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模擬試合を見終えた帰り、ヒオウとリュエーヌは王都の通りからは一本外れた路地にある飯屋に、昼食を食べに来ていた。
飯屋は、昼時を過ぎて空いている。店内には、この時間に女性客は殆ど見られない。しかしレンガでできた建物の内部は温かみがあり、肌寒くなった今の時分には、ぴったりの雰囲気に思えた。
リュエーヌはチーズと卵の載ったガレットを、ヒオウはサーモンと葉野菜の挟まれたサンドイッチ二切れと、バゲット一本にオニオンスープを頼んだ。
「おいしいね」
「ええ。いつ見ても、たくさん食べるわね。見ていて気持ちいいわ」
「うん。折角王都にいるからね。おしゃれな食べ物食べたくて。お腹減るし」
他愛もない会話をしながら食べ進める。
「それにしても、バートン卿、素敵だったわ……。よく、こちらに気づいてくださったわよね。少し恥ずかしかったけれど、印象には残ったかしら」
「びっくりした顔してたよね」
「それはそうよ。非常識だもの」
「ふふ。良い印象だといいね」
リュエーヌは心配そうだが、ヒオウは、騎士2人はただ驚いていただけであって、反応はそう悪くないように感じていた。
「そういえば、あの、黒髪の方の人は、どんな人なの?」
「オクスネル様は、あの美貌を持ちながら、物腰穏やかに接してくださる騎士の鏡よ」
「ふうん。そうなんだ」
ヒオウの言いたいことを汲み取って、バートンに声をかけてくれたのだ。胡散臭いだけの人ではなく、いい人ではあるのだろう。
「バートン様、次も気づいてくれるといいね」
「ええ。でも、お近づきになりたいとかではないの。遠目からお姿を拝見して元気をいただければ、それでいいの……」
控えめな態度のリュエーヌだが、その騎士好きは本物だ。憧れを、憧れのまま持ち続けることは、簡単なことではない。あの場にいたご令嬢は、自分を見染めてくれとの期待を、眼差しと装いに込めている者が多かった。
「リュエーヌには、いい人が見つかって欲しいなって、心から思うよ〜」
パンを噛みちぎりながら、ヒオウはそう呟く。
カラン、と新たに入店を告げる音が鳴って、何気なく入り口に目を向けると、体格のいい男性2人が入店してきたところだった。
(赤い髪と、黒い髪かー。さっきも見たなー、この色……)
すると突然前方から、ガタンッと、椅子を転がしたような音が聞こえてきて、ヒオウは慌てて視線をリュエーヌの方に向けた。
そのリュエーヌは、なんと、本当に椅子から転げ落ちていた。
「だ、大丈夫?!」
ヒオウはテーブルを回ってリュエーヌに手を差し出すが、リュエーヌは、真っ赤な顔をして、口を開けて閉じてを繰り返している。
「リュエーヌ?どうしたの?」
ヒオウの声に応えることなく、リュエーヌの目線は一点に釘付けとなっている。
「リュエーヌ?」
どこを見ているのだろう。疑問とともに振り返った時、背後に大きな影が落ちていることに気づいた。
「大丈夫か?」
落ち着いた、低い声がおちる。頭上を見上げると、先ほど入店してきた体格の良い赤髪の男性が、心配そうに様子を伺っていた。
「ば……」
「え、リュエーヌ?なに?」
小声で呟いたリュエーヌの声を聴き取ろうと、ヒオウは彼女の口元に耳を近づけた。
「バートン卿………」




