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「もう!遅いわよ」
「ごめんって〜」
二月後、この日もヒオウとリュエーヌは騎士団の模擬訓練を見学しに、王都へと馬車に揺られていた。
「あなた仕事には寝坊したことないって言うくせに、私との約束にはいつも遅れてくるわよね?」
「だってリュエーヌは許してくれるじゃん」
「許す、許さないの問題ではないわよ。心掛けの問題よ」
「はい、気をつけます……」
ヒオウはリュエーヌとの待ち合わせに遅れて、馬車の中で怒られている。
「リュエーヌはいい嫁になるよ」
「ちょっと、誰が恐妻ですって?」
「言ってないじゃん〜!」
火に油を注いだようだ。
ヒオウは大人しく座って、鞄の中を漁ると、リュエーヌに一枚の紙を差し出した。
「バートン様のお姿です。お納めください」
それは、筒に丸めて入れられた、バートンの似顔絵だった。
巷ではよく売られている騎士の姿絵だが、リュエーヌは貴族なため、あまり自由に庶民の店に行くことができない。そのためヒオウはリュエーヌのために、いつも良さそうな物を見つけては、献上していた。本来はリュエーヌの笑顔を見るためだが、専らこうしてリュエーヌの怒りを収めるために使われていた。
「あら、まあ!とても素敵ね。……仕方ないから許してあげるわ」
「ありがとう!ごめんね」
「ええ。次遅れてきたら許さないわよ?」
リュエーヌが片目を閉じると、馬車の中は明るい空気で満たされる。
「そういえば、私はスコーンを焼いたのよ。よかったら、食べる?」
「わあ!サーモンじゃんー!ありがとう!リュエーヌのお菓子、美味しいから好きなんだよ〜」
「スコーンにサーモンを挟んで喜ぶの、あなただけよ…」
そうこうするうちに、王城が見えてきた。
リュエーヌと2人で馬車の駐車場で降り、騎士団訓練場まで歩く。
「ねえ。騎士団のこのあたりの警備の方、いつもより多くないかしら?」
「そうかも。何かあったのかな?」
多少物々しい雰囲気を感じつつ、騎士団の本部にある訓練場を目指して歩く。
するとヒオウは突然後ろから肩を掴まれた。
「!?」
反射的に振り払おうとしたが、人目があることを考え、されるがままになっておく。女の力で男の力を振り払うことは、本来であればできない筈だからだ。
「こちらへ来て頂こう」
肩を掴んだままどこかに連れて行こうとする騎士に、ヒオウは訳がわからないため、腹に力を入れてその場に留まる。それにしてもなかなかに強い力だ。女性を掴む力ではないのでは、と考えていたところで、リュエーヌが声を上げた。
「あなた、何をしているの?」
ヒオウの肩を掴む騎士団員に向かって、凛とした声で問いかける。
「この娘の知り合いか?」
「友人よ」
「どこの家のお嬢さんで?」
「カーネル男爵家の娘です。いくら騎士でも女性に対して失礼ではなくて?」
「あ、ああ。これは申し訳ありません」
リュエーヌの剣幕に押されて、騎士はヒオウから手を離した。
「あの、私が何かしましたか?」
ヒオウは振り向いて騎士に尋ねる。
「いや、そういうわけでは……」
「じゃあ、どうして肩を?」
「それは……」
苦々しげな顔で騎士が言い淀むと、その後ろから見覚えのある姿が2人、歩いてきた。




