第8話 旅の理由とこれからのこと
穏やかな風が森の木々を揺らし、枝葉の擦れる音が心地よく耳に届く。タローとリナは、集落を後にしてしばらく森の中を歩き続けていた。鳥のさえずり、木漏れ日、踏みしめる土の感触。そのすべてが、ようやく訪れた平穏を象徴しているようだった。
ふと、タローが立ち止まり、木々の間から差す陽を眺めながら何気なく口を開いた。
「ところで、リナさんはなんで冒険者になったんですかー? 命がけの仕事なのに、理由がなきゃ続かないでしょうし。あ、ちなみに私はですねー、気がついたら旅してて、気がついたら冒険者と呼ばれるようになってたって感じですよー。」
そのあまりに気ままな答えに、リナは少しだけ目を見開いた。
「……本当にあなたらしいわね。」
リナは苦笑を浮かべながら、しばし空を見上げた。木々の隙間から、青空が覗いている。彼女の目はどこか遠くの記憶を映すように、静かに揺れていた。
「そうね……私が冒険者になった理由は、強くなりたいという気持ちと、人を助けたいという気持ち。その二つが半々ってところかしら。もともと、家族や村を守るために剣を手に取ったの。でも、旅をして世界を見ているうちに、守るべきものがもっと広がっていったのよ。」
言葉にこそ硬さはなかったが、その声には覚悟のようなものが滲んでいた。
「でも……あなたも、本当は似たような理由なんじゃない? いろんな世界を渡り歩いて、力を持っていて、それでいて人を助けてる。少なくとも、ただの気まぐれでできることじゃないわ。」
タローは小さく目を細め、リナの方へ視線を向けた。彼の顔には、照れ隠しのような苦笑が浮かんでいる。
「んー……まあ、そういうことにしときましょうかねー。誰かを助けたいって気持ちがまったく無いわけじゃないですし、結果として誰かの役に立ててるなら、それでいいかなーって。」
リナはその言葉を聞きながら、ふと立ち止まり、彼の顔をじっと見つめた。真剣というほどではないが、どこか優しい目をしていた。
「タロー、あなたって本当に掴みどころがない。でも、その自由さがあなたの強さなのね。何かに縛られず、目の前のことをただ楽しんでるように見えて、実はちゃんと周りを見ていて、誰かが困っていれば自然に手を差し伸べてる……そんなところ、すごく尊敬してる。」
タローは頭をぽりぽりと掻きながら、照れくさそうに笑った。
「いやー、褒められるとくすぐったいですねー。でも、旅って楽しいだけじゃなくて、大変なことも多いじゃないですか。だからこそ、自分も楽しんでなきゃやってられないんですよー。」
少し間を置いて、彼は優しく言葉を続けた。
「でも、リナさんもきっとそういう人ですよ。強くなりたい、人を助けたいって思いが、あなたの中にちゃんとある。その想いが、あなたを前に進ませてるんじゃないですかねー。」
リナはその言葉を胸の中で反芻し、目を細めた。いつもは軽い口調で飄々としているタローの、その何気ない言葉が不思議と心に響いていた。
「……ありがとう、タロー。あなたと旅をしていると、自分の中にある本当の気持ちが少しずつ見えてくる気がするの。まだまだ未熟で、学ぶことも多いけど……でも、あなたと一緒なら、きっと乗り越えられる。そう思えるの。」
「それは良い傾向ですねー。人って、誰と一緒にいるかで成長の仕方が変わると思うんですよねー。周りの人のいいところを見つけて取り入れていくのって、旅人にも冒険者にも大事なことだと思いますし。」
二人は再び歩き出した。森の中を通り抜ける風が、優しく二人の頬を撫でていく。しばらくの間、会話はなかったが、その静けさは居心地の良いものだった。言葉を交わさずとも、互いの気持ちが伝わっているような、そんな時間だった。
やがてタローが、空を仰ぎながら呟いた。
「さて、次はどこへ行きましょうかねー。」
リナはその問いに、穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「どこでもいいわ。あなたと一緒なら、どんな場所でもきっと楽しいものになる気がするから。」
タローは「それは頼もしいですねー」と笑い、森の奥へと視線を向ける。
木漏れ日の中を歩く二人の影が、柔らかく揺れていた。
こうして、タローとリナの旅は再び歩き出す。行く先に待つのが試練であれ奇跡であれ、彼らの心には、確かな信頼と絆が宿り始めていた。