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015 冥界帝

2025年5月29日放課後。


 2度目の月末ランキングを翌日に控えたこの日。

 学園始まって以来の、最大にして最悪の惨劇は起こった。


 その日、俺は下層手前まで潜り、魔物を狩りながら下層の魔物の生息状況を確認していた。


ビビビッ、ビビビッ。


 不意に俺の懐から鳴り響いたのは、創術具『テレパスコール』の音。


「なんで、テレパスコールが……?」


 テレパスコールとは、第一世代から第三世代の創術具とは用途が全く異なる、特殊な自在石で作られた創術具のことだ。

主に救難信号を送受信するためのもので、電波なども届かない魔洞では、携帯電話などは圏外となるため、何かあった時に誰かに助けを求めるためのものが必要だと言うことで、約20年前に開発されたがこのテレパスコールなのだ。

 このテレパスコールの信号を受けるには、相手が持つテレパスコールを俺のテレパスコールに登録しておく必要がある。

 が、この学園に入学してから俺のテレパスコールには誰一人として登録なんてしていないはずなのに、一体誰からの救難信号なんだ?


「この魔洞の中層?」


 テレパスコールの立体映像機能を使って、受信した相手方の現在地を宙に映し出すと、そこはこの魔洞の中層。


 魔洞の中層、救難信号――。


「まさか……、な」


 脳裏に浮かぶのは七種さんの顔。

 嫌な予感が俺の頭から消えてくれない。


「勘違いであってくれよ」


 俺はそう願いながら踵を返し、中層に向かって走り始めた。


 ◇


「今日は順調だな」


 狭い魔洞の道の先頭を歩く深海君が、機嫌良さそうに後方にいる私たちにそう声をかける。


「そうだな、深海」


 深海君のグループの一人、赤髪がトレードマークの赤田君だけが意気揚々とそう反応するものの、他のクラスメイト達の反応は、私を含めて非常に鈍いものだった。


「ったく。時化てんなぁ」


「仕方ないさ。皆には無理にここまで付き合ってもらっているんだ。特に下位の子たちは僕たちに付いてくるだけで必死なんだから」


 上から言われているようで少しムッとしたけれど、彼が言っていることは事実だ。

 ここに来る途中で何体かの強い魔物と対峙し、大体は深海君や唯ちゃんのおかげで何とか対処できているものの、攻撃を受けたり、躱したり、私自身はかなり疲労困憊だった。


「今日はここまでにしない? 帰りもあるし、これ以上の探索は無茶だわ」


 未だ顔色一つ変えない唯ちゃんが、深海君へそう抗議すると、深海君はため息を吐く。


「今日は順調だって言っただろう。何なら一等級の魔物が出てきても倒せそうなのに、ここで引き返すなんて勿体なさすぎる。帰りたければ君たちだけで帰ればいいじゃないか。君たちだけで帰れるならね」


 しかし、深海君は唯ちゃんの抗議を全く聞き入れないどころか、中層から私たちだけで引き返すことが危険だと言うことを分かった上でそんな嫌味な言い方をしてきた。

 要するに、安全に帰りたければ俺に従えということだ。何て性格が悪いんだろう。大嫌い。

 唯ちゃんも、一人で私たち全員を守り抜くことができていないと思っているのか、苦虫を嚙みつぶしたような顔で引き下がった。


「ふん。分かればいいのさ」


 深海君は面倒くさそうにそう言うと、スタスタと歩を進める。

 しかし、しばらく進んだところで彼は足をピタリと止めた。


「おい、何か変なオーラを感じないか?」


 深海君は自分よりも前を歩いていた赤田君にそう問いかける。


「ん? 別に変なオーラ何て――」


 そう彼が言った瞬間だった。

 キンッという何か金属がこすれる音がしたかと思うと、赤田君がこちらを振り返ったまま、首から上を地面に落とした。

 一瞬何が起こったのか分からず、私たちは呆気に取られる。

 しかし、胴体が地面にドサリと倒れたことで一気に脳が覚醒し、赤田君が何者かによって首を斬られたという事実が私の全身を駆け巡った。


「きゃああああぁっっっ!」


 その光景を見ていられず、目を地面に落として思わず叫び声をあげる。

 私のそれによって周りの生徒たちも事態を把握し始めたのか、混乱が入り混じった叫び声を各々が上げ始めた。


「な、なんなんだよ――」


 赤田君が死んだことで先頭となった深海君が、指輪型の創術具から炎の剣を顕現させ、その何者かに向けて構える。

 こちらに一歩ずつ近づいてくる何者かの足音。

道の両脇に備え付けられた灯りが、徐々にその姿を照らし出し始めたところで、深海君が震える声で呟いた。


「≪冥界帝≫デュラハン――」


 眼光を光らせた大きな黒い馬にまたがり、漆黒の鎧を身に纏った胴体だけのその魔物は、真っ赤な血に染められた日本刀の刃先をこちらに向け、ゆっくりゆっくりと近づいてくる。


 私もその名は聞いたことがある。

 危険度が高い順から一等級、二等級と分類される魔物の中で、一等上級にその名を連ねる最凶の鎧の騎士。

 一等級自在創術士複数人で何とか討伐できるほどの凶悪さであり、私たちなんかでは手も足も出ないことは明白な相手だった。


「う、うわああああっ!」


 それが分かるや否や、深海君はすぐ後ろに居た女子生徒の背中を突き飛ばし、我先に私たちの横をすり抜け、逃げていった。


 は?

 全員がそのあり得ない行動に呆気に取られる。

 そして、突き飛ばされた女子生徒は、デュラハンの日本刀によっていとも簡単に斬り伏せられた。

 再び私たちを襲う混乱。

 私含め、我先にと逃げ始めるが、何せ一本道の狭い通路。

 どこかに隠れてやり過ごすこともできなければ、足は相手の方が速い。

 先頭に居た生徒から順々に切り伏せられ、日本刀の切れ味が悪くなったかと思うと、今度は空中に無数の鉄の槍を顕現させ、それを投擲してくる。

 一人、二人とその槍の餌食になり、気が付けば走っているのは唯ちゃん、あずちゃん、私の後方に居た三人だけだった。

 唯ちゃんに至っては何度かデュラハンの攻撃を受けたのか、血まみれでボロボロの姿になっている。


「なっちゃん!」


 無我夢中で走る私の名前を呼ぶ親友の声。

 振り返った私の眼に飛び込んできたのは、私を守るようにして無数の鉄の槍に貫かれる親友の姿だった。


「あずちゃん!」


 目の前で地に伏せる親友を見て、恐怖で腰が抜ける。


「なずなっ!」


 もう一人の親友が、ボロボロの姿で一等上級に分類される最凶の魔物に斬りかかった。

 彼女の持つ大剣型の創術具が火を噴き、デュラハンを袈裟斬りにするが、鎧にはヒビどころかかすり傷も付いていない。


「この化け物っ」


 唯ちゃんは苦虫を嚙み潰したような顔で何度も何度も斬りかかるけど、デュラハンに傷を付けることさえできない。


「かはっ」


 ハルバードで肉を切られ、鉄の槍で肩を貫かれ、壁に叩きつけられ、それでも唯ちゃんは私の前に立ち、デュラハンに剣を向けてくれていた。


「唯ちゃん、唯ちゃん」


 大粒の涙を流しながら、私はその満身創痍の姿を見ていることしかできない。

 足が震える、声が震える。体全体が震える。

 助けて、誰か助けて。


 助けて――、伊砂君。

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