012 夜の密会
「お邪魔しま~す」
七種さんは、俺の後に付いて恐る恐る部屋に入ってくる。
「へぇ~、意外と綺麗」
「意外は余計だ」
キョロキョロと周囲を見回す彼女にそう言いながら勉強机用の椅子に案内すると「こっちがいい」と言ってベッドの上にどかりと座り込んだ。
「ふかふかだ~」
そう言いながら右へ左へとゴロゴロ転がる彼女を見ながら、マーキングする猫かよとため息をつく。
別にベッドなんてどこの部屋でも同じ者が設えているだろうに。
というか、今日初めましての男の部屋に上がり込んで、これは厚かましいというのか、肝が据わっていると言うのか、何と言うのか。
「その格好で動き回るとパンツ見えるぞ」
俺は空いたままの勉強机用の椅子に腰かけると、尚もゴロゴロしている七種さんに向けてとりあえずそう忠告する。
すると彼女はパッと起き上がり、「大丈夫だよ。ほら」とスカートをヒラヒラして見せた。
どうやら下に何か履いているようで、黒い短パンらしきものが見える。ちっ。
「伊砂君、こんなところ見てるなんて、えっちだねぇ」
ニシシと笑いながら俺をいじってくる七種さんを尻目に、「とりあえずココアでいいか?」と尋ねると、「ありがとう」と言って彼女は笑顔で頷いた。
10分後。
ココアが入ったカップを彼女へ手渡す。
「あったか~い」
彼女は受け取ったそれにさっそく口を付けると、幸せそうな声でそう呟く。
猫舌であることを危惧して、少し冷ましてから渡したのだけど、丁度いい加減だったようで良かった。
「あ、そうだ。待ってる間にこれ見つけたんだけど」
そう言って、彼女は机の上に出ていたファンデーションを指差した。
「伊砂君。こういうのはちょっといただけないよ」
ジト目で見てくる七種さん。
多分誰か女性を連れ込んだのだと誤解されているのだろう。さて、どう伝えたものかなと考えを巡らせる。
「勘違いだよ。これは俺の私物だ」
俺はその机の上のファンデーションを洗面所に持って行きながら彼女にそう伝えた。
ま、変に誤魔化すよりありのまま真実を伝えたほうがいいだろう。
「ふーん。ま、別にいいけど」
しかし、彼女は疑惑を隠す気のない声色で表面上納得したような言葉を告げる。
「はっ! まさか、伊砂君そういう趣味が――」
「いやいや、ねーから。なんならクローゼット見るか!?」
とりあえずそのような衣装が無いと言うことを確認してもらってそちらの誤解は晴れた。
結局女性を連れ込んでいるという誤解は与えたままではあるけど、そういう癖があると勘違いされるよりはよっぽどマシだということで、何となく有耶無耶にしつつ話題は本題に。
とりあえずアオイたその魅力について軽く30分程度語ったところで、二人でアオイたその1stライブを見ることになった。
「良かった~。涙で歌が詰まるところなんて、私も泣いちゃったよ~」
「そうか。分かってくれるか」
DVDを見終わった後、二人で涙しながら感想を語りあう。
「そうだ、実は最近幻のCDを手に入れてな。ちょっと待っててくれ」
そう言いながら、疾風から受け取ったCDを探すが、あれ、おかしいな、どこにも見当たらない。
丁重にしまっていたはずなのに、どこにいったんだろう。
「どうしたの?」
気になって覗きに来る七種さんに、「いや、ごめんなんでもない」と返した。
ま、その内どこかから出てくるだろうと思って、俺は椅子に戻った。
「あ、ゲーム機あるじゃん。ゲームやろうよゲーム」
その間、俺の机の引き出しを勝手に漁っていた七種さんが、目ざとくゲーム機を見つけてそう言ってきた。
一昔前の、赤と青のコントローラーが画面に取り付けられたゲーム機を取り出し、俺が良いとも悪いとも言う前に彼女は、テレビにそれを取り付け始める。
ま、別にいいんだけど。
「いやぁ懐かしいな~。ちっちゃい頃これでたくさん遊んだんだよね~」
「結構古いやつだぞ、それ」
テレビやモニターに繋ぐ形式のゲームは一昔前の型式だ。
VRゲームが主流となっている今では、そもそも存在自体知らないって言われてもおかしくないだろうに。
「私最近のゲームってどうも一緒に遊んでるって感覚がしないんだよね~。その点昔のゲームは一つの画面を共有しながら、一緒にプレイできるから、私はこっちの方が好き」
そう言いながら、彼女は手慣れた手つきでゲーム機とテレビをHDMIケーブルでつなぐ。
「ソフトは~。あ、これにしよう」
彼女が手にしたのは、髭を生やした赤い服のおじさんが中央でゴーカートに乗りながら微笑んでいるパッケージのゲームだった。所謂レースゲームと言うやつだ。
「いやいや。それは基本的にオンラインプレイがメインだから、今でもやってる人なんて居ないと思うぞ」
「あ、そっか」
俺の指摘に彼女は「なるほど」と納得すると、引き出しをごそごそ漁りだし「じゃあこれは?」と次のソフトを俺に見せてきた。
若い車掌服姿の男の子が敬礼をしているパッケージ。これはすごろくゲームだな。
「100年耐久だね」
「COMを抜いてもガチで2日はかかるが」
しかも2徹で。
「冗談だよ、冗談。えっと……10年くらいでいいよね」
七種さんはからかうように笑うと、これまた手慣れた手つきで電源を入れ、ゲームの設定を始める。
COM抜きで、俺と七種さんの二人対戦。
年数を10年と入力したところで、画面には見込みプレイ時間が「3時間」と表示されていた。ざっと1年あたり18分といったところか。
今が24時くらいなので、終わるのは大体夜中の3時……。
「お嬢さん。夜更かしはお肌の大敵でございますわよ」
「毎日お手入れしているから平気ですー」
俺のささやかな抵抗も空しく、七種さんは決定ボタンを押して、そのまま深夜のすごろくゲーム大会が始まった。
◇
優勝、七種さん。最終資産15兆円。
準優勝、俺。最終資産55億円……の赤字。
圧倒的敗北。
「どうしてこうなった」
四つん這いになる俺の背中に優雅に座る七種さんは、貴族のように高笑いをしていた。
ちなみにこれは罰ゲームで、負けた方は勝った方の言うことを何でも(常識的な範囲で)聞くとうことだったので、勝者の命令に敗者従っているだけなのである。
別にご褒美とか思ってねーし。本当だし。
というか10年であの最高額の物件って買えるの? チートじゃねこれ。
そう思いながらふと時計に目をやると、時刻は夜中の4時を回ったところだった。
「やべっ。あまりにも楽しすぎてこんな時間になるまで気が付かなかった」
「確かに。私もとても楽しかったから時間気にしてなかったよ~」
焦っている俺に反して、呑気な様子で彼女はそう告げる。
いや、時計見てる? 今夜中の4時ですよ。
「とりあえず部屋まで送っていくから」
「へーきへーき。私の部屋二つ隣だから」
「あ、そうなの?」
うーんと背伸びをしながら七種さんは「うん」と言いながら頷く。
ここの寮はアパートタイプなので、建物ごとに男女が分かれているといったことはないのは確かだ。
「じゃあ今来たとこっていうのは――」
「あぁ。窓からちょうど意気揚々と伊砂君が帰ってくるのが見えたから、外に出て待ってただけ」
「え、でもなんか寒そうに震えていたような……」
「そういう風に見せたら中に入れてくれるかなって。いやー、伊砂君が優しくて良かったよ」
んだよっ、このクソギャルぅ!
無茶苦茶待たせてしまったんじゃないかと思ったあの時の俺の罪悪感を返せ。
「じゃ、私は部屋に帰るね。おやすみ~、また来るね~」
そう言いながら七種さんは手をヒラヒラと振ると、そのままドアを開けて帰っていった。
「はぁ、何だかどっと疲れた。片付けて俺も寝よう」
俺はため息をつきながら出しっぱなしのゲームを一人で片づけ、そのまま疲れた体をベッドにダイブさせた。
ピンポーン。
夢の中へ旅立とうとしたところで、不意のチャイム音で意識が覚醒する。
七種さんか? 忘れ物でもしたのかな。
重い体を起こし、よたよたとした足取りで玄関に向かい、開錠してドアを開けた。
「ご機嫌よう、天人」
そこに立っていたのは、既に制服姿に着替え、完璧にメイクもこなしていた鳳凰天星火だった。
時計を見ると時刻は4時半……。
わ、す、れ、て、た、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、あ、あ、あ、あ、あ。
「さぁ、今日も自主練に行きますわよ」
「……、はい」
俺はそれだけ告げると、心で泣きながら制服に着替えるために室内に戻っていったのだった。




