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赤王の残り香  作者: やう
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 ーー


「なぜ、郊外の森に、騎士のゼアンが…ゼアンさんが、いるんですか?」

 二度目の偶然の出会いに、ヒオウは驚いていた。

 向こう岸のパラゴンナ草を採ろうと、対岸をよく見ずに飛び移ってしまった。

 こんな森の中に人がいることも珍しいのに、ましてや王都にいるはずのゼアンがいることなど、誰が予想できようか。

「ワーズ狩りに駆り出されまして」

 ゼアンも目を丸くしてヒオウを見ている。

「ああ。ワーズ狩り」

 それならとヒオウは納得しかけたが、そこではたと気づいた。

(飛び移ったところ、見てたかな?)

 それは、まずい気がする。普通の女性は、おそらく崖を走って飛び越えたりはしない。

「あの、見てました?」

 恐る恐る尋ねると、ゼアンは呆けていた表情を通常運転の愛想笑いに戻して、頷いた。

「ええ。すごいですね。向こうの崖を登っているところから見ていましたよ。パラゴンナ草ですか?」

「うわあ……。パラゴンナ草です……」

 ヒオウは頭を抱えた。完全に言い訳できない。

 しかしゼアンはヒオウの身体能力にそれ以上触れることなく、話題を変えた。

「そういえば、私もパラゴンナ草を頼まれていました。よければお手伝いしましょうか?」

「えっ、それには及びませ……」

「私では、足手纏いでしょうか」

「うっ」

 上目遣いとはこのことだ。計算だろうが、眩しい。

 そうしてヒオウとゼアンはパラゴンナ草を黙々と取っていった。

(命綱ないと、おかしいかな?おかしいよね。でも、ゼアンも…)

 ちらっと目線をやった先には、ヒオウに負けず劣らずの身のこなしで崖にへばりついてパラゴンナ草を採るゼアンの姿があった。

(すごいな…。私と同じようなことができる人、初めて見たよ)

 ヒオウはパラゴンナ草に意識を戻すと、足に力を込めて崖を登っていった。

「ありがとうございました」


「ありがとうございました」

 背籠に入れていたパラゴンナ草を数本ずつの束に分けて、麻紐で根本を縛っていく。手袋を嵌めたままだと紐を縛るのに苦労する。と、ゼアンが代わりに素手で縛ってくれた。

「ありがとう、と言いたいけど、触ると被れますよ」

「私はこの草で被れたことは無いですが……、あなたはそうなのですか?」

 そう言って手のひらを見せられたが、綺麗なものだった。

「私、どうもこの草は苦手な体質みたいなんだ。ほら」

 試しに手袋を脱いだ小指を草に引っ付けて、離す。すると、小指の先だけ瞬く間に赤くなる。火傷のようだ。

「本当ですね」

 ゼアンはヒオウの手に飲み水をかけた。

「おお、ありがとうございます」

「拒絶反応というものでしょうか。それにしてもあなたにとっては殺傷能力のある草の採集を、よく平気な顔で行いますね」

「普通の人がこの草をとるとね、崖から落ちてたまに死ぬんだ。数本の草と引き換えに貰える金のために。だから、そんな心配のない私がやった方が効率的だし、命を大事にしているでしょう?」

 それに、とヒオウは続けた。

「あなたたち騎士の方が、いつ死ぬかもわからない環境で働いてるんだから、私からしたらそっちの方が狂ってる」

 ヒオウは真っ直ぐにゼアンを見つめていた。

 ゼアンはその言葉に少し驚いてから、口元を緩めた。

「狂ってますか。そうかもしれませんね」

 紐で結えたパラゴンナ草を受け取り、ヒオウはゼアンに頭を下げた。

「これ、ゼアンさんの分です」

 そして分けておいたその一部をゼアンに渡す。

「こんなに?」

「はい。思ったより多かったので。手伝ってもらったお礼です。では、私はまだ薪集めが残ってるので、これで」

「…あの」

 ゼアンが引き留めるのでヒオウは振り返ったが、当のゼアンは何も言わずに、ヒオウを見つめている。

(やっぱり、綺麗な目だ)

 空と、川の深いところを足したような色の青いゼアンの目を眺め返す。

「川に、降りたいのですが、近道などあったら教えて下さい」

「へ」

 ゼアンが訳のわからないことを言い始めた。

「ワーズの返り血が、体に残っている気がして。川で洗いたいのです」

「全身?」

「はい」

 ヒオウはゼアンの体をまじまじと眺めた。綺麗に見えるが、そういえば服装がヒオウと同じくらい粗末だ。洗う前提でここまで来たのだろう。

 それなら、とヒオウはいいことを思いついた。

 ブーツを脱いで、ゼアンの手を手をとる。崖際で腕を引き、抱き寄せた。

「何を」

 されるがままだったゼアンが警戒心に身をこわばらせたところで、ヒオウはゼアンの軸足を払った。

「は」

 ゼアンがひっくり返る様がスローモーションのようだ。口元に笑みを浮かべながら、ヒオウもゼアンと一緒に落ちる。

「これが1番近道だよ!」

「うわっ!」

 2人は逆さまに谷底へと落ちていく。

 ドボンっと、大きな水柱が一つ、上がった。

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