たんだ」
「化け物?」
尋ねていた守衛が訝しげな表情を浮かべるが、深海君のその様子を見て、ただ事ではないと感じ取ったのか、聞き取りはそこそこに、他の三人の守衛に慌てて中を見てくるよう指示を飛ばした。
「何があったんですの」
わたくしも深海君に駆け寄ると、至って冷静に、再度守衛と同じように尋ねる。
「鳳凰天……」
こちらを見上げる深海君にいつものような自信は感じられず、ただただ顔を青くして震えている。
「これはダメですわね」
何も情報が得られないと踏んだわたくしは、深海君からはすっと目を背け、魔洞の中へ目を向ける。
確か今日、彼らは中層の入口の方まで向かうと言っていたはず。
彼や一緒に居たはずの水南さんの戦力を考えると、中層の入口程度に居る魔物で彼がここまで怯えることは無いはず。
化け物という漠然とした表現から察するに、恐らくはそこで出るはずのない高位の、それこそ一等級レベルの魔物が出現したとも考えられる。
だとしたら自分が向かったところで太刀打ちできないかもしれないけれど、たった今向かった守衛は恐らく三等級若しくは二等級の自在創術士。
例えば生き残った生徒を守る役目をわたくしが引き受ければ、彼らは戦いに集中することはできるはずだ。
「本当。当たって欲しくない予感ほど当たるものですわ」
最悪の事態が発生したことに苛立ちを覚えながらも、わたくしは全員の無事を祈りながら、魔洞の中へ駆けていった。
◇
「どういう……、ことですの……」
しばらく走った先、丁度上層の中間地点位に、そいつは居た。
禍々しいオーラを纏い、漆黒の鎧を纏った首なしの騎士。
「≪冥界帝≫デュラハン……」
そこに居たのは一等上級に格付けされる最凶の名を冠した魔物だった。
「何の冗談ですのよ」
目の前に転がっているのは、わたくしより先に魔洞へ突入した守衛三人の姿。
辺り一面を血の海で染め、彼らは力なく横たわっている。
どうしてこんなヤバい魔物がこんなところに出現しているのか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
目の前には恐らく生き残りであろう七種さんが、こちらを見て大粒の涙を流しながら恐怖を訴えてくる。
彼女の前には血だらけの水南さんが、彼女を守るように立っており、今にも――。
「いえ、もう手遅れですわね」
わたくしは手に持っていた剣を構え、その刀身に炎を纏わせた。通常時でも真っ赤な刀身のその剣は、炎を纏ったことでより赤くその身を煌めかせる。
アンデッドに分類されるであろうデュラハンには、四属性のうち炎が効果的だと判断してのことだが、これがどこまで通用するかは分からない。
水南さんへ無常に振り下ろされるハルバード。
それを受け止めるような形で、私は炎の剣を滑り込ませた。
「死者へのこれ以上の愚弄は見過ごせませんわ」
水南さんからは既に生気は感じられない。
彼女は、水南さんは七種さんを守るように立ったまま、事切れていた。
「あとはわたくしが引き受けます。ですから、あなたはゆっくりお休みなさい」
わたくしがそう伝えると、そのまま力なく水南さんは地面に落ちる。
死してなお、七種さんを守ろうとした女騎士の最期に敬意を捧げながら、わたくしは目の前の魔物を睨みつけた。
「唯ちゃん、唯ちゃん」
声にならないような声で、七種さんは必死に水南さんの両肩を揺さぶる。
「ねぇ、目を覚まして。お願い、お願いよぉ……」
七種さんが何度呼びかけても水南さんは言葉を返さない。
だらりと力なくおろした手を七種さんが掴んだところで、やっと水南さんの状態が分かったのだろう。彼女は水南さんを思いきり抱き締め、声を押し殺すように泣いていた。
見れば七種さんは両足を切られたのか、夥しいほどの血を足から流している。
この状況から恐らく彼女は戦力にはならないし、助けを呼んでもらおうにも動くことすらままならないだろう。
デュラハンの後方を見るに、何人かの生徒の亡骸のようなものも伺える。
恐らく生き残っているのは七種さん一人だけ。そして今、この状況下でこのデュラハンとまともに戦えるのがわたくしだけということを理解した。
せめてもの希望は、深海君や守衛の一人が恐らく増援を呼んでくれるだろうということ。
そこまで持ちこたえられれば、わたくしの勝利ですわ。
「四等級自在創術士、鳳凰天星火。鳳凰天家の名に懸けて、全力で時間稼ぎをさせていただきますわ」
自分を奮い立たせるため、私は高らかにそう宣言し、デュラハンへ向けて炎剣の先を突き付けた。
デュラハンはそれが気に入らなかったのか、少し憤慨した様子でハルバードを荒々しく振り回す。
そして、俊敏な動きでハルバードをわたくし目がけて振り下ろしてきた。
「固有自在創術『真 理 の 炎 翼』」
そう告げた瞬間、わたくしの背中の右半分に、炎でできた大きな翼が顕現する。
そして、振り下ろされたハルバードをバク宙の要領でかわすと、呆気に取られるデュラハンを尻目に、固有自在創術で上昇させた推進力に任せて、あっという間にデュラハンとの間合いを詰め、その胸板に炎の剣を叩きこんだ。




