第3話 女戦士リナ
遺跡の内部は、外見から想像するよりもはるかに広く、奥へ奥へと迷宮のように続いていた。石造りの床にはところどころ崩れた瓦礫が転がり、天井からは冷たい水滴がぽつり、ぽつりと落ちる音が響いている。
そんな静けさの中、タローはふと足を止めた。耳に微かに届いたのは、か細いうめき声。風の音か、あるいは気のせいかと思いかけたが、次の瞬間、それが人の声だと確信する。
「おやおや……さっそく怪我人ですかねー?まあ、そういう展開も遺跡探索の醍醐味ってことで。」
相変わらず飄々とした調子で呟きながら、タローは音のする方へと足を向けた。通路を曲がり、崩れた石柱の隙間を抜けると、そこには壁にもたれかかりながら座り込む一人の女戦士の姿があった。
鎧は傷つき、腕や脚にいくつかの裂傷が見える。呼吸は荒く、体勢も苦しそうだったが、意識はあるようだ。タローはさっと手をかざし、ためらうことなく回復魔法を発動した。
「ではでは、ドバーッといきますよー。癒しのシャワー、いっちょお届けです。」
タローの掌から光が溢れ出し、女戦士の身体を包み込むように降り注ぐ。穏やかな輝きが彼女の傷をたちまち癒し、疲労や痛みまでも溶かしていくようだった。そればかりか、彼女の顔色まで良くなり、髪の艶すら増したように見える。
「……! ありがとう、助かったわ……」
女戦士は目を見開き、驚きの混じった声で礼を述べた。その瞳にはまだ警戒の色が残っていたが、確かな安堵も浮かんでいた。
「いやいや、お気になさらずー。こちらこそ、こんなところで出会えたのも何かの縁ですし。で、リラックスしてるところすみませんが、あなたも魔物退治に来た感じですかねー?」
タローが軽い調子で尋ねると、女戦士はしばし逡巡したあと、静かに口を開いた。
「私はリナ。王国から派遣された調査隊の一員だった……はずだったの。でも仲間とはぐれて、この遺跡を単独で探索してたの。ここには古代に封じられた強力な魔法が眠っているとされていて……最近、その封印が緩んできたのが原因で、魔物が各地に湧き出してるらしいの。」
「なるほどー。やっぱり、ただの観光スポットじゃなかったんですねー。」
タローは顎に手を当てて頷く。彼にとってこの遺跡は“ちょっと気になった場所”に過ぎなかったが、こうして話を聞いてみると、思っていたよりも世界の命運がかかっていそうだ。
「私は、近くの集落が襲われていたのを見て、つい介入しちゃった感じなんですよねー。頼まれたわけでもないのに、勝手に首を突っ込んじゃうのが悪い癖でして。」
「……それ、一人でやってるの?」
リナは驚きを隠せない様子だった。彼女から見ても、この男はただの旅人にしか見えない。だが、先ほどの回復魔法の効力は常識を超えていた。
「そうなんですよー。まあ、いろんな世界を旅してると、こういうのも日常ってやつです。」
軽口を叩きつつも、タローの目には確かな余裕と自信が宿っていた。その態度に、最初は懐疑的だったリナも、次第に心を動かされていく。
「……わかったわ。もしよければ、一緒に行動しない?正直、この遺跡の奥には何が潜んでるか分からないし、私一人では荷が重い。」
「もちろん、大歓迎ですよー。こういうのはやっぱり仲間がいた方が、より冒険っぽくなりますしねー。」
軽快なやりとりの末、二人は手短に身支度を整え、再び遺跡の奥へと足を踏み入れた。
通路はさらに暗く、ひんやりとした空気が肌を撫でる。天井に浮かぶ苔がかすかに光っているものの、視界は限られており、緊張感が徐々に高まっていく。リナは慎重に足を運び、周囲に気を配る。対照的に、タローはどこか散歩でもしているかのように軽い足取りで進んでいた。
「それにしても、不気味なくらい静かですねー。こういう時って、だいたいドーンって何か出てくるんですよねー。」
「やめて、その不穏な言い方……」
リナは思わず肩をすくめながら言ったが、どこか微笑ましさも感じていた。タローの不思議な空気は、緊張すらも和らげてくれる。
それでも、この遺跡の奥に何が待ち受けているかはまだ誰にも分からない。封印された古代の魔法、そしてその守護者たる存在。数多の謎が、静かに二人を待ち受けている。
だが――そんな未知への恐れよりも、今はこの出会いが何か大きな冒険の始まりであることを、二人ともどこかで感じ取っていた。