第1話 好奇心とお節介
「ふむふむ……それじゃあ、今回はこの世界に行ってみましょうかねー。」
飄々とした声が空間に響く。声の主は、数々の異なる世界を渡り歩いてきた自称“ただの旅人”・タロー。年齢不詳、素性も不明。だが、その笑みと軽い口調の奥には、数多の修羅場をくぐり抜けた者だけが持つ、波紋一つない水面のような落ち着きがあった。
彼が手にしているのは、金ぴかの超ハイテク仕様——に見えるが、実際は魔法で構築された“異世界リスト”と呼ばれる不思議な端末。見た目はタブレット型で、表面にはいくつもの世界の情報や映像が次々と映し出されていく。多種多様な文明、文化、種族。戦争、災害、陰謀、奇跡。無数の可能性が映像となって流れていく中、タローはその中の一つ、比較的トラブルが山積している世界を選び、指先で軽くタップした。
「さてさて……今回の舞台は、少し騒がしい世界のようですねー。」
次の瞬間、彼の姿は空間に溶けるように消えていった。
タローが現れたのは、荒野に囲まれた小高い丘の上。澄んだ空気が頬を撫で、遠くの空にはどこか異質な雲が蠢いている。彼はそこからしばらく、周囲の景色を眺めながら、ゆったりと歩を進めていった。
「えー、異世界リストによると、魔物の出現頻度が急激に上がってる場所が……」
その時だった。風に紛れて、かすかに響く悲鳴。少女のものと思しき声が、タローの耳に届いた。即座に反応した彼は、杖も詠唱も必要としないワープ魔法でその場所へと一気に跳躍した。
転移先は、今まさに魔物の群れに襲われている小さな集落。掘立小屋が立ち並ぶその村の中央では、一人の少女が大きな狼型の魔物に追い詰められていた。
「おやおや、これはいけませんねー。」
タローは軽やかに地を蹴り、魔物の懐へと飛び込む。次の瞬間、風を切る音と共に、魔物が吹き飛んでいく。蹴り一発。彼の体術は華奢な見た目からは想像もつかないほど洗練されていた。
「お嬢さん、大丈夫ですかー? あ、ご安心くださいな。今すぐこの集落を襲ってる魔物たちを退治しますからねー。」
ぽかんと口を開けたままの少女を一瞥し、タローは再びワープで姿を消す。そして村のあちこちで暴れていた魔物たちを、まるでゲームのようにテンポよく殲滅していく。
一撃ごとに風が巻き、魔力が迸る。光の矢、地を這う雷、空から降る炎。それらを自在に操りながらも、タローはどこまでも軽やかだった。やがて魔物の群れがすべて倒され、村にようやく静寂が戻る。
「これでひと安心ですねー。」
タローは砂埃を払うように軽く手を振ると、周囲の村人たちに微笑みかけた。
「ありがとうございました……!」
少女が深く頭を下げる。その声はかすかに震えていたが、恐怖ではなく、心からの安堵が滲んでいた。
「いえいえ、ご無事で何よりですよー。……ところでですね、お嬢さん。このあたりで魔物がこんなに暴れてる理由、なにか心当たりありますかー?」
その問いに、少女は一瞬躊躇うように視線を伏せた。しかし、タローの柔らかな声音に背中を押されるようにして、ぽつりぽつりと話し始めた。
この世界には、古代の魔法が封印されたという“遺跡”が存在しており、最近になってその封印が徐々に弱まりつつあるという。そして、その影響か、周囲の地域では魔物の数が増え、村々が次々と被害を受けていたのだった。
「ふむふむ、なるほどー。それはまた面倒なことになってますねー。では、私がその遺跡とやらを、ちょちょいのちょいしてみましょうか。」
タローは微笑みながら言い、ひらひらと手を振った。少女は驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。彼の先ほどの戦いぶりが、何よりの信頼を勝ち取っていたからだ。
やがて、集落の人々がこぞって集まり、タローを見送るために並び立った。皆が不安と希望をないまぜにした視線を彼に向ける中、タローは空を仰ぎながら呟く。
「さてさて……次の目的地は遺跡ですねー。どんな出会いが待ってるか、楽しみですねー。」
そう言って、彼は足取り軽やかに歩き出す。彼の視線の先には、まだ誰も知らない冒険と謎が待っていた。