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赤王の残り香  作者: やう
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6

 チチチ、と朝から元気に鳴く鳥の声と、窓から否応なく差し込む陽の光に、ヒオウは目を覚ました。

 仕事だ。同室のホルクスは今日は休みだと言っていたから、二段ベットの下の段でカーテンを閉め切って寝ている。

(今日の仕事は、薪取りと……。ああ、崖に生える草採集か)

 ヒオウはベットの上段で服を着替えた。狭い場所で音を立てずに着替えるのは、どうしたって気を使うが、もう慣れっこだった。

 手袋と短剣を布鞄に詰めて、ブーツを履いた。足音を忍ばせて台所へ行き、汲み置きの水を少し飲んで顔を洗う。

 床下に保存してある湿気たパンとチーズ、干し肉を缶に詰めて、それも鞄に放り込んだ。

 ヒオウは下宿に住んでいる。水回りは全て共用だ。男も女もお構いなしに住んでいる。同室のホルクスは男だが、ヒオウの方が背が高く、力もある。彼はどちらかというと頭を使う方が好きなようで、仕事も測量の手伝いなど、難しいことを行なっていた。

(ゼアンか。あの人がこんな暮らししてたら、大変だろうな。顔と態度が良いから)

 ヒオウは先日の、休みの日のことを思い出していた。


ーー

『ヒオウ。色々と、ごめんなさい。片付けも、バートン卿のことも、ありがとう』

 騎士2人と別れてから、リュエーヌとヒオウは帰り道を馬車に揺られていた。

『全然だよ。あ、昼ご飯代、リュエーヌの分はもらったからね』

『ええ。ありがとう』

 バートンは、リュエーヌを店から出したあと、彼女のことをとても心配してくれたそうだ。それに対し、リュエーヌはバートンに驚いて腰を抜かしてしまったこと、バートンのファンなのだと、本当のことを告げたらしい。

『でもね、嫌な顔せず、話を聞いてくださったの。想像通り、いえ、それ以上に、とても紳士的な方だったわ』

 うっとりとした顔でバートンの様子を語るリュエーヌに、ヒオウまで嬉しくなる。バートンに対する感謝の念が高まる。

『あなたの方はどうなの?』

『何が?』

『オクスネル様よ。お話したんでしょう?』

 ああ、そんな名前だったな、とヒオウはゼアンのことを思い出した。

『綺麗な人だったね。人気なのもわかるよ』

『そうね。……また、練習、見に行ってもいいかしら?』

 リュエーヌは本当に控えめだ。他人のことを思い遣る天才なのではないだろうか。

『私がリュエーヌだったら、次も声かけてくれるかな、とか、あわよくば!て気持ちになってると思う。リュエーヌは、すごいね』

 褒められたリュエーヌは、少しはにかんだ。

『自分に自信がないだけよ。バートン卿は、騎士団副団長であり、それに侯爵家のお家柄の方だもの。男爵家の私とでは、身分もなにもかも違うわ』

『じゃあリュエーヌも子爵とか、白爵?とかになったらいいんじゃない?』

『伯爵よ。もう。簡単ではないのよ。でも、そうね。頑張ってみるわ。それまでは、遠くから応援することは、許してくださるかしら』

『それがどうかは、私よりリュエーヌの方が知ってるんじゃない?』

 歯を見せてニイっと笑うと、リュエーヌは泣きそうな顔をして、礼を言ってくれた。


ーー

 ヒオウは半刻ほど走ったり歩いたりして、郊外のさらに東にあるクノールの森へと分け入った。薪集めはどこの山でも森でもできるが、今日採集する予定の崖に生える草は、近場ではクノールの森にしか生えていない。

「なんて名前だったっけ。……そうそう、パラゴンナだ」

 依頼書を鞄から引っ張り出してきて、草の姿を確認する。パラゴンナ草は何度か採集したことがあるが、間違えて採って帰ったら努力が無駄になる。

(早めに終わらせて帰ろーっと)

 ヒオウは森の中をパラゴンナ草の生息する崖まで走った。そして、ひらりと跳ぶと、崖の端から落ちた。

 タンっという音と共に、ヒオウは崖の中腹にある、人1人分の広さのある足場に着地した。両足そして両膝、両手を地面に着いて、念の為衝撃を殺す。崖下は急流の流れる川だから、万一落ちても死にはしない。

 鼻歌を歌いながら切り立った崖を見やる。そこには、薄黄の花をつけたパラゴンナ草が幾つも生えていた。

 向かいの崖にも、沢山あるのが見て取れる。依頼は20本ほどだから、少し余分に採っても今日のうちには家に帰れるだろう。

(あまり採りすぎてもよくないしな)

 ヒオウはどこから採ろうかと、ひとつのパラゴンナ草に狙いを絞った。ジャンプして岩に張り付き、崖を攀じ登る。手袋は一応持ってきてはいたが、崖の凹凸を見誤れば容易く川へと落ちるだろう。無駄な労力は避けたいため、素手で崖を登って行った。

 パラゴンナ草を掴み、手折る。命を摘むことに少しの申し訳なさを感じるが、こちらの生活もかかっているのだ。悪く思うな、と胸の中で謝って、次々に採集して行った。

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