010 弱者?
「今回の事はいじめだと水南さんは言ったけど、いじめって言葉は略さず言うと、弱い者いじめってことだ」
水南さんはコクリと頷く。
「じゃあその認識は間違っているんじゃないか。鳳凰天星火は『弱い者』ではないからな」
俺は呆気に取られたような表情をする三人を尻目に続けた。
「だって6組の中であいつは今1位なんだろ。しかも6組で唯一の四等級自在創術士だ。それのどこが弱い者なんだよ。別に水南さんたちのやってることを正当化するつもりはないけど、クラス内のトップランカーに全員で結託して挑むことは別に後ろ指差されるようなことじゃないと俺は思うけど。それに鳳凰天星火は何も気にしてないと思うぞ。良いのか悪いのかは知らないけど、あいつ周りを下に見てる節があるからな。他がどんなことをやってようと、自分たちのやることは変わらないとか言って、俺は明日も朝練にきっと駆り出されるんだぜ。畜生、ちょっと顔が可愛いからって無茶苦茶言いやがって。俺の貴重な睡眠時間を返せ!」
「ごめん、最後の方どう受け止めていいか分かんない」
水南さんは困惑した表情を浮かべながら、「でも」と続けた。
「そう言ってくれてちょっとスッキリした。そうだよね、確かにそんな考え方をする方が二人に失礼だったかも」
「あ、俺は弱い者なので優しくしてくれると助かります」
俺がそう返すと、水南さんは「なにそれウケる」と言ってケラケラと笑う。
その様子はまるで憑き物が落ちたようなそんな感じで、俺もほっと胸を撫でおろした。
「ごめんね時間を作ってもらって。ウチらの話はそれだけだから、じゃね」
水南さんはそう言って俺に背を向け、校舎内に戻るための扉を開けて中に入っていった。
その後を柊さんとナナタネさんが無言で付いていき……と思っていたら、ナナタネさんだけが何かを思い出したようにトテトテと俺の方に駆け寄ってきた。
「そういえば、アオイたそって、草薙アオイちゃんのことだよね?」
上目遣いにナナタネさんはそう尋ねてくる。
「知ってんの?」
彼女から草薙アオイというフルネームが出てきたことが意外過ぎて、思わず声が裏返る。
しかし彼女はまったく気にした様子もなく、笑顔で「うん」と答えた。
「あたしもそういう配信とかって実は結構見る方なんだよね。だから、二人はキモいって言ってたけど、あたしはちょっと話してみたいなと思ってたの。ちなみに伊砂君って、アニメとかゲームとかって好きなタイプ?」
「まぁ、それなりには」
「そうなんだ! 6組の人ってあんまりそんな感じの人居ないから、話し相手が欲しいと思ってたの。良かったら今度アオイちゃんのこと詳しく聞かせてね」
そう言って彼女は手を振ると、そそくさと二人の後を追って校舎内に戻って言ってしまった。
オタクのギャルなんて初めて出会ったけど、案外良いものかもしれないと思いながら、ミーティングの開始時間を大きく過ぎていることに気付いて、慌てて校舎内に戻った。
◇
「深海君たちがどんなことをやろうと、わたくしたちのやることに変わりはありませんわ」
「でしょうね」
「?」
俺の言葉に鳳凰天星火が首を傾げたので、「いや、こっちの話」とだけ告げて続きを促した。
ちなみに遅刻の理由を正直に告げたところ、特段怒られることもなく、先ほどの一言をいただいたという感じである。俺ってもしかしてエスパー?
「それでミーティングって何を話し合うんだ?」
俺は鳳凰天星火から、紅茶が入ったカップを受け取りながら尋ねた。
「彼らの暴挙をどう止めるかですわ」
「放っておけばいいんじゃね」
俺が彼女からの議題に一言で片づけ、「さて、魔洞いくべ」と立ち上がると、不服そうな様子で俺の袖を引っ張った。
「真面目に答えてくださらないかしら」
彼女の目つきが本気で怒っていそうな雰囲気なので、しぶしぶ俺は椅子に座りなおす。
「天人や水南さんが仰るとおり、わたくしたちへの当てつけとはいえ、あの魔洞への大人数での挑戦は愚策。あの方たちは魔洞を舐めている。死人が出てもおかしくないですわ」
鳳凰天星火は親指を噛みながら、心底不安そうな表情でそう告げた。
「鳳凰天星火、お前の言うことはごもっともだし、俺も同意見だ。だけどな」
そう言いながら、俺は紅茶を一口含み、喉を潤す。
「この学園に通っている生徒は、一流ではないとはいえ皆自在創術士だ。戦いの中で死ぬこともまた自己責任。本人たちの決断に外野がガタガタ口出す話じゃない。それに深海君とやらは俺たちに敵意を向けてきているんだ。そんな相手を助けたいだなんて、性格が良いを通り越してただのバカだぞ」
「わたくしだって別に本心から深海君を助けたいわけじゃありません。ただ、最悪の事態になった時、自分に何かできたんじゃないかと後悔したくないだけです」
後悔したくない――、か。
「確かに。友人ではないかもしれないが、知っている人間が一気に居なくなったら、寝覚めは悪いわな」
「ええ。どうでもいい方々のために心を乱したくありませんの」
辛辣な物言いに、俺は思わず笑いを零す。
まぁ、偽善者気取りの発言ではなかったことは好感が持てるが、どうでもいい方々と来たか。
「とりあえず理由は分かった。けど、やめてくれって伝えたところで俺たちの話を聞く感じじゃない。だからこそどうすれば止められるかってことか」
俺の再確認に鳳凰天星火はコクリと頷くことで肯定を示す。
そして俺はしばし考えた後、
「うん、ねーわ」
と自信満々で答えた。
鳳凰天星火から咎めるような視線を浴びること数秒、大きなため息とともに「あなたに相談したことが間違いでしたわね。今日は魔洞に潜りませんから、後は自由時間にしていただいて結構ですわ」と冷たい言葉を言い残し、彼女は会議室を出て行ってしまった。
態度が露骨だなぁと思いながらも、俺は目の前に残された2つのカップを片付けるべく、会議室に併設された湯沸室へ向かったのだった。




