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第6話 わはは。お前に城をやろう。

 一足先に石碑へと歩み寄ったリナは、慎重にその表面を観察した。石碑は年季の入った灰色の岩でできており、苔むした部分を指先で払いながら、刻まれた古代文字を読み解いていく。


「……忌まわしき闇の眷属をここに封じる。」


 その言葉を声に出した瞬間だった。空気が一変し、石碑の文字が妖しく光を帯びると、黒い瘴気のようなものが石碑の中心から噴き出した。それは瞬く間にリナの身体を包み込み、まるで意志を持つ生き物のように、彼女を締め付け始めた。


「な、何なの!? 体が動かない……! 助けて!」


 リナは悲鳴に近い声を上げながら、全身を覆う闇にもがいた。だがその闇は、彼女の叫びにも構わず身体の隅々まで絡みつき、まるで彼女の内側へと入り込もうとするかのようだった。


 そんな緊迫した状況の中、タローは慌てる様子もなくリナのもとへ歩み寄り、片手をすっとかざした。


「リナさん、声に出して読んじゃダメですよー。こういうのは、誰かの強い“念”が込められてたりしますからねー。今回みたいに変なモノ呼び出す呪文みたいなものだったりしますし。」


 彼の掌から柔らかな光が放たれると、不思議なことにリナを包んでいた黒い闇が渦を巻くようにして吸い寄せられ、タローの手の中へと吸収されていく。まるで水が排水口に流れ込むように、全ての闇が静かに、そして確実に消えていった。


 数秒後、リナの身体から闇が完全に抜けると、彼女はその場にへたり込み、肩で息をした。


「え……助かった……ごめんなさい、つい読んじゃって……」


「いえいえー、大丈夫ですよー。人間、気になったらつい声に出しちゃうもんですからねー。」


 そう言うと、タローは再び石碑に目を向けた。しばしじっと見つめた後、無造作に足を引き、魔力を込めた渾身のキックを放つ。


「ほいっ。」


 その一撃で、石碑は轟音を立てて粉々に砕け散った。すると、破片の飛び散った床の奥から、濃密な闇を纏った存在が姿を現す。二本の角を持ち、背には翼。赤く光る瞳がタローとリナを捉え、不敵な笑みを浮かべる。


「……我の封印を解いたのは貴様らか。愚か者どもよ、褒美としてその魂を──」


「おや、おはようございますー。」


 タローのあっけらかんとした挨拶に、悪魔は言葉を止め、眉をひそめた。


「お……はよう、ございます……?」


 その反応に困惑を浮かべた悪魔は、再び威圧的な態度に戻る。


「ふん、封印を解いた者がこれほどまでに呑気とは。だが構わぬ。我が解き放たれた以上、この地に災厄を──」


「いやいや、それはやめときましょうよー。」


 タローはまたも悪魔の演説を遮り、緩やかな口調で続けた。


「せっかく長い封印から解放されたんですし、また封印されるような騒ぎを起こすより、静かな場所でのんびり暮らす方がよっぽど得ですよー。眷属も連れて、田舎暮らしとかどうです? お城が欲しければ、私が魔法で作りますし。」


「……城だと?」


 悪魔の声に戸惑いが混じる。初めて自分を恐れずに接してくる人間、それも、提案してくるのが平和的な“共存”だとは、想定の範囲外だったのだ。


「ふむ……たしかに、この地で戦えば、またいつか討伐者が来る。だが、なぜ貴様は我にそんな好意を示す? 人間である貴様に、我らの安息など関係あるまい。」


 タローは肩をすくめて笑った。


「面倒ごとは好きじゃないんですよー。争いが起これば、誰かが傷ついて、誰かが後悔して……私、そういうのを何度も見てきたんですよねー。だったら、最初から争わずに済む道を探した方が、みんな気楽でいいと思いません?」


 悪魔はその目を細め、タローをじっと見つめた。そして、静かに頷く。


「……面白い男だ。よかろう、その提案、受け入れてやる。眷属たちと共に、貴様の作る城に移り住もう。だが——」


 「はいはい、裏切ったら私がすぐ迎えに行きますからねー。」


 タローは先回りするように笑い、片手を空へ掲げた。すると次の瞬間、遠く離れた荒野に、黒を基調とした荘厳な城が現れた。高くそびえる塔、広大な中庭、精密な魔法結界。まさに魔族の王にふさわしい住処だった。


「インテリアはお任せで設定しましたー。必要なら後からリフォームも可能ですよー。」


 悪魔は驚きの声をあげたが、それがやがて満足げな笑みに変わった。


「……まさか、本当に城を作るとは。侮っていたぞ、旅人。では、さらばだ。」


 そう言って悪魔は、現れた黒い門の中へと眷属たちを引き連れて去っていった。その姿が完全に消えるまで、タローは片手をひらひらと振り続けていた。


 ようやく静けさが戻ると、リナがタローに向き直った。目にはまだ驚きの色が残っている。


「タロー……あなた、本当に何者なの? あんな強大な存在を、力でねじ伏せるでもなく、言葉一つで説得するなんて……」


 「いやー、たまには口先だけで何とかなることもあるんですよー。武力で解決しても、後味悪いことって多いですし。」


 タローはおどけたように笑ったが、その目は穏やかだった。長く多くの世界を旅してきた者だけが持つ、深い優しさが滲んでいた。


 リナはふっと息を吐き、口元を綻ばせた。


「……ありがとう、タロー。あなたのおかげで、きっとこの遺跡の呪いも、そしてこの地に渦巻いていた不安も、全て消えていったと思うわ。」


「いえいえー。どういたしましてー。さて、集落の人たちも心配してるでしょうし、早いとこ戻って報告してあげましょうかねー。」


 タローの言葉にリナも頷き、二人は静かに遺跡を後にした。空にはもう、あの不穏な雲はなかった。


 こうして、忌まわしき悪魔の封印を解きながらも、争いなく事態を収めた二人の冒険は、ひとまずの終わりを迎えた。そしてそれは、また次なる物語の始まりでもあった。

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