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「バートン卿………」
「え」
ヒオウは驚いて、後ろの男性を振り返った。
赤い短髪に、吸い込まれそうな、美しく黒い瞳。落ち着いた雰囲気が滲み出ているが、その顔立ちは思ったより随分若く、ヒオウたちの年齢とそう変わらないように見える。
騎士の制服でなかったためヒオウは気づかなかったが、リュエーヌには、それが誰であるか遠目からでもわかっていたようだ。
「夢……?」
憧れの人の偶然の来店に驚いて、リュエーヌは腰を抜かしたのだと、ヒオウもようやく事態を飲み込んだ。
(じゃあ、こっちの黒髪は、オ……、誰だっけ)
名前が思い出せないが、よく見れば黒髪男性のほうも、先ほど見たような顔だ。
(こんなことしてる場合じゃない。リュエーヌを助けないと)
憧れのひとに地べたに座ったままの姿を見せては、リュエーヌは後から悲しくなるに違いない。それにバートンも、声をかけても返事のないリュエーヌを、心配そうに見つめている。
「よければ、お手をどうぞ」
その声に意識を取り戻したリュエーヌは、赤い顔を青くさせてしまった。自分の体勢を、客観的に悟ってしまったに違いない。
ヒオウの方へ助けを訴える表情は、泣いてしまいそうだった。
「そんな顔、しないで。大丈夫だよ」
ヒオウは、リュエーヌの手を取ると、バートンが差し出した手にリュエーヌのその手を重ねた。
それにびっくりして固まるリュエーヌを、背後から支えて立ち上がらせようとする。バートン卿も、リュエーヌの白くて華奢な手をしっかり握って、引っ張ってくれた。
リュエーヌを無事立ち上がらせると、ヒオウは、黒髪の騎士に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました。目立ってしまったので、失礼します。リュエーヌ、歩ける?」
「え、ええ……。大変お見苦しいところをお見せいたしまして、申し訳ありません。ありがとう、ございました」
リュエーヌは騎士2人に消え入りそうな声でそういって、バートンに握られている手を、離そうとした。
「体調は、大丈夫か?」
しかしバートンに話しかけられて、リュエーヌの動きが止まる。
「は、はい。身体は問題ございません。お心遣い、ありがうございます」
綺麗な言葉で話すリュエーヌに、ヒオウは感心した。こんな時に、普段の言動と為人が、出るのだろう。
「あの。良かったら、少しの間だけ彼女をお願いできませんか?私はここの片付けと、支払いを済ませてくるので」
「でも、ヒオウ。私も」
「ああ。承った。歩けるか?」
ヒオウが騎士2人に向かってそういうと、リュエーヌは遠慮しようとしたが、バートンがリュエーヌの手を引いて外に連れ出してくれた。




