013 生まれた溝
「はぁ、はぁ」
私はひた走る。ただただ出口を求めて。
「はぁ、はぁ」
「なっちゃん!」
背後から聞こえる悲痛な叫びは親友の声。
振り返った私の眼に飛び込んできたのは、私を守るようにして無数の鉄の槍に貫かれる親友の姿だった。
「あずちゃん!」
目の前で血飛沫をあげて地に伏せる親友を見て、恐怖で腰が抜ける。
そんな私にジリジリとにじり寄ってくるのは、大きな黒い馬に乗った首のない鎧の騎士。
≪冥界帝≫デュラハン。
「なずなっ!」
もう一人の親友がボロボロの姿で、一等上級に分類される最凶の魔物に斬りかかる。
彼女の持つ大剣型の創術具が火を噴き、デュラハンを袈裟斬りにするが、鎧にはヒビどころかかすり傷も付いていない。
「この化け物っ」
唯ちゃんは苦虫を嚙み潰したような顔で何度も何度も斬りかかるけど、デュラハンに傷を付けることさえできない。
するとデュラハンは、何もない空間から禍々しいオーラを放つハルバードを顕現させ、唯ちゃんをそのまま薙ぎ払った。
羽虫を払うような、そんな軽い一撃で、唯ちゃんの身体は大きく私の真横へ飛ばされ、壁に激突する。
私はジリジリと後退していたのか、気付けば背中には魔洞の壁。
それはすなわち、これ以上逃げ場がないことを意味していた。
「かはっ」
壁に激突した衝撃で、唯ちゃんが血を吐く。
「唯ちゃん、唯ちゃん」
身体を揺すってみるが、反応がない。
辛うじて息はあるけど、既に虫の息だ。
どうして――、どうしてこんなことになったの――。
こんなことなら、伊砂君の忠告を素直に聞いておくべきだった。
後悔する私の眼前。
デュラハンは手に持ったハルバードをゆっくりと振りかぶっていた。
◇
2036年5月1日。
4月末時点での組内ランキングが6組教室の後方掲示板に張り出されたことで、教室内はざわめきに包まれた。
『4月末時点組内ランキング』
1位 鳳凰天 星火 398点
2位 伊砂 空人 380点
3位 深海 光一郎 338点
4位 水南 唯 321点
・
・
・
17位 柊梓 265点
・
・
・
36位 七種なずな 128点
・
・
・
4月は定期考査がないため、初日に実施したらしい五科目の学力試験(最高100点)と4月中の魔物討伐の得点の合計が今回の点数となる。
当然1週間サボタージュをしていた俺の学力試験の点数は0点な訳で、圧倒的な最下位だったのだけど、まぁ適度に魔洞に潜って魔物を狩っていたおかげでどうやら2位まで浮上することができたらしい。
いやー、思いのほか上々だ。
「こんなの何かの間違いだ!」
掲示板に張り出されていた結果を見て、突如として深海光一郎がヒステリックに叫ぶ。
そして俺の胸倉をつか――もうとしたところで、鳳凰天星火に腕を掴まれた。
「暴力は見過ごせませんわね」
そう言われた深海は憎々しそうに鳳凰天星火を睨みつけると、舌打ちだけして踵を返した。
去り際に「このペテン師が」という捨て台詞を吐いたのを俺は聞き逃さなかったが、まぁ、心の中のデ○ノートに名前を書いておくだけで許しておいてやるか。
「朝の鍛錬ではここまで成績を伸ばすほどの魔物は倒していなかった。どんなカラクリか、わたくしには説明してくださいますわよね」
とりあえず面倒ごとに巻き込まれて済んだと思ったのも束の間、それ以上に厄介な奴が横で俺を睨んでいた。
背後からゴゴゴと何かが燃え上がる音が聞こえるのは気のせいだろうか。
「カラクリも何も、ただ放課後に魔物をたくさん倒しただけ、それだけだよ」
嘘は言っていない。本当のことだ。
しかしそんな俺の言葉が信用できないのか、鳳凰天星火は疑いの目を緩める気配がない。
「――確かに自在創術の腕がそれなりであることは認めますわ。でも自在創術士の資格を持たないあなたが……、いえ、資格と力量は完璧に比例するわけではありませんわね。まぁ、あなたのことですから、どうせ推し活用の資金稼ぎにたくさん魔物を倒したといったところでしょうけど、動機はどうであれ今はあなたの力量を素直に認めますわ」
鳳凰天星火は自問自答のようにそう言うと、ふっと肩から力を抜いた。
というかこいつの洞察力はすさまじいな。俺の崇高なる動機が見破られるとは。
その後は特に誰からも話しかけられることもなく、その日一日は平穏そのものだったのだが、翌日から少し教室内の雰囲気が変わった。
「おい、伊砂。お前自在創術士の資格を持っていないらしいな」
「あん?」
朝登校し、席に着いたところで、急にお茶羅けた感じのギャル男が俺に話しかけてきた。
髪を真っ赤に染め、両耳にはピアス。ギャル男と表現したが、不良と言っても差支えない風貌の男は、ガムをクチャクチャと嚙みながら俺を蔑んだように見下ろしてくる。
「だーかーらー。お前無資格なんだろ? 昨日鳳凰天と会話してるところを聞いたんだよ」
あぁ、あの会話かと思い至る。
「んで、それがどしたの?」
何だか面倒くさい絡み方だなと思いながら、鞄の中から教科書類を取り出し、机の中に放り込みながらそう答えた。
「いやぁ、無資格で第2位まで上り詰めるなんてさ。そうとうお強いんだろうなと思って。なぁ、お前ら」
赤髪は後ろに控えていた2人の男子生徒に同意を求める。
後ろの2人も、癇に障るような薄ら笑いを浮かべて、「あぁ」とか「おう」とか返事をした。
「そんな伊砂君を称えて、伝説になぞらえた『零等級』とそう呼ぶことにしたんだよ」
何が面白いのかキャッキャと笑いながら赤髪がそう言う。
まぁこいつらのこの舐めた感じを見る限り、どうせ俺が何かのペテンで点数を稼いだとでも思っているのだろう。
「それご唱和あれ。ゼーロ、ゼーロ」
不良3人衆が赤髪の号令に従ってゼロコールを始める。
周りの生徒たちは怪訝な様子でそれを見ながらも、誰も止める素振りをしない。そんなことをすれば自分も標的にされることを恐れているからだ。
あまりにもそれがしつこいので、流石にイラっときた俺は、とりあえず後ろで関係ないと言った顔で座っている黒幕にも向けて口を開いた。
「そう呼んでもらえるのは身に余る光栄だ。んで、とりあえずお前ら深海とやらの差し金だろ。いくら俺に順位を抜かれたのが悔しいからってこういうのはよろしくないと思うぞ」
俺がそう言うと、深海はこちらを一瞥する。
「あぁん? 深海が何の関係があるってんだよ」
俺の言葉に明らかに動揺している赤髪。なんだこいつ、深海に弱みでも握られてんのか?
「お前ら深海グループのメンツだろ。昨日の今日だし、リーダーにあいつを貶めてこいとでも命令されたか?」
俺のその指摘に教室の視線が一気に深海に向けられた。
流石にここまで言われて無視を決め込むわけにはいかないとでも思ったのか、深海は机に両手をついて立ち上がると、笑顔でこちらに近づいてきた。
「すまないね、うちのグループメンバーが粗相をしたようで。僕の命令ではないけれど、彼らはボクの名誉を守ろうとしてくれたのかもしれない。誇らしい仲間たちだよ」
至って表情は穏やかそのもの。しかし身体からにじみ出る殺意は消しきれてないぞ、未熟者め。
「ま、別に誰の命令とかは別にどうでもいいけど、とりえずメンバーの首根っこくらいきちんと掴んでおけよな。リーダーの底が知れるぞ」
思わず煽ってしまうとは、俺も人のことは言えないな。ま、でもこんなあからさまな殺意向けられたら俺も思うところはあるじゃん。さすがに。
ただ俺の煽りは、深海のプライドにクリティカルヒットしたのか、顔は笑顔のままだが頬は引きつり、額には青筋が浮き上がっている。
「そ、そうだね。気を付けるよ」
声を震わせながら、何とか理性を保ち切った深海は、3人を連れてそのままどこかに消えていったのだった。




