この感情の正体
あの日から、トマスはエルザを誘うことをしなくなった。
エルザは、あんなにしつこかった皇子が誘ってこないことを、あの日の自分の言動で彼を傷付けたせいだと、ひどく心配になった。
何度か本人に尋ねたが、『忙しいだけだよ、エルザは気にしないで』と何か悩んでいるような曖昧な笑みで返されるだけだった。
事態が変わったのは、それから約1ヶ月が経った今日のことだ。エルザがトマスに呼び出されたのだった。
ここは、学院内にある庭園。放課後のため、人はほとんどいない。
今は薔薇が見頃で、赤い薔薇を中心に、様々な種類の薔薇が見事に咲き誇っている。圧倒的な薔薇の量に、視界だけではなく、嗅覚でもその存在を十分に感じる。
私って、赤い薔薇に何か縁でもあるのかしら…
入学式のことを思い出して思わず遠い目になるエルザ。事故現場に来ると、嫌でもあの事故を思い出してしまう。
「こちらから声を掛けたのに待たせてごめんね。今日はありがとう。そこに座って、少し話をしてもいいかな?今日は君に懺悔をしたくて呼び出したんだ。」
「懺悔…ですか?」
トマスが促したベンチに2人で座り、彼は、隣ではなく、目の前の薔薇を眺めていた。
「そう、謝ろうと思って。君に近づいたのは、君への好意によるものではなく、下心だったんだ。クレメンス達を揶揄うつもりで、君に好意のあるようなフリをしていた。最低な男だろ?」
視線を薔薇に向けたまま、トマスは自嘲気味に笑った。それは乾いた笑い声だった。
「え?」
「酷いことをしたと思っている。罵ってくれてかまわない。」
「そ、そんなことしませんわ!いえ、私ちゃんと分かってましたのよ。皇子は私を揶揄って楽しんでいるだけだと。」
「なんだって??」
トマスは驚いて、勢いよく隣のエルザを見た。彼女の顔に動揺はひとつも見えなかった。強がりではなく、本心でそう言っているように見えた。
「だって、そうでしょう?隣国の皇子殿下でこんなに見た目麗しくて、そのような高貴な方が、私みたいな平凡な令嬢に初見で興味を持つと、誰がそう思いますの?そこまで自惚れておりませんわ。」
「驚いたな…君は見かけによらず、周りを冷静に捉えているんだな。」
は… 見た目と違うってなによ、、
軽くディスってこないで欲しいわ。
「でも、君のその見解を否定させてもらいたい。君はとても魅力的だ。最初に君の魅力に気付かなかった僕は愚か者だ。」
待って…なんだか雲行きが怪しいわ…
「最初は下心だったが、話してみると君は他の女性と違うと思った。媚びずに芯のある言動に興味が湧いた。それでいて、揶揄った時に見せる姿が可愛らしくて、気付いたら僕は君のことを考えるようになった。」
え…そろそろ口を閉じてもらいたい、、
「それは初めて抱いた感情だった。自分の意思とは関係なく肥大していくこの気持ち。これが君への恋心だとようやく気付いたんだ。」
トマスは少し照れたように微笑んだ。その表情から、どこか達成感に似たようなものも感じ取れる。スッキリとした清々しい顔だった。
ええええええええ!!!
これ懺悔じゃなくて、告白じゃないか!!
え…どうしたらいいのよ…
相手がものすごく真剣に気持ちを伝えてくれているのは分かった。これは冗談扱いしてはいけないやつ。正面から向き合わないといけない、よね。
「あの、トマス皇子…」
「あ、これは告白だけど、返事はいらないよ。僕が言いたかっただけだから気にしないで。うん、満足した。」
は???言い逃げってこと!?
これで話が終わりとか耐えられないんですけど!
「もちろん、君のことを次期皇后として国に連れて帰れたら僥倖だけど、それは無理だよね。エルザの一番大切な人は僕じゃないから。」
「それってどういう意味でしょうか、、」
「もちろん、教えてあげないよ?僕だってそこまでお人好しじゃないし、そもそもこれは君が自分で気付かないといけないことだからね。」
「え…??」
いつもの口調に戻ったトマスは『この話はもうおしまい。また明日ね』と告げて、軽やかな足取りで帰っていった。
なんなのよ、これ…
本当に全く意味がわからない…
脳の処理能力が落ちたエルザは、しばらくその場でぼんやりと薔薇を眺めていた。