卒業式から始まる恋
中学卒業の日。
まだ式が始まってもいない午前7時。
それにも関わらず、とある事情で早めに登校する羽目になった田母神 大地は今日の卒業式にはあまりいい印象を持っていなかった。
(ようやくこの退屈した中学生活も終わりか。)
大地にとっての中学はまるで牢獄のような物だ感じていた。
もともとひねくれた性格だったのだが特に中学に入ると一層その色を濃くしていったのだ。ガミガミと勉強を強いる教師、恋愛話や好きなアイドルの話など中身のない会話ばかりの同級生達。そんな連中に朝早くから夕方まで絡まれ続ける日常に本当に辟易した気持ちになりながら日々を過ごしたものだ。
だがそれも今日この日まで。などと思っていたのだが何故か卒業式に行う音楽の伴奏をさせられるというからほとほと不愉快極まりない。
田母神大地は小さい頃から様々な賞を総ナメにしているピアニストであった。そういった事情により生徒会の一部から大地に卒業式時の合唱で伴奏をさせたら印象深いのではないかということになったらしい。
(マジで迷惑。普通卒業式の伴奏って音楽教師か後輩がやるもんじゃね?なんで送られる側が伴奏すんの?バカなの?)
そう思ったものの、人気者の副会長様から直接頼まれてしまっている以上、拒否したら面倒な言い争いになるに決まってる。
「さっさと終わらそ」
そう思って適当にピアノの確認作業を行う。
「おはよ〜!今日はよろしくね!」
後ろから太陽の申し子のような人物が声をかけてきた。
「おはよう。生徒会長。早いんだね。」
我が校が誇る生徒会長、古畑ゆう。ショートの髪に大きなくりっとした瞳、背丈はそこまで大きくない。常にテンションが高く天真爛漫な彼女の周りでは人と笑顔が途切れることはないと言われるほどの人気者である。ただ頭はあまり良くないらしいのだがそういった欠点もまた魅力的なのだそうだ(友人曰く)
「うん!色々最後までやることたくさんあるんだよ!あ、そういえば高校同じとこ行くんだよね!高校でも仲良くしてね!田母神君も早いね〜いつもはこんなに早くきてないよね!やっぱり今日で中学生生活最後だから学校見て回ったりしてるのかな?」
そういいながら近寄ってきてふっふっふっ~と笑いながらそう言ってくる古畑にクールに事実を突きつけた。
「いや、見ての通りピアノの確認しようと思って少し早めにきただけだよ。」
「あ、そっか〜今日ピアノ弾いてくれるんだってね!ありがと!結構強引に頼んだんだってね、、、なんか止められなくてごめん、、、」
ちょっとしょげる古畑。
「いや別に生徒会長のせいというわけではないしね。全てあの副会長のせいさ。」
わが悪友にして調子のいい男で人気者、副会長の清水源。すべてはヤツの発案であった。
「あはは、まぁ清水君のせいだけじゃないんだけどね、、、ほんと今日は宜しくお願いね。それじゃ仕事あるから後でまたね!」
そういうと踵を返し颯爽と去っていった。
ようやく1人になれたのでさっさとピアノの確認を終え、教室に戻るとすでに人がちらほらと居て喋っているのが見えた。適当に挨拶し自分の席に座ってぼーとスマホをいじりながら周りの声に耳を傾けてみた。何やら同級生達はこの中学3年間生活に想いをはせ、まだ卒業式が始まってもいないのにもう既にしんみりしている。
(いや、お前ら勉強いやだ早く卒業してぇ〜とかよく言ってたじゃん)
雰囲気にのまれてるなぁ、皆。自分はむしろついに卒業出来るという思いでいっぱいだった。めんどうな生活から解放されるのだと考えただけで頬が上がる。まぁこれから高校生活があると考えるのかと思うとテンションが一気に下がるが。
同級生の中からチラホラ仲が良かった友人たちやさっき会った同じクラスで生徒会長の古畑ゆうが見せ、時間まで特に中身のない会話を周りにいる同級生や友人と行っているといよいよ教師が姿を現した。
「みんな。まず今日という日を無事に迎えることが出来て先生はとても嬉しく思う。これから君たちはここを羽ばたいて次のステップへと進んでいくことだろう。だが忘れないでほしい、ここにいる仲間と過ごした時間を。今は実感がないかもしれない、だがこの思い出は君たちが10年後、20年後の宝物となるはずです。」
皆がうるうると教師の演説を聞いていたがやはりひとり大地はちょっと引いていた。
ついに卒業式が始まり、贈る言葉や校長の長い話を聞きながらようやく出番が来たのかスタッフに呼ばれてそそくさとタイミングを見計らいながらピアノの準備を開始する。
(ふぅ、よしっ)
気合を入れて合図を待ちピアノを奏で始めた。
ピアノの旋律と合わさるように生徒たちの歌声が会場に響く。
これだけの人数が一つになって歌うと迫力もあり、どこか神聖さを醸し出していた。
(自分も空気にあてられてるな。)
自分のことをクールで感情があまり動かないタイプだと思ていたが存外そうでは無いらしい。そう自嘲しながら旋律が終盤の佳境に差し掛かる。ふとそんな時に自分のクラスの生徒の一人に目が留まった。
あの古畑ゆうが号泣している。
ちょっとした衝撃だった。自分の中では太陽のように笑っている印象しかなかったあの子が周りを気にせずわんわんと泣きながら歌っていたのだ。
(そうか)
今にして思えばいつも僕は彼女のことを目で追っていたように思う。
(僕は気づかないうちに彼女のことを気にしていたのか)
今更気づくなんてと苦笑しながら弾き続けるその音は今まで一番華やいでいた。
ピアノの旋律がもうすぐ終わる。
そうして僕の恋物語は動き始めた。