共同戦線
「で、なんの用だ?私は忙しいから手短に話してくれ。」
「そんなこと言って、彼女に関わる話と聞いた途端、私に、公務を全て延期するようにと指示したクセに、何を言いますか。」
「ぐっ…」
放課後、マルクスが、生徒会室にクレメンス殿下とアイザックを呼び出していた。メンシスから頼まれたことを実行するためだ。
「お忙しいところありがとうございます、殿下。では端的に言いますね。エルザ嬢の件、僕たちと共同戦線を張りません?」
「は…?」
「あ、もちろん期間限定で。」
にっこりと人好きのする笑顔を見せたマルクス。それに対し、クレメンス殿下は意味がわからず無表情で固まっていた。固まっている殿下に代わって、アイザックが話を進める。
「それだけではなんとも。もう少し説明してもらえますか?」
「夏季休暇に入る前まで、つまりは、トマス皇子が帰国なさるまでの間、皇子が彼女にちょっかいを出すのを出来るだけ避けたいんですよね。殿下達もあれムカつきません?」
「確かにあれは見てて気持ちの良いものではないな…。あいつはやり方が強引だ。」
「殿下はヘタレ過ぎなんですけどね。」
「…。お前はどっちの味方なんだ?」
アイザックがちょいちょいツッコむせいで話が中々進まない。マルクスはため息を吐きながら、無理やり話を続ける。
「で、どうします?3方向から彼女の時間を取り合うより、今回は協力した方がお互いのためと思うのですが。本来であれば、彼女に話し掛けることすら難しいヘタ…奥ゆかしい性格の殿下ですから、トマス皇子から彼女を守るためという大義名分で機会を得たら良いのでは?」
「確かに、ヘタレな殿下にとっては、願っても無いチャンスですね。最近はトマス皇子のせいで、ランチへのお誘いも出来ていませんし。で、具体的にどう攻めるつもりで?」
「おい、お前達…私に対して不敬過ぎでないか…?」
殿下の声はバッチリ2人の耳に届いていたが、しっかりと聞かなかったことにされた。
「サシで殿下と会ったり皇子と会ったりすると、彼女の醜聞を広めることになってしまうと思うんです。だから、僕たちは、彼女を皇子から引き離すのではなく、2人のところに混ざることを徹底しましょ。殿下がいれば、もし皇子が身分を盾にしたとしても、対抗勢力になりますし。」
「そうですね。彼女のことを考えると、我々が混ざる形で共に行動をした方が良さそうですね。賛同します。殿下の使い道もあって良かったですね。」
「お前ら…」
2人のやり取りに、もう何も言う気が無くなった殿下。マルクスとアイザックとの間で話は進み、トマスがエルザとランチに行く際は、なるべくみんなで同席して邪魔してやろうということで話はまとまった。
翌日の昼休み、トマスとエルザの2人がカフェテリアに向かうことを確認したマルクスは、手筈通り、殿下達に声を掛け、2人の後を追った。マルクスは、席に着く前に声を掛けようとしたが、トマス達の会話が気になり、しばし様子を見る。
「トマス皇子、私は今日ひとりで昼食を取りますの。」
「ん?どうして?僕とのランチが嫌になったの?」
「私のしたいようにさせて下さいませ。」
「そうさせてあげたいんだけどね。ほら、僕はすぐに帰国してしまうだろう?なるべく君と過ごしたいのだよ。僕の気持ち分かってもらえるかな?」
「私は…、、」
エルザは、悲しそうな顔を一瞬見せた後、目を伏せた。長いまつ毛が際立つ。そのまま途中で言葉を切り、沈黙を作る。
「ん?どうしたんだい?」
「そんなことばかりされたら、皇子のこと、嫌いになってしまいますわ…。そんなこと、したくないのに…。」
「え…」
エルザは、口をきつく結び、涙を堪えるような潤んだ瞳でトマスのことを見上げていた。
「ご、ごめん。エルザ、ごめんね。もう無理に誘ったりしないから。だから、もうそんな顔しないで。僕のこと嫌いにならないで、ね?」
「私の思いが伝わって嬉しいです。ありがとうございます、トマス皇子。」
今にも泣き出しそうだった彼女の顔は、ぱっと笑顔に戻り、トマスを安心させるように淡く微笑みかけた。
それは、曇天だった空から雲が消え去り、晴れ渡った空に太陽の光が差し込んだかのような感覚だった。トマスはそんな彼女の美しさに思わず見惚れてしまった。
クレメンスやメンシスのことを少し揶揄おうと思ってただけなのに、彼女のことも面白がっていただけなのに、彼女のことなんて、なんとも思ってなかったはずなのに…
どうして、こんなにも僕の胸は痛むのだろう。