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「いい人で、良かった。っと」
ヒオウは倒れてしまった椅子をもとに戻し、店員に「騒いで悪かった」の意味を込めて、頭を下げた。店員は、問題ないというように手をひらひらと振って、仕事に戻った。
ヒオウは再度椅子に座り、食べかけの昼ごはんを急いで口につめた。頼んだ飯を残すのは、性に合わない。自分の分と、リュエーヌのガレットも、スープと水で流し込む。
(こういうとき、育ちの違いがでるんだろうなー。こんなとこリュエーヌの憧れの人には見せられないし、出ててくれて助かったよ)
噛んでは飲み込むことを繰り返し、二分ほどで水まで全てを平らげたヒオウは、2人分の鞄を持って、立ちあがろうとした。
「忘れ物ですよ」
「あ。ありがとうございます」
リュエーヌの手袋だ。寒くなってきたからと、つけてきていたのを忘れていた。
受け取ってお礼を言い、顔を見上げると、外に出たはずの黒髪の騎士が、そこに立っていた。目が合う。
「おっと。なんで?」
「彼女にはバートンさんがついているので、私は貴方を手伝おうとしたんですが」
「気づかなくてすいません」
黒髪騎士はにこやかに返答した。練習場で見た時と同じ、いや間近で見ればそれ以上に綺麗な顔立ちをしている。爽やかな雰囲気も相まって、世のご令嬢が夢中になるのも納得だ。しかしその笑顔は愛想笑いだとヒオウは感じた。それも、やる気のない愛想笑いだ。
「騎士ってのは、優しいんですね」
ヒオウは立ち上がって、会計をしに行った。自分の財布からチップも僅かばかり払って、店を出る。黒髪騎士は、なぜかヒオウと共に、店から出てきた。
「貴方、私が騎士だと気づいていたのですか?」
驚いた顔で、ヒオウを見る。
「私は気づかなかったけど、一緒にいたあの子が、気づいて…。そうだ」
ヒオウは思い出して、黒髪騎士に再度礼を述べた。
「練習試合?のとき、こっちを見てましたよね。私があの子をおぶっていたのに気づいたあと、バートンさんに、取り次いでくれた。貴方のおかげで、リュエーヌは嬉しそうでした。だから、ありがとうございます」
「ああ、貴方はやっぱり、あの時の」
得心がいったという顔で、男は頷いた。
「先ほどから貴方は、バートン副団長と話さないようにしていましたが、何故?」
「ああ。リュエーヌはバートンさんが好きだから。先に私が話すのは、違う気がしてました。失礼でしたら、謝ります」
そこで騎士は、またもや驚いた顔をした。そんなにおかしなことは、言っていないはずだが。
「いえ。……友達思いですね」
少しばかり歩くと、路地の先にリュエーヌとバートンの背中が見えた。リュエーヌの表情は明るい。
「良かった」
ヒオウは、ほっと胸を撫で下ろした。
「差し支えなけらば、お名前を教えていただけませんか?」
横を歩いていた黒髪騎士が、立ち止まってヒオウを見つめる。その澄んだ青い瞳に見つめられたが、ヒオウはどこか、それが他人事のように感じていた。
(名前なんて聞いても、二度と会わないのに)
人気者の騎士だ。自分とは、天と地の身分の差があるだろう。
「……ヒオウです」
「ありがとうございます。私は、ゼアンです」
「ゼアン?」
ゼアンと名乗った黒髪騎士は頷いた。まさか苗字ではなく、名前を教えられるとは思わなかった。
ひヒオウの表情に満足したように、ゼアンは初めて見る表情で薄く笑うと、バートンに声をかけに背を向けて歩いて行った。
(なんだか、不思議な奴だな)
ヒオウもそれに続き、楽しそうに笑うリュエーヌの方へと歩を進めた。




