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赤王の残り香  作者: やう
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ーー


 ゼアン・オクスネルは、騎士団の特別任務で郊外の森に来ていた。ワーズと呼ばれる獣を狩るためだ。

 ワーズは俊敏な獣で、口から生えた2本の大きな牙を持っている。人を食べることはないが、硬くて大人の手のひらほどの大きさの茶色い実を好んで食べるため、顎の力が強い。危害を加えれば身を守るため襲ってくるが、普段は隠れて見つかりにくいため、狩るのが難しい動物だ。

 薬に使うというワーズの臓器が不足したため、国の薬師からの依頼を受けた騎士団がゼアンに頼んできたのだった。

『ついでにパラゴンナ草もちょっと採ってきてくれると、ありがたいんだけど』

 そう言ってウィンクをした薬師、ビオナにゼアンは内心でため息を吐いた。

(確かにパラゴンナ草はクノールの森に生えているが、ついでに、でそうそう採れるものでもない)

 ゼアンは騎士の中でも身軽で身体能力も高い方だが、パラゴンナ草は切り立った水のある崖の側面にしか生えない草だ。国に仕える騎士の身では、あまり危険と隣り合わせの場所で無茶な行動はできない。

(…しかし、誰も見ていなければ、いいか)

 ゼアンは騎士数人と共に、王城を後にした。

 馬に乗ってクノールの森へと向かう。

 ワーズの狩が優先なため、森の中を歩き、ワーズの嫌いな独特の匂いを発する草を焚いて回る。怒って塒から出てきたところを、仕留める寸法だ。

「そっちへ行ったぞ!」

「オクスネル隊長!」

 ゼアンは弓を構えてワーズらしき茂みの動きを狙う。

 ヒュン、と飛んだ矢は、ワーズに当たったようで、騎士団員の動きも止まった。

 ゼアンはまだ息のある茂みのワーズに近寄ると、手にしていた斧を、ワーズの首元目掛けて振り下ろした。切れた場所から赤い血飛沫が迸る。

 返り血を浴びたまま総員で血抜きをし、部位ごとに捌いて持ち帰る。

(苦しめて、悪かった)

 ゼアンは肉塊となった命を思い、束の間、目を閉じた。


 ワーズ狩りは、翌日も行われる。今日は早い段階で一頭仕留めることができたが、明日はそうとも限らない。ゼアンは設置したばかりの野営地から抜け出して、川を目指して歩いた。

 川は、崖下なのが難点だ。だが、そこでパラゴンナ草も頼まれていたことを思い出す。ちょうどいいか、とゼアンが崖下を眺めると、向かいの崖に人影があるのを目にした。

 パラゴンナ草を採りにきた者だろうか。国の薬師であるビオナが求めるということは、国に足りていないということだ。民間への依頼をしていてもおかしくはないが、採集難易度がずば抜けて高いため、受ける人間はまずいない。ましてや1人で採集に来るなど、自殺行為にも等しいのだ。

 ゼアンは崖に張り付く人影に目を凝らした。人影は、危なげなく崖を登り、パラゴンナ草を採っている。その身のこなしは俊敏で、騎士団員でもこうはいくまい、というものだった。

 ゼアンは向かいの人影に興味をそそられたが、向こう岸に渡る術を持っていない。川幅は20mほどだろうかというもので、飛び移るには些か広い。

 すると、人影は崖を素早く登り切ったのち、助走をつけて、崖端に向かって走った。

 まさか、と思うのも束の間、ゼアンの目の前で、ダンッという音と共に、人影はゼアンの横に着地する。

 着地の反動で振り乱された茶色のポニーテールを、頭を振って元の位置に戻す。こちらに気づいた金色の瞳と目が合った。時間がゆっくりと流れているようで、ゼアンは驚きに目を見開いたまま、崖際に立つ女を見た。

「きみは」

 ゼアンが言い淀むと、女はゼアンの顔を見て、声を上げた。

「ゼアン?」

 美しい唇が名を紡ぐ。スラリと引き締まっているだろう体格に、すっきりと伸びた背丈。ズボンにブーツを履いているからか、男性と見間違う装いだが、ゼアンはこの町娘を見たことがあった。

 先日の模擬試合でたまたま目に映った町娘を、数日経ってもゼアンは忘れることができなかった。

 女性同士でおんぶする令嬢など初めて見た。手でサインを出すことも、そしてゼアンを見て迷惑そうに眉を寄せることも。

 ゼアンは自分が世間で人気があると自覚していた。自惚ではなく、経験から基づく事実だ。

 飯屋で再開した時は驚いたが、好機だとも思った。あの茶髪の女性の為人を知りたかったのだ。その者は、ゼアンの予想を遥かに超えて、ゼアンに興味がなく、そして友達思いの変わった人間だった。

 初めて、女性の名前を知りたいと思った。


「ヒオウ」

 ヒオウは目を丸く開いて、こちらも驚いた様子でゼアンを見つめていた。


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