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赤王の残り香  作者: やう
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9

 


 ゼアンは泳げない。

 水が怖いわけでは無いが、深みに嵌ると浮いて上がれないため、水辺が苦手だった。

 ゴボゴボと沈んでいくゼアンは、死を覚悟した。

 しかしその時、ぐいっと上にひっぱられる感覚があり、水面に顔を出して、咽せる。

「ゴホッ、カハッ」

「ごめん。泳げなかったんだね」

 見ると、ヒオウが済まなそうな顔でゼアンを見ている。きっと自分はひどく情けない顔をしていることだろう。

 そのままヒオウはゼアンを引っ張って泳ぎ、水のない横穴に連れてきた。

「私、泳ぎが1番得意だから、あなたのことも助けられる自信があったんだ。でも、急に苦手な水の中に落とされたら怖いですよね。ごめん……」

 ヒオウが濡れたまま項垂れる。

 ゼアンは殊勝な態度のヒオウに毒気を抜かれて、ため息をついて髪をかき上げた。

「確かに驚きましたが、悪くなかったですよ。助けてくださって、どうもありがとうございます。それと、話しにくいなら敬語も不要ですよ」

 するとヒオウは驚いた顔をしてゼアンを見つめて、柔らかく微笑んだ。

「優しいね」

 そして「ゼアンも私になんか、敬語も畏まった態度もとらなくていいよ」と、笑顔で言う。

(優しい?私が?)

 幾度も言われたことのある言葉に、違和感を覚える。自分は決して優しくなど無い。ただ、そう見えるように振る舞っているだけだ。この状態でそんな言葉を言うなんて、ヒオウは耳がおかしいのでは無いか。


(いや、おかしいのは感性だな)

 ゼアンの目の前で下着姿になり服を絞るヒオウは、恥じらいなどどこ吹く風で、ゼアンも顔負けの豪快さを見せている。

「ブーツ脱いできてよかったー。けど取りに行くのも面倒だな。どう思う?ゼアン」

「とりあえず、下も脱ごうとするのをやめるべきでしょう?」

「嫌なら見なければいいじゃん」

 ヒオウがズボンに手をかけたところで、ゼアンは背を向けて絞った布に意識を向けた。正直なところ、ゼアンもズボンが絞りたいが、ヒオウのように他人の目の前で脱ぐ気にはならない。

「そういえばさ、バートンさんは、何か言ってました?リュエーヌのこと」

「お綺麗で、守ってあげたくなる方だったと、おっしゃっていましたよ」

「え。本当?よかった!」

「ヒオウと、あのご令嬢はどんな関係なのですか?」

「友達」

 そう言うことではなく、と、ゼアンが後ろを振り返ると、すらっとした足が目に飛び込んできた。

「っ!?服は!?」

「乾かしてる」

 ほら、と指さされた場所には、伸ばしたズボンが放ってあった。

「スパッツ履いてるから見ても大丈夫だよ」

「………非常識だと言われませんか?」

 どうもヒオウといると調子が狂う。晒される健康的な足が目に毒だ。

「リュエーヌにもよく言われた。最近は減ったのになー。リュエーヌはね、男爵家のお嬢様なんだ」

「気品のある方でしたね」

「うん。私は正真正銘底辺の庶民なんだけど、子供の頃に野垂れ死にそうになったことがあるんだ。でも、初めて会ったリュエーヌが助けてくれた。ずっと友達でいてくれるし、優しい子だから、幸せになって欲しい」

 底辺の庶民。ヒオウは一見すると楽観的で何も考えていないようだが、その実他人のことを思いやり、自他を厳しく線引きをしている印象を受ける。自分を意味もなく卑下する人間には思えないのだが、先ほども「わたしなんか」と口にしていた。

「野垂れ死に、とは?」

「うーん。内緒」

 身体は惜しげもなく晒すくせに本心を言わないヒオウに、ゼアンは苛立ちを覚えた。そこで、自分の考えに、首を捻る。

(何故、俺は苛立っている?)

「私は戻るけど、ゼアンはどうする?」

 かけられた声に、ハッと顔を上げる。

「ここから、森へはどう戻るのですか?」

「この奥に、森に繋がってる道がある。それを使えばすぐだよ」

「……最初からこの道を使えばよかったのでは?」

「まあね!…ごめん!私が楽しみたかっただけ!じゃあ、さようなら!」

 苦笑いで一息にそう言うと、ヒオウはズボンを引っ掴んで横穴から手を振って出ていった。

 慌てて追いかけるが、ヒオウの姿はもう見えない。目の前には、急流の川が轟々とながれているだけだ。

 瞼の裏に、ヒオウの間近に迫った顔が思い出された。

『大丈夫!?』

 泳げないゼアンを心配して覗き込む金色の瞳。水に濡れ、陽の光を透かして煌めく茶色の髪。

(顔が熱いな)

 太陽のせいだろう。ゼアンは横穴を奥に目指して歩き、森の中に出たのだった。



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