第4話 サポーター気質
リナが剣に手を添えながら一歩ずつ進んでいく。その後ろを、タローはお気楽そうにライト付きヘルメットの明かりを左右に揺らしながら、相変わらず軽い口調で話しかけてきた。
「それにしても、古代の魔法ですかー。魔法って、便利だったり怖かったりで、扱う人によってずいぶん印象が変わりますよねー。私はあまり詳しくないんですが、こうして絶えず魔物が湧き出てくるなんて……魔法というより、誰かが呪いでもかけたんじゃないかって気がしますよ。いやー、怖い怖い。」
ひとつ笑いを挟んだその言葉に、リナは立ち止まり、ちらりと肩越しに彼を振り返った。タローの言葉は冗談めいてはいたが、決して的外れではなかった。
「魔法というより呪い……そうね。あなたの言う通りかもしれないわ。これは単なる古代の遺物の暴走じゃない。もしかしたら、何か“意志”が働いて、この地域全体に災いをばら撒いているのかも。」
声には警戒と確信の色が混じっていた。彼女自身、調査の中で得た断片的な情報が、今まさにタローの言葉と結びつき始めていたのだ。
二人が会話を続けながらさらに通路を進むと、空気が突如として張り詰めたものへと変わった。狭い通路の先、ぽっかりと広がった石の広間。その中心に、魔物たちの群れが姿を現した。
それらはただの野生の魔物ではない。ボロ布のようなマントを羽織り、粗末ながらも鎧らしき防具を身に着けていた。目つきは鋭く、まるでこの場所を守護する“門番”のように、侵入者をじっと見据えている。
「おっと……お出迎えですかー。これはまた、賑やかになってきましたねー。」
タローは足を止め、顎に手を当てながらリナの方をちらりと見る。
「あー、どうしましょうかね? この程度なら、まあ私一人でもさくっといけちゃうんですけど、リナさんも腕が鳴ってる感じですよねー? 私は後ろで援護に回りましょうかー?」
その言葉に、リナは一瞬目を見開いた。
「……“この程度”って、ほんとに何者なの、あなた……。でも、わかった。援護、頼りにしてるわ。」
リナは気を引き締めるように一呼吸置き、剣の柄を強く握り直した。その瞳には、もはや迷いはなかった。
タローはにこやかに頷くと、指をひらひらと動かして魔法の準備を整える。
「ではでは、リナさん。どうぞ、お好きなように舞ってくださいなー。私は後方から華麗にサポートさせていただきますよー。」
リナは一声も発せず、次の瞬間には地面を蹴っていた。足音を最小限に抑え、真っ直ぐ魔物の群れに突っ込む。剣が弧を描き、まずは前列の一体を斬り裂いた。
「――はっ!」
彼女の動きは正確で無駄がなく、戦い慣れた者のそれだった。だが、相手も数が多い。次々に向かってくる魔物に囲まれそうになったその瞬間、タローの放った風の魔法が一陣の突風となり、彼女の背後から迫っていた敵を吹き飛ばした。
「危なかったですねー。前方以外にもご注意くださいな。」
彼の援護は、単なる補助ではなかった。魔物の動きを鈍らせる結界、視界を乱す幻影、そして回復まで的確に織り交ぜながら、リナが常に優位に立てるように状況をコントロールしていた。
リナはそれを感じ取り、戦いながらも驚きを隠せなかった。
(この男……ただの軽口を叩く旅人じゃない。戦場の流れを、完全に把握してる……!)
気づけば、魔物の数は半分以下に減っていた。リナの剣は疲れを見せることなく敵を切り払い、最後の一体を打ち倒したとき、広間にはようやく静寂が戻った。
リナは肩で息をしながらも、満足げに微笑んだ。
「ふう……終わったわね。見事な援護だったわ、タロー。あなたがいたおかげで、無傷で済んだわ。」
「いやいや、リナさんの剣さばきがあってこそですよー。私は後ろでパーッと賑やかしてただけですから。」
タローはおどけるように笑ってみせたが、その表情にはどこか安心感が宿っていた。まるで、どんな困難が来ようとも「大丈夫」と思わせてくれる、不思議な信頼感。
「……ほんと、あなたって何者なのかしらね。」
リナは半ば呆れたように呟いたが、口元は緩んでいた。
「さあて、これで広間は通過ですねー。この先にいよいよ本命がいる気配がしますし……次はどんな出会いが待ってるのか、楽しみです。」
笑みを交わした二人は、再び通路を進み始めた。
遺跡の奥には、まだ誰も触れたことのない何かが眠っている。だが、それがどんな存在であれ、今の二人には進む理由と覚悟があった。