1
晴天に熱気渦巻く中、ヒオウは半目で呆れつつ、隣に立つ友人の期待に満ちた顔を見遣った。
「ねえ、もう帰ろうよ」
「まだよ。まだ、バートン卿の姿を拝見していないわ」
二人の前には、手に汗握る様子のご令嬢方が幾人も立ち並んでいる。
ここは、王都の真ん中にある、騎士団の練習場。その見学場だ。
「キャー!ステファン様ーー!」
「グリーズ様!こちらを向いてー!」
練習場では、二月に一度の模擬試合が行われていた。我先にと、練習場と見学場を分つ柵に詰め寄る女の子たち。
その後ろ、少し離れた場所で、町娘のヒオウとその友人であるリュエーヌも観戦していた。
「リュエーヌの目当ての人は、いつ出るの?」
「もう直ぐのはずよ」
その言葉のすぐ後に、わっと歓声があがる。
視線を上げるが、長身のヒオウならともかく、リュエーヌには、前のご令嬢方の壁で何も見えないに違いない。
「はあ。リュエーヌ、この試合の間だけ我慢してね?」
「え、ちょっと、まさか!ヒオウ!?」
ヒオウはリュエーヌの前にひざまづいて頭を下げると、彼女を背に担いだ。所謂おんぶだ。
「リュエーヌ、見える?」
「見えるわ。で、でもこれ、恥ずかしいわよ……」
リュエーヌは顔を赤くしてヒオウの肩に顔を埋めている。ご令嬢方から頭ひとつ分以上抜き出ているから、視界は良好だろう。
「嫌だ?なら、おろすよ。前の方で見よう?」
「いえ、いいわ。ありがとう。重くない?」
「ううん。軽いよ」
リュエーヌは男爵家のお嬢様だ。正真正銘、庶民のヒオウにはわからないしがらみが多いだろうに、こうしてヒオウの突飛で非常識だろう行動を否定しないところが大好きだ。友達でいてくれることも、普通のことじゃないんだろうなと、感じている。
「…私、貴方以上の男性に出会える気がしないわ」
「そんなことないと思うけど、それこそ騎士とか、力がないとできないよね」
「そういう問題でもないのよ。貴族って、面倒臭いのよ」
「ふうん」
リュエーヌが前を向いたので、ヒオウも練習場に目線を戻した。そこには赤髪の体格のいい男性騎士が、ご令嬢たちの歓声を浴びて片手を無造作に上げている。
「あれがバートン様?」
「そうよ。騎士団副団長なの。格好いいでしょ?」
「強そうだね」
バートン卿は無言で相手が出てくるのを待っている。
リュエーヌは頬を染め、微笑みながらその姿を見つめていた。
(本当に好きなんだな。……好きって、どういう気持ちなんだろう。私がリュエーヌを好きなのと、同じかな?いや、違うか)
物思いに耽っていると、今まででいちばんの歓声が耳に届いた。
「オクスネル様よ!」
「美しいわ…!」
「ああ、なんて麗しいのかしら……」
目の肥えているはずの貴族のご令嬢方がうっとりと見惚れる視線の先が気になって、ヒオウは視線を戻す。
「へえ」
感嘆が漏れる。そこには、黒髪でスラリと背の高い、端正な顔立ちをした騎士が立っていた。
「すごく、綺麗な人だね」
ヒオウがそう漏らすと、リュエーヌは自慢げに語り出した。
「オクスネル様と言うのよ。とても見目の良い方で、それにとてもお強くて、優しいの。恐らく1番人気よ」
「リュエーヌは相変わらず詳しいね」
「貴方が知らなすぎるだけよ。かく言う私も、バートン卿を知る前は、オクスネル様を追いかけていたから」
「リュエーヌに気に入られる人は幸せだね」
「おだてても何も出ないわよ」
「違うよ。だから私も、幸せ者の1人」
背中に額を押し付けられる。照れているのだろう。
リュエーヌは、ストレートの金髪に、紫の綺麗な瞳を持ったたいそうな美人だ。それに優しくて、庶民と友達でいてくれる心の美しい人だ。縁談が来ないことを本人は嘆いているが、ヒオウは、リュエーヌには恋愛結婚して欲しいと常々思っている。だって、とても、いい人だ。幸せになってもらいたい。
主な登場人物
庶民町娘 ヒオウ
男爵令嬢 リュエーヌ・カーネル
黒髪騎士 ゼアン・オクスネル
赤髪騎士 オード・ドゥ・バートン




